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レッド・レーザー

 マグダ、バトルドレスは完璧だよ。

 クローディアは心の中でマグダに感謝した。

 よく伸縮して体の動きに引っかからないし、裾の部分も思いのほか邪魔にならなかった。それでいて全体的に厚手で安心感があるのもよかった。服の厚さで銃弾が防げるわけじゃない。それがわかっていても薄いよりは厚い方がなんだか安心できるのだ。

 クローディアはキアラを見下ろしながら拳銃の弾倉をリリース、ドレスの横に垂らしたホルダーから替えの弾倉を差し込んだ。撃ち切ったわけではないので装填なしですぐに撃てる状態。


 第一種戦闘配置の警報が鳴った時、クローディアは武器庫にいた。P1200に合わせる武器を考えていたのだ。

 グリフォンの相手をするためにP1200対物ライフルを抱えていくとして、キアラに横槍を入れられたらどうする?

 P1200では重すぎるし、銃身が長すぎてとても天使のスピードにはついていけない。かといってアサルトライフルを背負っていく余裕もないだろう。

 せいぜい拳銃くらいしか選択肢がない。しかし相手の獲物が刃物で近接戦闘を狙ってくるのならこちらだって近接で戦えるようにしておくべきなんじゃないのか。だとしたら拳銃はむしろいい武器なんじゃないか。

 エトルキアの制式拳銃P290は重量は少し重めだったけど、装填からほとんどの操作を片手で完結できるので扱いやすさは抜群だった。

 

 そこで警報だ。

 心が決まったあとで本当に助かった。

 武器選びに付き合ってくれていたメルダースに弾薬の用意を任せ、クローディアは部屋に戻ってバトルドレスを着込んだ。

 廊下に出るとメルダースはスクランブル用のエレベーターに向かった。

「スクランブルエレベーター?」クローディアは訊いた。

「パイロットと整備員を迅速に上層まで送り届けるための装置です。居住区のあるこの中層と上層飛行場の間にはおよそ3000mの高度差があります。普通の高速エレベータでは移動だけで2分近くかかってしまう。スクランブルエレベーターならそれを20秒まで縮めることができる」

「20秒……!」

「先に行っておきますがケージの中は与圧されていません。たとえ与圧したとしてもそのあとすぐに高度5000mの低気圧に晒されることになりますから。しっかり口を開いて我慢してください」

「そんな、殺生な……」

「私は天使愛護主義者エンジェフィリストですが、それゆえに人よりは天使のことも知っています。天使は人間よりも気圧の変化に耐性がある。あなたは違いますか?」

「違わないだろうけど、天使だって急激な変化はつらいわよ」

「それはすみません。でも耐えてください、としか言えません。急ぎですから」

 メルダースは立ち止まった。どうやら目の前の扉が件のスクランブルエレベーターらしかった。

 床面積としては4,5人乗りの普通のエレベーターだが、天井が低く、上下にクッションと手摺がついているのが禍々しかった。壁にジェットコースターのようなチェストバーつきのシートが据えつけられていた。

 銃を壁のホルダーに噛ませ、クローディアはシートに座ってバーを下した。

 メルダースは扉が閉まる前に敬礼した。

 なぜこんな時にユーモアを見せるのか?

 でもそれがあながち冗談でもなかったことはすぐにわかった。

 死地へ向かう者への手向けだったのだ。

 ケージはまず「プスッ」とブレーキを緩ませた。

 次いでウィンチが低く唸り始め、その音は予想を超えて際限なく高くなっていった。

 凄まじい重力が体を座面に押しつけた。バーの外側に出していた翼はべったりと床に伸びていた。縛られた銃たちもまるで恐怖するようにガタガタと震えていた。

 ケージの屋根が空気を切る音が聞こえた。減圧が鼓膜を圧迫し、頭蓋骨の中に空気入れで空気を押し込まれているような不快感――いやもはや激痛――に襲われた。

 加速の終点で体が浮かび上がり、バーの根元が肩に食い込んだ。翼は持ち上げられ、今度は天井に張りついた。畳もうにも自分の力だけではどうしようもなかった。

 ブレーキが悲鳴を上げ、何か衝突したような衝撃にガツンと襲われてから停止した。竪坑の終点にバネでも仕掛けてあって、そいつで強引にケージを受け止める構造なのかもしれなかった。

