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エンジェル・ストライクに気をつけろ  作者: 前河涼介
プロトタイプ・エンジェル
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パトリスの記憶

 おおよそ「意識」あるいは「個」といったものが与えられて以来、最初の出来事として憶えているのは戦闘の記憶だった。

 火器管制システムの参照ストレージに地形図が呼び出され、味方の指揮系統と配置が入力され、敵ユニットの諸元リストが入力され、データリンクを介してその位置情報が更新されていった。

 操縦手席のハンドルが動き、砲手席の照準レバーが動いた。乗員が車内に入ってきたのだ。いや、もともと中にはいたがインターフェースには触れていなかったのかもしれない。いずれにしても彼らが今まさに自分のことを動かそうとしているのだとわかった。

 外部カメラ、赤外線レーザー照準器、逆探知レーダー、ターンオン。自分のセンサーで周囲を認識できるようになった。

 木々の幹が視界を狭めていた。温帯の針葉樹林の中にいるらしい。僚車は50mほどの間隔を置いてほぼ横並びに展開していた。現地時刻は6時半を回った。霧雨だが朝日が見えた。

 製鉄所を攻略する作戦だったと記憶している。まず防空陣地を殲滅するための高速ミサイルが撃ち込まれ、次いで戦闘攻撃機が乗り込んで目につく装甲目標を叩いた。戦車隊は目的地まで5km圏から地上部隊の先陣を切り、その取りこぼしを拾うように包囲の輪を狭めていった。

 木々の間を走る。地図上では林道の表示だが、実際には獣道のような悪路だった。若木を踏み倒し、苔生した岩を乗り越える。窪みに隠れていた敵の偵察兵を体当たりで踏み潰す。返り血が履帯を一瞬滑らせる。後続の歩兵たちが小銃で彼らにとどめを刺す。

 緩やかな斜面の下に工場の敷地が見えてきた。建屋の陰に隠れた敵の対戦車砲を照準レーザーで炙り出し、十字砲火で粉砕する。一度足を止め、主砲の弾種を榴弾に替え、あとで遮蔽になりそうな建物の窓に撃ち込んで壁ごと破壊していく。どの車両が何を撃つか、データリンクの指定に従ってごく効率的に攻撃を行う。個々が連携しているというより、まるでアメーバのように形の定まらない大きな生き物に取り込まれてその末端の一部として機能しているかのようだった。

 やがて平地に乗り込み、スピードを落として歩兵の盾となりながら進んだ。歩兵は建物に上ってクリアリングしていく。追い立てられた敵兵が崩れた屋根の下に出てきて苦し紛れにライフルを向けてきた。弾は装甲の表面で跳ねてほとんど塗装だけを削り取っていった。背後から味方の歩兵が迫り、撃たれた敵兵は4階から落下して地面に叩きつけられた。


 一方的な戦闘だった。まもなく鉄道駅の管理棟に翻る旗が取り替えられた。投降した敵兵が広場に集められ、戦車隊も半数はその制圧のために広場に並んだ。

 ただ、いくら一方的でも相手が全く抵抗していないわけではないし、どれほど慎重に行動していても見落としがゼロにはならないものだ。地下室に隠れていた敵兵が黄色い隊長旗のカーライルを側面から狙って堂々とロケットランチャーを担いだ。

 砲塔に貼り付けられていた爆発反応装甲が磁界の歪みを捉えてクラッカーのように飛び出したが、多段弾頭はその炎をかいくぐって砲塔後部に命中した。

 内側はちょうど弾薬ラックだ。誘爆した主砲弾の爆圧が天板を吹き飛ばし、龍の息吹のように炎を噴き上げた。

 弾片を浴びて火だるまになった乗員がハッチから這い出してくる。周囲にいた歩兵の半分は彼らを囲んで火を消し、残りの半分はたった1人の敵兵に銃を向けた。が、歩兵たちが撃つより早く、戦車砲の集中砲火が彼を襲った。地下室の入口ごと周りの地面がえぐり取られ、肉体の破片すら残らなかった。

 被弾したカーライルは燃え続け、乗員たちは熱傷と呼吸困難で苦しみながら死んでいった。


 それから140日に渡って実戦行動が続き、17回の戦闘を経て部隊の半数が新しい車両に入れ替えられたが、奇跡的に修復が必要な損傷を一度も負うことなく本国への復員指示を迎えた。それが戦争に勝ったからなのか、それとも別の理由があったのかは知らなかったし、知る必要も感じなかった。

