アンチ・マテリアル
カイとモルはヴィカに連れていかれ、クローディアにはメルダースという40前くらいの少将が迎えに来た。どちらかというと細面なのだけど、エトルキアの青い制服の上からわかるほど見事な逆三角形の上半身をしていた。
彼は握手を求めた。クローディアはエトルキアの人間がそんなふうに天使を尊重した接し方をするのは珍しいことだと知っていた。だから応じたのだけど、単に彼の手を触ってみたい気持ちも少しあった。
メルダースの手は厚さも大きさもクローディアの手の倍くらいあって、とてもじゃないけど握りきれなかった。
この人がちょっと力を入れたら自分の体なんか簡単にポッキリ行ってしまうな、とクローディアは変な想像をした。鳥肌が立って翼の羽根がバサッと広がった。
「さて、ライフルを貸してほしいということですが」メルダースは後ろに手を組んで訊いた。
クローディアが頷くと、彼は廊下に出て人間用のエレベーターに乗って上階を目指した。
「あなたはどういう立場なの?」
「私はこの基地の副官をしています」
「島全体の?」
「そうですよ。長らく戦略をやってきたので前線指揮は専門外なんですが、訳あってこんな辺境に……。いや、こういう言い方は失礼ですね」
クローディアはちょっと違和感を覚えた。口調のせいだ。あくまで民間人には敬語を使うのが彼のポリシーなのだろう。
「要塞島は初めてですか?」メルダースは訊いた。
「うん。何というか、味方として、というのは」
「なるほど」
「あなたは天使愛護主義者なの?」
「まあ、世間的に言えば、そうなるでしょう」
「感覚的に、それとも理由があって?」
「まあ、両方でしょう」
メルダースはそれについてはあまり話したくないみたいだった。左遷と何か関係があるのかもしれない。クローディアはそれ以上訊かなかった。
エレベーターは扉と反対側がガラス張りになっていて、時折要塞の中の景色が見えた。格納庫や運動場といった1階層ぶち抜きで天井の高い空間に入ると立坑の外壁が窓に変わるのだ。人間たちが動き回っているのがよく見えた。
エレベーターを降りたところでジム帰りらしい軽装の兵士たちとすれ違った。
彼らは足を止めずにメルダースにぞんざいな敬礼を送り、クローディアにはただ引きつったような視線だけを送った。
それは軽蔑だった。
「さあ、携行兵器弾薬室です」メルダースはカードと暗証番号で鍵を開けて中に入った。
「どんなものがいいですか?」
「アンチマテリアルライフルはある?」
メルダースは奥へ歩いていって身長くらいある大きな銃を片手で軽々持ち上げた。
「セローP6127。12.7ミリ」
メルダースはストックを立ててクローディアに銃を渡した。
当然ずっしりと重い。弾倉を外して弾の大きさをイメージした。
「一番口径が大きいのはこれ?」
メルダースは目をぱちくりさせた。
「カペラP1200。20ミリです」とさすがに両手を使ってラックから下ろし、床に寝かせた。
あえて口に出しはしないけど、「持てるのか?」と訊いているのは明らかだった。
クローディアは腰を入れた。まず砲口の方を起こして立ち上げ、盾のように張り出したハンドルを肩に引っ掛けるようにして腰を上げるとどうにか持ち上がった。40kgくらいあるんじゃないだろうか。
でもそれだってやれないことはない。カイを抱えて塔の中を上昇したじゃないか。カイだって60kgくらいはあるはずだ。
「弾速は?」
「これの方が速かったと思います。うろ覚えですが。もともと航空機関砲ですからね」
「航空?」
「戦闘機が機首につけるやつです。ヘリのサイドドアに乗せるためにグリップをつけて、それをほぼ取り外しただけのものがこれです。連射機能は省かれています」
「撃ってみたい」
「いいですよ」メルダースはそう言って弾薬箱から真鍮色の弾を5つ取り出し、弾倉に詰め込んだ。指よりも太そうな大きな弾だった。
それからラックの後ろに差し込んであった銃のケースからベルトを出してハンドルにかけた。
てっきり持ってもらえるものと思っていたけど、メルダースはアサルトライフルを3丁とジュラルミンのケースを3つ抱えて部屋を出た。クローディアは弾入りのP1200を自分で抱えていかなければならなかった。ストックを下にして吊るし、足にぶつけないようにガニ股で歩いた。それでもベルトがある分さっきよりは重さを感じなかった。
また別の兵士たちと廊下ですれ違った。彼らは今度は奇異の目でクローディアを見た。
いずれにしろ親しみは含まれていない。でも下に見るような感じがないだけマシだった。機嫌を損ねたら20mmで撃たれるとでも思ったのだろうか。
中層飛行場の甲板に出るとジェットエンジンの「キィィン」という響きが耳を突いた。
戦闘機じゃない。もっとパワーが小さい感じの音だった。
「ほう、もう飛んでいるのか」メルダースが呟いた。
クローディアは見回した。
100mほど上空に人影が2つ見えた。
人影が浮かんでいるのだ。