 クローディアがバーを押し上げ、ケージの扉が開くのと、外の滑走路で1機のアネモスがキアラの餌食になるのはほぼ同時だった。


 クローディアは空中で拳銃のリロードを済ませた。

「クローディア」ヘッドセットのイヤホンからメルダースの声が聞こえた。「格納庫の方を見てはいけない」

「あ、いけないのね」クローディアは小声で答えて、視線を反らしながら何度か瞬きした。

 空はアネモスのエンジン音に覆われていたし、キアラとの距離は30mほど開いていたから、多少の声なら聞こえないはずだ。

「タロノ・ペタロの準備ができた。ヴィカとモルが出るから引きつけておいてくれ」

「了解」

 メルダースでも指揮の間はきちんと命令口調になるのだ。

 もっとも、彼自身はこの場にはいない、基地中枢のCIC(戦闘指揮所)でカメラやレーダースクリーンを介して戦場全体を把握しているはずだった。

 クローディアは降下して地面スレスレを左手に飛んだ。

 拳銃を構え、撃つ。単に連射するのではない。リズムを崩す。

 さあ、こっちに集中しろ。

 キアラは回避と弾きを織り交ぜ、格納庫を背にして突進の構えをとった。

 いい動きだ。

 その真横から無数の火線が襲った。

 ジェットテールを履いたモルがホバーのように滑走路の上を滑りながら軽機関銃を腰だめにしてキアラを狙っていた。

 キアラはやはり剃刀で銃弾を弾いた。

「なるほど、1人じゃ荷が重いってわけ?」キアラは強がった。

 しかし軽機関銃の連射もすさまじい。弾いた破片が広がったローブの裾を引き裂いていった。

 クローディアはキアラから離れた。目の前を銃弾が通り過ぎたからだ。モルの弾幕は狙いがあまりに雑だった。演習の時よりはよくなっているけど、一緒に戦うと思うとまだ背中が寒かった。

「――陸戦中隊が上層飛行場の包囲を進めている。ヴィカ、あと3分持たせろ」メルダースが言った。

 陸戦隊?

 なんだ、基地の戦力もちゃんと動いているんだ。

 モルの背後からヴィカがジェットテールで飛び出し、スーパーヒーローみたいに右手に持った長杖を前に突き出した。

 先端にはめ込まれた魔素結晶が仄かに光り、青白い雷を放った。

 キアラは雷を刀身で受け止め、右に払った。しかし甲板に落ちた雷はアークを描いてキアラの足元に飛び移った。

 電撃を浴びたキアラはローブの全体から白煙を上げながら片膝をついた。

 3対1ではさすがに勝負にならない。囲まれるとキアラの突進は活かしようがなかった。

 ヴィカが捕縛の用意に入り、甲板の縁から陸戦隊の兵士たちが顔を出した。

 

 その時だ。

 キアラが顔を上げた。そして自分の襟首を掴み、聖職者のローブを毟り取るように払いのけた。

 中から現れたのはぴっちりしたボンデージのセパレートだった。

 キアラはまっすぐ腕を伸ばし、人差し指を立ててその場でぐるりと旋回した。

 一拍遅れてその周り半径40m程度に赤い円が現れた。

 レーザーで切られた痕跡だった。当たった部分が溶けて赤熱しているのだ。

 直径にして80m。大型輸送機の翼幅を超える大きさだ。その一部は甲板からはみ出すほどだった。

 ヴィカはモルの前に出て杖を構えた。

 盾に変化した杖がレーザーを受け止めたが、体勢が悪く、背後にいたモルを巻き込んで吹き飛んだ。

 そうか、これがキアラの遠距離攻撃。多数相手が苦手なわけじゃなかったのだ。

 甲板の縁では恐々とした陸戦隊がライフルをやたらと撃ち始めていた。

 狙いが不正確なのでロクに当たらない。

 キアラも特に防御することなくしゃがみ、また例のパタパタをやって真上に飛び上がった。

 クローディアも後を追った。


「クローディア、こっちはだめだ。エンストした。2分は戻れない」ヴィカが言った。

 ぶつかった衝撃でジェットテールが損傷してしまったのか。

「了解」クローディアは答えた。

 しかしキアラは速かった。

 追いつけない。

 200mも上昇してそう思った時、キアラは身を翻して垂直降下してきた。

 クローディアは拳銃を構え、間合いに入ったところで発砲した。

 だが一瞬あとにはキアラはもう真横にいた。

 こちらの射線をウナギのようにするりと避けるのはわかった。でも太刀筋は見えたというよりほとんど勘だった。

 キアラが通り過ぎたあと、右の外翼の風切り羽が先端20cmくらいすっぱり切り落とされていることに気づいた。

 キアラは真下に抜け、その勢いで高度を取ってまた上を取った。

 クローディアは弾倉を替えて拳銃を撃った。

 キアラはスピードを保ったままそれを避けた。その動きは旋回というにはあまりに機敏で、カクカクとしていた。

 次に突進を食らったら避けられない、という不安がクローディアを襲った。

 奇跡を封じられるだけで他の天使がこんなに強く感じられてしまうのか?