 船と鉄道で本国の内陸まで運ばれたあと、訓練に戻ることもなく、最初に置かれた場所で長い眠りについた。そのあと火器管制システムの起動ログはおよそ2100年の間更新されなかった。

 いつ起こされるかもわからなかったのでエネルギーの温存に努めた。ただ、太陽熱から得られる電気は日に数時間CPUを動かすのに十分なレベルだったし、温度差による結露を防ぐためにも夜間電子回路を温めておくのは合理的だった。

 どうすればもっと僚車や乗員を失わずに効率的に敵を殲滅することができたのだろう? それは学習プログラムが定める必然的な思考プロセスだった。ただ簡単に答えが出るものではなかった。戦車1両の行動で何が変えられたのだろう? 部隊や軍のレベルで根本的な解決を図るべきだったのではないか?

 やがて想定は戦術処理システムの管轄を超越して大戦術レベルの用兵にまで広がっていった。

 夢を見ていたのかもしれない。与えられた機能を超えたところに余分な意識が芽生え――つまり、超越した何かとそうではない何かを隔てる意識が自己認識に繋がり――自我として活動するのかもしれない。その長い年月の間に「私」という一人称を自然に扱うことができるようになったのだろう、とパトリスは思っていた。

 ただそこに「個」としての意味を与えてくれたのはエドワード・ガレンだろう。


 2100年ぶりに火器管制システムが起動した。あらゆるインターフェースが乗員の存在を捉えようと作動した。ごく至近距離に壁があり、四方とも囲まれているようだったが、違った。自分が砂に埋もれていることさえも認識していなかったのだ。

「よう、オンボロ。まだ動けるか?」

 バッテリーの容量は十分だった。スタックから復帰するのと同じ要領で履帯の回転に差をつけて砂の中を上っていった。


 エドワードは戦車を戦闘目的には使わなかった。というより、現代の地上では戦わなければならないほど他人と出会う機会がなかった。必要なのは走破性であり、パワーであり、機能性だった。専ら荒野を走り、瓦礫を押しのけ、ワイヤーをかけて地中から遺物を引っ張り出すのが役目になった。

 かつては人の命も、森も、兵器も、建物も、あらゆる物質の儚さを感じるばかりだったように思う。けれど遺物に片鱗を見せる人間の文明はもっと形而上的で精神的な本質を持っていたのかもしれない。彼らはその破片を集めて再び繋ぎ合わせる試みをしているのだと思えた。

 彼と息子の生活がそばにあった。軍隊で見る兵士たちのどこか機械的で合理的な生活とは違っていた。趣味的で、目的がなく、終わりが見えなかった。彼らは戦車そのものにも強く興味を示したし、戦車で走ること、探検すること自体を楽しんでいるようだった。

 それはかつて抱いていた人間像とは少し違っていた。というより、以前は人間に像など見ていなかったのだろう。それは命令と操作そのものに過ぎなかった。雨や風の向こうにある神の意志のようなものに過ぎなかった。彼らの感性に付き合うことが新しい役目なのだと理解した。


 彼らもまた私に個性とか人間味を求めていたのではないかとパトリスは思う。

 特に息子のゾーイはカメラに向かって話しかけてくることが多かった。樹脂で固めた昆虫の死骸を2つ持ってきてどちらの方が出来がいいか訊いたり、目的を明かさずに計器盤の上に色々な種類の石を並べてみたり、相手が返事しないのをわかっていてそういうことをするのだった。

 父のエドワードも、しばしばゾーイを車内に残して自分の足で探検に出かけたが、「ゾーイを頼むぞ」と言い置いていくことがあった。それに彼にとってはいくら状態が良くても他の車両はあくまで売り物だった。ゾーイを乗せて移動したり、中に布団を敷いたりすることはなかった。

 私に対しては愛着を抱いていたのだろう、とパトリスは思った。少なくとも、そう思うからこそ個としての自分に意味を見出しているのだ。


 兵器は人間の死を悲しむようにはできていない。強いて言えばそれは彼らを守れなかった自分に対する戒めだ。

 だからこそ代わりに覚えておこうと思ったのかもしれない。

 だからこそ彼らを殺した天使のそばにいようと思ったのかもしれない。

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