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エンジェル・ストライクに気をつけろ  作者: 前河涼介
プロトタイプ・エンジェル
229/276

フェア・デュエル

 マユは杖に跨り、一旦後ろに重心をかけて前を浮かせた。ハンドルを回してパワーかけ、ふわっと浮き上がった。風圧が甲板の上を走った。離陸方法はラウラが乗っていたコメットに似ていた。

 マユは立ち乗りのまま杖を寝かせ、甲板スレスレでスピードを上げていった。

 クローディアも後を追った。

「慣らしで2周させて」

「疲れない?」

「大丈夫」


 1周目は自分のコーナースピードを知るために飛んだ。全力で羽ばたいてできるだけ塔に近づき、外壁の弧に沿って飛ぶ。慣性に逆らって塔から離れずに飛ぶのはかなり大変だった。ひたすら上昇を続ける飛び方に近い。試しに外壁から離れて旋回半径を広げてみたけど、スピードが上がっている感覚はなかった。なるたけインコースの方がよさそうだ。


 2周目はペースを落として距離を測るために飛んだ。下層高度で塔の直径をだいたい300mとして、1周1km弱。直線ならスプリントだけど、1周目の消耗を考えると多少緩急をつけた方がいいのかもしれない。前半抑えよう。それなら相手が前に見えるし、勝ち目がないとわかったらそこで力を抜いて疲れも減らせる。


「何周?」マユが横に並んだ。

「1周」クローディアはわざとゆっくり飛びながら答えた。

「オーケー。イン?」

「イン」

「次、彼のラインでスタート。疲れてない?」

「ない」

 カイは滑走路の上に立っていた。マユが手振りでスタートを切るように伝えた。

 滑走路上のストレート。

 カイは十字架のように腕を広げ、2人が横をすり抜けるタイミングで振り上げた。


 マユが爆発的な加速で遠ざかっていく。塔から離れるようだ。旋回半径を大きくして、伸びた距離をスピードで補おうとしていた。

 逆にスピードが出なくても内側を回って距離を縮めれば勝目はある。クローディアは落ち着いて自分の加速をした。

 正直、とにかくただ速く飛ぶなんて最近経験がなかった。羽ばたくうちに翼がきちんと掴んでいるのか空振りしているのかわからなくなってくる。

 外壁の丸みが目前に迫る。体を傾け、進むというより登る飛び方に移った。

 体が外周方向に押し付けられる。

 まるで水平線の向こうに重力の元凶があるみたいだった。

 下――外周やや前方にマユが見えた。翼の端からうっすらと雲を引いていた。このリードではたぶん最後の直線でぶっちぎられる。

 クローディアは息を締めて羽ばたきに力を込めた。体幹のブレが減り、体の周りの空気の流れが整った感じだった。

 滑走路の端が見え、管制塔が見えた。

 その時点で視界にマユは入っていなかった。

 が、左後方から「コォォ」というダクトの吸気音が近づき、振り向く間も与えずすり抜けて行った。

 カイの上を通ったのは明らかに抜かされてからだった。


 クローディアは翼を肩に引きつけて体を立て、改めて翼を広げてブレーキをかけた。2,3度羽ばたいて着地。カイがジャンパーを広げて待っていた。その中にくるまってみてから体がひどく冷えていたことに気づいた。

 マユは流しでもう一周して、滑走路の上で上手くフレアして静かに着地した。

「初めてにしては速かったね。なかなかエンドストレートまで粘らないよ」

 マユはそのまま触媒を格納庫に担いでいった。機械的なギミックがほぼないから点検もいらないのだろう。

「その調子じゃ本気で飛んでたみたいだね」

「満足?」

「リベンジしたいならいつでも受けて立つけど」

 マユは飛行帽を脱いで額の汗を拭った。魔力は使っても体力を消耗しないらしいけど、それでも息が上がっているのはGに耐えて呼吸をしていたからだろう。

 細かく重力制御をやれば自分にかかる負荷を減らすこともできるはずだ。何なら旋回の慣性を打ち消すことだってできるんじゃないだろうか。逆に言えばマユはあくまでエネルギーをスピードに注いだ。小細工をせずに相手と同じ空気の中を飛ぼうとしていたわけだ。


 マユはラウンジで飲み物を買ってきてくれた。温かいカフェラテだった。

 それから翼付きの杖に触れて「温もりを」と唱えた。ボディ全体がカイロのように温かくなって、体を押し当てるととても気持ちがよかった。マユと2人でしばらく干された布団のように温もった。

「慰めじゃないけど、普通の人間相手ならあれで勝ってたよ。どれだけ練習しても私みたいなスピードは出せない。私たちは魔素のキャパが大きいから、触媒がそれに耐えられるなら、普通の人よりパワーが出るし、スピードも出せるわけ」