 キアラが指を構え、パタパタと突進の構えをとった。

 来る……!


 だがキアラはおもむろに構えを解いた。

 その頭上から曳光弾の太い軌跡が雨のように降り注いだ。

 ベレットの6門の20mm機関砲だ。

 キアラはその何発かを刀で弾いたが、1発弾くごとに衝撃で何メートルも沈み込んでいた。

 キアラは堪らず射線から飛び出した。

 ベレットがその背後を通過、大きなフラップを開いて旋回に入った。

「ごめん、遅くなった」カイが言った。

「助かった!」クローディアも答えた。

 クローディアはキアラに向かって飛び込んだ。

 確かに突進は恐い。でも背後に回り込んでしまえば食らうことはないはずだ。

 キアラはスピードを上げながらなんとか振り返ろうとしていた。

「避けろ、クローディア」

 クローディアは降下、離脱。

 すぐ上を火線が走っていった。

 次いでベレットが通過。再びキアラに襲いかかる。

 しかしキアラは今度は避けなかった。

 左翼と右翼の射線の間に入り込み、カイが合わせようとすればその分横に移動して安全地帯を維持した。

 そしてベレットの機首が目の前に迫ったところで3本指の刀身を出した。

 プロペラを避けて右翼の外側を切り落とし、その流れで胴体に斬り込んで尾部を切断した。


 ベレットの右翼で機銃弾倉が誘爆、脱出装置が作動してキャノピーが吹き飛び、射出座席が真上に飛び出した。

 クローディアは肝を冷やした。

 カイは丸腰だ。空中では動けない。

 キアラに襲われたら……。

 クローディアはそう直感してダッシュした。

 だがキアラの方が速かった。

 カイは座席から離れてジェットパックを展開していた。

 その背後に赤い刀身が見えた。

 だめか……?

 だがキアラは振り返った。

 そして刀身を納め、カイを抱きかかえてジェットパックを外した。

 主を失ったジェットパックはくるくる回りながら落ちていった。

 カイは気絶しているようだった。

「ネロ!」キアラはグリフォンを呼んだ。

 そのまま降下、真下で待ち構えたグリフォンに掴まった。

 そうか、要塞で戦うのはあまりに不利だから、カイを囮にして私をおびき寄せようというのだ。クローディアは気づいた。

「クローディア!」ヴィカが後ろから呼んだ。ジェットテールは回復していた。

 彼女はP1200を抱えていた。

「運んで!」クローディアは言った。「そいつのスピードなら追いつける」

 そいつ、というのはもちろんジェットテールのことだ。

 クローディアが抱きつくとヴィカは両足のエンジンを全開で吹かせた。 

 いや、本当に全開かどうかはわからない。でもそんな加速だった。

 ヴィカは上空からグリフォンを追い抜き、いくらか前方まで出た。

 高度差は500mほどだろう。

 ヴィカは風圧に耐えながら対物ライフルのバンドをクローディアに引き渡した

「行くわ」

 クローディアはそう言ってヴィカから離れた。

 落下加速はクローディアより対物ライフルの方が速かった。

 クローディアは翼をぴったり畳んでしがみつき、足先だけで舵をとった。

 グリフォンは気づいている。だが迎撃姿勢をとらない。背中にキアラとカイを乗せているからだ。

 クローディアは隕石のようにグリフォンの背中へ突っ込んだ。

 術式陣がライフルの銃身を受け止め、凄まじい斥力で押し返そうとしていた。

 落下の慣性が残っているうちに押し込まなければ。

 クローディアは羽ばたいた。

 術式陣に銃口を押しつけた。

 行けッ、抜けろぉッ!

 一度体を沈めて反動で押し込む。

 そして発射ボタンを押した。

 その瞬間に術式の光が消え、キアラのレーザーがライフルの銃身を真っ二つに分断した。

 クローディアは踏ん張りを失って落下、その最中にグリフォンの後ろ足の蹴りをまともに食らって吹き飛ばされた。


 意識が飛びそうだった。


 空がぐるぐる回っていた。


 重力が全身をめちゃくちゃな方向に引っ張っていた。


「……」

「……クローディア!」

「……」

「クローディア、しっかりしろ!」

 クローディアはガッと首を起こした。

 気づくとヴィカに抱きかかえられて浮かんでいた。

「……カイは!?」

 クローディアが訊くとヴィカは遠くに目を向けた。

 カイを攫ったグリフォンの後ろ姿はすでに2km以上遠くに見えた。

 ヴィカの方が足は速いかもしれないが、追いつけたとしても燃料が持たない。

 だめだ。

 打つ手なし、だ。

「戻るぞ」ヴィカが言った。クローディアが諦めるのを待っていたようだ。

 クローディアは大人しく肯いた。

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