無垢なる駐屯部隊
久しぶりのタールベルグだった。だだっ広い中層甲板にスクラップの山地が築かれ、その隙間を埋めるように貨物機が並んでいた。小さく見えるけどほとんどはスフェンダムだ。翼長は1機100mもある。
スクラップの一角がコンテナに置き換わっているのと、その周りにいるスフェンダムが民間登録符号ではなく国籍マークをつけているのは違っていた。
カイは島の上空を大きく一周してからアプローチに入った。
簡易管制塔の誘導で着陸。どこもかしこもボロな島だけど滑走路だけはまともだ。エトルキアで一番大きな輸送機でも簡単に降りられる規格を維持している。路面もいいし白線もくっきりしている。戦闘機並みの図体のプープリエなら長さの半分もあれば十分だ。
タールベルグの中層滑走路は虎の子の商売道具、というか看板・暖簾みたいなもので、これだけはなんとかしておかないといよいよ客が寄りつかなくなってしまう。逆に言うと島中の生気をそこに吸われてるんじゃないかという気がしなくもないけど……。
軍用エプロンの様子はかなり変わっていた。軍用車両が点々としていた。レーダーを回しているもの、ミサイルの四角いケーシングを真上に立てているもの、ガトリング砲の砲身を空に向けているもの。戦闘機こそいないけど物々しい雰囲気だ。
「まるで軍用飛行場じゃないの……」とディアナ・ベルノルス。タキシングに入ってからサングラスを外して窓に顔を近づけた。
そう。タールベルグは軍事島じゃない。間貸ししているだけ。軍は居候だ。
「クローディアとパトリスは機内に残りなさい」
ディアナは移動司令部に入って責任者を呼び出した。デュ・ゲクランだ。メガネの似合う顔色の悪い男だ。
「我が軍はずいぶんと幅を利かせているな」
「といいますと?」
「防空ノードが置いてある。滑走路も一本専有状態だ。ヤードも民間のスペースにかなり食い込んでいるな」
「最低限の設備はどの島にも必要です。特に国境地域の島となれば軍事島でなくても迎撃機能を持つのは当選のことでは」
「軍事利用はしないという約束だと聞いている」
「ええ、そのとおりです。いや、『でした』という方が正しいでしょうね」
「説明してもらおう」
「先々週ですね。増員の打診をしたら快く受け入れてくれましたよ」
「そもそもなぜ増員が必要なのか」
「アイゼン回廊の臨検に人手が足りないのです」
「ハブ港はフーブロンだろう?」
「再生資材はこの島ですよ。今やベイロン衛星島再建の要です」
ディアナは外に出て誘導路を走っているスフェンダムの胴体を見た。符号がLUで始まるのはルフトで登録を受けた機体だ。
「私の更迭を上申するのはあなたの権利ですが、それによってこの島の人たちが喜ぶかどうかを確かめてからでも遅くないのでは? それでこそ王族の器というものです」
「私を知った上での物言いか」
「なに、頭ごなしに突っかかられて少々不愉快だっただけです」
ディアナはその返しには取り合わなかった。
塔から工場の間を通ってヤードの南側に抜ける通路に島で唯一と言える商店街がある。
もともと人出があるのは真昼と夕方くらい、何なら店が開いているのもその間だけ、といった代物だったのに、どういうわけか賑わっていた。レゼのモール街とまではいかないものの、その3割から4割くらいは人がいそうだった。
なにって、客の方は軍人だ。訓練や当直があるからみんながみんな昼に休みを取るわけじゃない。身内では炊き出しレベルのものしか食べられないから買食いに出てきているわけだ。
何なら前より店が増えている気がする。一体どこにそんな料理の腕を隠していたんだ。
が、ディアナにはその変化がわからない。そんなことより兵士たちは高級将校が入ってきたせいで妙にかしこまった雰囲気になっていた。ちらちらとディアナに向けられる視線には棘がある。ディアナもディアナでそれが鬱陶しかったらしく、上着を脱いで裏表にして丸めた。
それはそれで胸の大きさが際立つのでまた別の視線を集めてるんだけど、本人は構いませんという感じ。
モルは食堂の厨房の窓に設けた仮設のカウンターの奥で唐揚げか何か揚げていた。
「モル、帰ったよ」カイは叫んだ。
「はーい、いくつ?」
だめだ、注文だとしか思ってない。
「3つ」
「2エクスね」
唐揚げは頑丈そうなワッフルに巻かれていて、剥き身で手渡しだった。
「いや、え、カイじゃない。本物?」
「そうだよ。さっき呼んだのに」
2エクスはもう出した。手を伸ばしているのになかなか渡してもらえない。
「本物?」
「本物」
「クローディアは」
「いる」
モルはフライヤーの方を振り返った。次の唐揚げが焦げそうだ。
「あとで行くから。夕方ね」
「わかった」
「アルルは診療所にいるよ」
「だろうね?」
「確実にいるってこと」
「アルル?」とディアナ。
「この島の飛行機乗りたちにとって姉御みたいな人だよ。まあ、『たち』って言っても俺しか残ってないんだけど」
「ふぅん?」
なんで勘繰るような目を向ける?