「どういう意味?」

「私たちは普通の人じゃないってこと」

「『私たち』って、ジャスパーが集めてるの?」

「まあね」

「魔力の強い女の子たちを?」

「うーんとね、それはちょっと違うんだ。天然モノを募集してるんじゃなくってさ。なんていうのかな、空軍に魔術師部隊の要員を育てるための施設があって、そこで落第になった子供を秘密裏に引き取る契約をしたんだ」

「秘密?」

「ジャスパーの契約であって、私たちの契約じゃないし、ここなら誰も聞いてないっしょ」

「なるほど?」仁義的にはともかく論理的には正しそうだ。

「その施設で、インジェクションっていって、血中魔素を増やす処置を受けてるんだよ」

「注射?」

「それもあるけど、それだけじゃなくて。もともと勝手に増えるものだからね。増やすっていうより、増えやすくしたって感じ?」

「魔術師部隊って、ガルドみたいな?」

 ヴィカ・ケンプフェルがガルドの所属だ。思い出した。

「そうそう。よく知ってるね。養成所の方はガルド・ネルって呼ばれてた」マユはちょっと嫌な顔をした。あまりいい思い出じゃないみたいだ。

「マユは落第するような成績だったの?」

「魔術はともかく、体力がなくてさ、兵隊として不良品だったんだ。いくら魔素を濃くしても、体を丈夫にはしてくれなかったな」

「虚弱には見えない」

「サロンに降りてからはわりとマシになったの。治療っていうのかな、なんかそういうのを受けたんだ。詳しいことは知らないけど、病院で見つけてきた小屋みたいなでっかい遺物があって、そン中に水を貯めて人間をポンと放り込んで、2,3日漬け込んでる間に全身の細胞の情報を隅々まで読み取って、で、一部の細胞に狙いを定めて、それが新しくなる時の情報を書き換えることができるんだって」

「へぇ」なんだかよくわからない感嘆が口をついた。カイも同じ反応だった。

「もともとさんざんインジェクションを受けてきたから、私たちは自分の体をいじることに抵抗がないんだよ。外から来た子に話すとなぜか不気味がられることが多いんだけど、サロンではそれが普通だし」

 マユはおもむろに体を起こし、髪を肩の前に回して口元に押し当てた。

「これさ、地毛だけど地毛じゃないっていうか。私もともとすごい癖っ毛でさ、くるくるっていうか、ちりちり? 細くて平べったい髪で、それがコンプレックスだったの。長くてまっすぐな髪が憧れだった」

「髪質もその遺物で変えられるの?」

「髪そのものは変わらないよ。髪の根本の細胞をいい感じにしてもらったの。伸びるのも速くて、放っとくとすぐ踏んづけちゃうんだけど」

「つまり、魔素みたいに外から入れたものが留まるんじゃなくて、もとからあるものが変化するんだ。そうか、生きている人間を作り変える技術もあったんだ」

「?」

「遺伝子技術って、天使を生み出したみたいに世代を跨ぐ必要があるんだと思ってた」

「遺伝子? ううん、生殖細胞には作用しないらしいよ。いや、生殖細胞を狙うこともできるんだけど、外科的手段には精度で負けるから、デザインには向かないんだって。だから私が子供を生んでもこの髪質にはならない」

 マユは水と言ったけど、実際には一種の水溶液で、たぶんウイルスレベルのナノマシンを使ってミトコンドリア内に代替情報を送り込んでいるのだろう。新陳代謝が進むにつれて書き換えられた細胞が増殖してもともとの細胞に置き換わっていく。技術水準では今まで知った遺物の中で最も魔素や魔術に近いものかもしれない。


「ジャスパーは言ってたよ。人間はこの世界に道具的に適応しようとしたんだろうって」マユは続けた。

「道具的?」

「よくわかんないけど、人間はどこまでも人間だってことじゃない? 天使みたいに生身で生きられるように進化はしなかった」

「遺伝しない肉体改造を含めて道具というなら、確かに。逆に言えば、道具の豊かな温室に取り残された生き物のことを人間と呼んでいるだけなのかもしれない」

「でも、生身と道具の境目はいつまでも明確なままなのかな。生の細胞と見分けがつかないくらいの道具が生身に浸透していって、生身と不可分になって、それなしでは生きられないとしても、人間は人間なんだろうか」今まで黙っていたカイが訊いた。

「1人の人間が生きている間にどれだけ自分を改造しようと、そこから人間以外の何かが生まれてこない限り、人間として生まれてきた人間は人間なんじゃない? たとえ、もしそこで世代が途切れてしまうとしても」マユはさっぱりと答えた。

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