ジェットテールだ、と気づいた。2人は小型のジェットエンジンのついたゴツいブーツのようなものを両足につけていた。
「タロノ・ペタロです。天使と空中で渡り合うために開発した……装着型の超小型戦闘機とでもいいますか。ベイロンの一件で手配を頼まれていたのですが、あまり配備数が多いとは言えないもので、間に合いませんでした」
人影のひとつはヴィカ、もうひとつはモルだった。ヴィカはアシカが海を泳ぐように自在に飛び回っていたが、モルはまだまっすぐホバリングするのが精いっぱいのようだった。生まれたての子鹿のようにブルブルして姿勢が安定しなかった。
クローディアはとりあえずライフルを下ろして飛び上がった。少しでも親しい誰かが生身で飛んでいるという親近感が嬉しかった。
モルの周りをぐるりと旋回して横でホバリングを始めると、モルは「ゆ、揺らすなァ!」と泣き言を言った。
「ねぇねぇ、どうやって操縦するの?」クローディアは訊いた。
「ブーツの中にペダルがついてるんだよ。それを絞ったり緩めたりして操作する。右がパワー、左がアイリスの開度だ」
ヴィカが周りを飛びながら説明した。
「アイリス?」
「ジェットの排気口。金属の板が何枚もついてるだろ。ホバリングの時はこれを開いておいて、スピードを出したい時は絞る。下手にパワーをいじる必要はないんだ」
確かにブーツの先にはマーガレットの花びらのような金属板がついていた。ヴィカのアイリスはすぼんでいて、モルのアイリスはそれこそ二重の花のように開いていた。
クローディアはもう少し観察した。燃料タンクは背負式で、後ろにV字型の小さな翼がついていた。揚力を生むには小さすぎる。たぶんスピードを出した時に姿勢が崩れたり揺れたりするのを防ぐためのものだろう。
クローディアは少し降下して水平飛行でスピードを上げた。ヴィカが追いかけてきた。
「トップスピードはどれくらい?」
ヴィカは答えようとしたけど唇が風に煽られて上手く喋れていなかった。聞き取れない。
ヴィカも諦めて前を向き、額で風を切ってさらに加速した。
追いつけない。250km/hくらいは出るのだろう。答えはそれで十分だった。
3人は飛行場に戻った。タロノ・ペタロのエンジンモジュールの前後には三脚のような支柱が張り出していて、着陸の時はそれで体を支えるようになっていた。一種の竹馬みたいだ。左右のモジュールをくっつけてロックすると安定するので、燃料タンクを後ろに引っ掛け、エンジンモジュールの内側にある窪みを足がかりにすると乗り降りできるという具合だった。
パイロット(?)の2人は作業着の上に空気抵抗減少と調温機能を備えたグレーのフライトスーツを着込んでいた。
ヴィカはメルダースが持ってきた荷物を確かめた。
「これで演習ができます。感謝します」
「演習?」
ジュラルミンケースの中身はレーザー発信器だった。銃に取り付けると弾の代わりにレーザーを発射する。レーザーが当たると負け。ケガを気にせずに銃の訓練ができる装置だ。それが3つ。誰の分なのかは明白だった。
タロノ・ペタロの航続時間は長くて30分。燃料補給の間クローディアはP1200の試し撃ちに挑んだ。
狙いをはるか虚空に定め、まずは地上から。
引き金ではなく、ハンドルについたボタンによる発射制御だった。バンドを肩にかけて腰だめで撃つと「パーン」というものすごい衝撃音が響き渡り、気づいた時には反動でストックを地面に打ちつけてしまっていた。湯呑くらいある空薬莢が薬室から吐き出される。それすら反動を感じるくらいだった。砲口の衝撃波で地面から土煙が舞い上がり、空薬莢は湯気を上げていた。
戦闘機というのはこんな威力のものを秒間十何発という単位で撃ち出すのだ。恐ろしいものだ、とクローディアは思った。
弾がどこへ飛んでいったのかはまるでわからなかった。
次は空中から撃ってみよう。バンドを腰の後ろに回して銃に跨るような感じで飛び立った。もちろん垂直上昇はできない。滑走して水平飛行、スピードを上げて少しずつ登っていく。幸いカイの時ほどの難しさはなかった。
ただ空中で静止するのも無理だとわかった。常に前方へ飛び続けなければならない。これじゃ戦闘機と同じだ。でも方向の向きをある程度自由に動かせるのは違う。
ストックが股の方へ抜けるのを確かめて1発撃った。
銃が跳ね、脚の間に沈み込んだ。でも悪くない。もう1発撃って弾道も見えるようになった。2発目で正面を狙うことができた。3発目で真横に撃つことができた。反動とのつきあい方もわかってきた。
でもそれで弾切れだった。弾がなくなるだけでもかなり軽くなったように感じた。もう倍は欲しいところだけど、予備の弾倉だってかなり重いはずだ。
クローディアはとりあえず飛行場に戻った。
低空で滑り込み、フレアして減速、足を前に出してストックを地面に突き刺すように着地した。なかなか大変な作業だ。
「少し休むか?」ヴィカがスポーツドリンクの缶を渡しながら訊いた。
「いや、このまま続けるわ」クローディアはそう答えて缶の口を開けた。