アルルに会いたいのはやまやまだけど、一度クローディアとパトリスを連れに戻らないといけないし、ボスに会うのが先だ。
スチールの外階段を上る。ボスは事務所にいた。1人だ。
「ほう、いい女だな、カイ」
ディアナは上着を肩にかけて軽くポーズをとった。
「ボス、この人王族だよ」
「王族を引っ連れてよく堂々としてる。大したもんだ。よく戻った」
「ジョークじゃないんだぜ」
ボスはディアナに目を合わせた。
「ディアナ・ベルノルスです」
「ベルノルスっていうと、たしか王族の1氏じゃないか」
ディアナは頷いた。
「そうか、そんなに偉い人が実在したとはね……」
なんだかクローディアを初めて連れてきた時を思い出す反応だった。この島の人にとっては天使も王族も同じくらい実在の不確かなものなんだ。
ボスはとりあえずソファを勧めてコーヒーを用意した。
「近くで見るとまたすごいな。作り物みたいだ」
とはいえボスの声には微妙に緊張が混じってきた。
「失礼。スラディウワウ・ヴァシロホロフスキ。工場の責任者です。聞いての通りボスと呼ばれています」
「我々の分遣隊が横暴を働いているようで、警務隊司令としてお詫びします」ディアナは初手謝罪だ。
「横暴?」
「独断でこの島の軍事利用を拡大している。目に余る横暴です」
「ひとえにそうも言い切れないですね。トラブルというトラブルも軍人同士の内輪のケンカくらいで。まあ、若者同士こんな窮屈な島に押し込まれているんだから、そういうこともあるだろう、くらいの感覚でしたが、隊長さんは向こうから詫びを入れに来たとか。確かに駐屯自体は一方的な決定でしたがね、もともと産業がなくて人口が減っていた島です、まあ、ルフトのダンプが増えたってのも一因ではありますが、客商売ができるっていうんで島民の半分以上は喜んでます。客に出す食い物が出せるのも、給水と発電のプラントを直してもらったおかげだし、工場だってそれがなけりゃルフトからの需要を受けられなかった」
「私は誤解していたようですね」
いや、違う。
横暴のお詫び、というのは本心じゃない。真正面から訊いても建前で返されるだけだと思ったのだろう。否定しにくい流れを作るために下手に出たんだ。でもボスは否定した。
「半分というのは?」
「もとより過疎の島に居付いていた物好きで偏屈な年寄りが大半です。人が増えた、軍人が目につく、というだけで文句を垂れている。無論、歓迎派にも二通りあります。島が活気づいて嬉しいというパトリオット。もう一方はやっと他の島に移る金が手に入ると喜んでいる出世志向。俺は前者だから、分断を持ち込まれたという意味ではまあ厄介ではありますがね。商売の上手い者は儲かって陰口を叩かれるし、そういうギスギスした空気そのものにイライラしたり、滅入ったりしている者もいる。問題を抱えているのは軍隊じゃなくて全部住民の方、住民同士の軋轢ですよ。慣れない環境に晒されて息がしにくくなっているんだ。慣れるまで我慢できればいいが……」ボスの言い方は軍を擁護しようという感じではなかった。ヤケクソなニュアンスだ。「ひとまず、積極的な現状変更を可能な限り控えてくれるならありがたい。なんなら住民の方から増員を要望を出しかねないような状態だ。自滅的に対立を深めようとしてやがる」
「強いて言うなら、そもそも軍隊が来るべきではなかった、ということよね」
ディアナはそれをボスの前では言わなかった。いまさら言ったって取り返しのつかないことだからだ。
「じゃあ撤収します、なんてことになってもまた意見が割れるだろうね。割れるというか、たぶんぶつかる。あらゆる現状変更を控えてほしいというのは、そういう意味だ」カイは答えた。
「そうね。あらゆる現状変更が火に油を注ぐのと同じでしょうね」
「あなただったらこんなボロの島ァさっさと化粧直ししちゃいなさいと思いそうなものだけど」
「入れ物を変えて人の心も変わるなら、そうでしょうね。そんな手っ取り早い話はない」
そんなに人の心が読めない女に見える? とディアナは暗に言っていた。人間相手には案外立場相応の繊細さ見せる彼女だった。




