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エンジェル・ストライクに気をつけろ  作者: 前河涼介
プロトタイプ・エンジェル
248/276

2つの疑問

「2つほど聞きたいことがある」

 パトリスの話が終わったあと、ジャスパーが最初に口を開いた。

「なに?」パトリスはそこでようやくアーバインの手帳を閉じた。

「詳しいところまでは僕も把握してないが、エドがその機体を見つけたのは少なくともこの塔じゃない。アーバインが永遠の眠りについたあと、その機体はこの塔から持ち出されたんだ。今聞いた内容ではそこまでは繋がらない」

「それは少し違うわ」

「というと?」

「彼はこの塔で死んだわけではないの」

「ここに亡骸がある。レプリカだとでも?」

「本物。でも頭の中は空っぽ」

「……つまり、サイボーグになって生き長らえたと」

「そう」

「グラト・アーバインはなお生きようとしたのか」

「いいえ。それはアナ・リルメインから私への言伝であって、彼の意思とは別物だった。使命を遂げたあと――すべてが終わったあと、彼自身の人生を取り戻してほしかったのよ。私はこの端末を塔のネットワークから切り離し、機械の体を獲得した彼とともにこの塔から送り出した。盗掘家に見つかったということはどこか地上で暮らしたのでしょう。あいにく記録が消されてしまったので断言はできないけれど。それに、移植したといっても脳は生体組織だから、きっとそのあと数年のうちに余命が尽きたでしょう。盗掘家がこの機体だけを手にしたのも、きっとこの機体が彼を看取り、体を処分したからで」

「あくまで2人の人間として――グラト・アーバインとアナ・リルメインとして最後の生を与えた。だから翼はここに置き去られなければならなかった。アンドロイドとして代替可能な通信機能を内蔵していてはいけなかった。そうか、その機体が妙な造りだった理由がようやく理解できたよ」

「ええ。そして、翼を失った以上、自力ではここには戻れなかった」

「そうか、それは何と言うか、神代の終わりという感じだね」

「1つ目はこれでいいかしら?」

「ああ」


「2つ目はもっと純粋な興味なんだけど、ヨーロッパへの天使移民がサンバレノの源流だとすれば、ガーラが初代セラフということになるのかい?」

「ええ」

「もし彼女が不老不死なら、今でもその座にあると?」

「今のセラフはガーラとは別の天使よ。かといってガーラが死んでしまったわけでもない。自ら譲位したと聞いているわ」

「なるほど、もしガーラがセラフなら、グラト・アーバインについて記した黙示録を正典として扱わないのは不可解だと思ったんだ。でも、それなら納得がいく」

「厳密に言えば、ガーラ自身がセラフを自称したわけではないようね。彼女の後継者がその権威を借りるためにセラフを自称し、またガーラを先代と称したのだと。それが400年ほど前のことだから、人間の国家、エトルキアとの闘争の時代に、求められているのは自分のような指導者ではないと身を引いたんじゃないかしら。自称2代目はより天使に主権的な国家を目指して舵を切っていった。教会と叙事詩を創り、天使の始祖が人間であることを隠すようになった」

「実質的なサンバレノの建国の祖は2代目セラフということになるわけだ」

「ええ」

「ガーラがそのあとどこへ行ったのかはわかっていないのかい? 2代目の所業をどう思っていたのか、とか」

「いいえ。残念だけど」


「まだ生きているならぜひお目にかかりたいんじゃないかい?」ジャスパーはジリファに訊いた。

「ジリファ」

 ジリファは2度声をかけられてやっと反応した。

「生きてるのは知っていた?」

「いいえ。でも会ったからって何を話せばいい?」

「天聖教会の教祖様としては非常に魅力的な存在だ」

「生きて譲位したのだとしたら、そういうのが嫌だから譲位したのでしょ?」ジリファはマユとエマが用意したアームチェアに腰を下ろした。うずまったといってもいいくらいだった。聖書の内容を信じている天使にとってみれば今の話は相当なインパクトがあったのだろう。

「その手帳に書かれた話が事実なら、魔素も奇跡も元を辿れば源流は同じところにあって、けれど奇跡の真髄はアーバインにもリルメインにもわからないということなのね」

「ええ」

 パトリスの返事を聞いてジリファはゆっくりとため息をついた。

「幻滅した?」

「いいえ。ただ、それは、失われたもの・隠されたものではなく、未踏のもの、未来に投射された問題なんだと」ジリファは言葉を選びながら言った。

「それから、アーバインとリルメインが袂を分かったという黙示録の記述は、あなたは研究内容のことだと言ったけど、本当は時の流れのこと、冬眠によって異なる時間を生きることになったのを意味していたんだ」

「ロマンチックな解釈ね」

 ジリファは目を瞑って少しだけ肩を竦めた。

「でも、私に記憶を託して彼を待っていたのだから、最後には時間が合っていたとも思えるけれど」

「確かに。でもこの塔を去った天使たちがそれを知ることはなかったはずで、それなら聖書にも記しようがない」

「聖書の読解はサンバレノに任せるわ」とパトリス。


「翻って人間の歴史にとってみれば、魔素の生みの親はアナ・リルメインということになるわけだね」ジャスパーが言った。「だとすればなぜリルメインの名は人間の間で語られることがなくなってしまったのだろう? 実際、僕は聞いてもピンとこなかった。――悪いね、これは3つ目か」

「急速に普及したからじゃないかしら」とパトリス。「天使の場合は種そのものが長い間この塔に留められていた。サンバレノはその直系の移転先であって、そこから拡散した共同体の1つというわけじゃない。魔素はそういった説明が追いつけないくらい広く普及したのでしょう。それに、人間の歴史は口伝ではなく、旧文明によって残された塔の記録そのものとルイ・エトワール以降の国家史なのよ。その隙間、いわゆる中世の出来事が、たとえそのごく初期のことであっても、忘れられているのは仕方のないことでしょう。あまつさえ近世以降この塔は自覚的に存在を潜めていたのだから」

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