スワップ
螺旋階段を上り切る。ハンガーの正面に置かれたアームチェアにアンドロイドが1機座っていた。背もたれに体を預けている。休止状態のようだ。
パトリスのために用意すると約束した機体だろう。翼はついていないけど、容姿はPAによく似ていた。ショーケースの中に収まっていた機体ではない。それはしないと言っていた。どこかに倉庫があってそこから引っ張り出してきたのだ。
いや、引っ張り出してきたというか、自分で歩かせてきたのだろう。首の後ろに伝送用のケーブルが繋がっていた。本体にオペレーティングモジュールがインストールされていなくても外部制御は受け付けるはずだ。あの盗掘家もPAをコンピューターに繋いで動作確認していた。
「さて、約束通りパトリスをあなたたちに返しましょう」
パトリスは自身にもケーブルを繋いで自ら頭蓋を持ち上げ、オペレーティングモジュールを取り出そうとした。
ところがそこで動きが止まり、部屋全体の照明が暗転した。
真っ先にマユとエマが危険を察知した。すかさずロッドを立て、「ヘッジ」と声を合わせた。
ハンマーダイトがパトリスを除く一行を囲うように四隅の床に突き刺さった。
と、天井が震え、ハンガーの直上を何かが突き破って落下――いや飛び降りてきた。
空間に収まるのが窮屈なほどの巨体、鋭い爪のついた凶悪な4本足。全身を覆う大きな羽毛。グリフォンだ。
天井を突き破った時に剥がれ落ちたのだろう、樹脂とサーボモーターからなる足の内部構造が露出していた。
そう、生身のグリフォンじゃない。グリフォン型のアンドロイドだった。
グリフォンはPAの翼に繋がれた伝送ケーブルを嘴で咥え、前足で押さえて噛みちぎった。
PAが顔を上げた。復旧したのだ。頭蓋をもとに戻し、背中に残っていた端子を自分で引き抜いた。
グリフォンが入り口側の壁に向かってジャンプ。壁を蹴って助走をつけ、顎を引いて奥の壁に体当りした。
衝撃で空気が押されて鼓膜が痛かった。
1度目でパネルがひしゃげ、2度目で完全に脱落して塔の外壁に面する通路まで突き抜けた。
「さあ、行きましょう、クローディア、みなさん」PAはそう言って手を差し伸べた。
「パトリス、いや、旧カーライルのパトリスなの?」クローディアは訊いた。さっさと行動したほうがよさそうなのはわかっていた。ただ、状況が飲み込めていなかったし、何より隣でジャスパーが呆然としていて動いてくれそうになかった。遺物としての価値に満ちた壁を壊したせいだ。
そこでアームチェアに座っていたアンドロイドが起き上がった。
「制御を奪ったのね」
「ええ」
「気づかなかった。どうやったの?」
「電子戦モジュールはカーライルに置いてきたけど、このくらい脆弱なセキュリティならベースのロジックで十分。民生AIに遅れは取らない」
「聞こうかしら。どういうつもりなのか」口調はプロトタイプエンジェルとしてのパトリスのものだったが、それを発したのは紛れもなくアームチェアのアンドロイドの方だった。
「あなたは私の了解なくこの機体のコントロールを奪った。だから私もそうした」とPA。これは旧カーライルのパトリスの喋り方だ。
どうやら所期の想定とは中身が逆になっているらしい。クローディアはやっと確信した。
「新しい機体を与えられるはずだった。それで満足したんじゃなかった?」
「私は何も答えていない」
「つまり、嫌だと?」
「本来の殻を失った私にとって、この機体は主の形見のようなものだ」
「地上でPAを見つけたという盗掘家の?」
パトリスは頷いた。
「この機体まで奪われれば、私はかつての主とのつながりを完全に失くすことになる。彼が与えてくれた経験も、彼が私に見出した個性も、他の機体と同期したデータと何ら変わりない均質なものに変わってしまう。そこにあるのは、名前を与えられたパトリスではなく、もはや同一性を持たない1個体のAIだ。この場にいる人たちにとってはそれでもいいのかもしれないが、かつての主に捧げるものとして私はその同一性を守りたい」
「でもそれ以前には彼の、この塔のものだった。ここにあるべきでは?」
「一度手放したなら、より後の所有者が重んじられるべき」
「だとしてもクローディアは私に機体を譲ると約束したわ。あなたには約束の履行義務があるのではなくて?」
アンドロイドはクローディアに話を振った。
「そうだけど、パトリスが嫌がるなんてちっとも想定していなかったんだ。想定していたらそうは答えなかった。――パトリス、嫌ならどうして私が約束する前に言わなかった?」
「私はあなた方の命令には従います。でも相手がAIなら話は別です」
「一度同期した方が有利だと?」
パトリスは頷いた。
「わかったよ。あの盗掘家には私も負い目があるんだ。でも破壊は最小限に。ジャスパーが動転して君を止めるかもしれない」
「はい」
「プロトタイプエンジェル、いや、塔のアンドロイド、天井と外壁破ったくらいなら自分で直せるだろ?」
「ええ、まあ」
「だってさジャスパー」クローディアはジャスパーの背中を叩いた。「ジリファも、悪いけど聖地を破壊する」
「では私も帰路の保障についての約束を破棄しましょう」
「来い、パトリス」
クローディアは叫びつつ塔の外の太陽光を外壁の1点に集めて照射した。
外壁の内側が赤く変色し、溶け落ちるのとほぼ同時に爆発して飛び散った。高温の破片が周囲に飛び散る。
パトリスが囲いの内側に滑り込んだところでハンマーダイトが砂鉄を吐き出し、前面に分厚い壁を形成して一行を守った。
塔のアンドロイドはハンガーに身を隠し、グリフォンは奥の壁まで飛びのいた。
「走れ!」クローディアは呼びかけた。爆発した外壁の破口から空が見えた。気圧差のせいで強風が吹き込んでいた。
「まさか飛び降りるつもり?」
「この高度から?」
とぼやきながらもまずマユとエマがロッドに掴まって穴の手前までひとっ飛びに先回りした。
2人と交差するように塔のアンドロイドがグリフォンに向かって跳躍し、背中のケーブルを引き抜いて右手に構えた。すると中心の端子が針のように鋭く伸びた。
気づいたパトリスが翼を広げて飛びかかったが、塔のアンドロイドは体をひねってケーブルが切られるのを避けた。
代わりに脚が翼にぶつかって両脚とも膝のあたりでぶった切られたが、それよりもケーブルの方が大事だったのだ。
端子はグリフォンの脇腹に突き刺さり、アンドロイドはもんどり打って床に転がった。お役御免というわけだ。
グリフォンは一瞬抵抗してケーブルを引き抜こうとしたが、前足がかかる前に動きを止めた。先ほどのPAのダウンと似た状態だった。
塔側に制御を奪い返されたのだ。狙ったピンポイントに端子のジャックがあったとも思えない。物理的な回路の破壊を前提とした強制ハッキングだった。
再び顔を上げたグリフォンは塔のアンドロイドではなくパトリスの方を睨みつけた。




