デブリーフィング220610-02
デブリーフィング220610-02
日時:
4122年6月10日1400時
場所:
フォート・スローン(C06)101会議室
出席者:
モーリス・ペロー上級大将(軍令部総長)
ディアナ・ベルノルス大佐(警務隊刑務部長)
スピカ・メルダース大佐(軍令部員/第110空挺大隊(天使大隊)大隊長)
ヴィクトリア・ケンプフェル中佐(第1003空挺中隊(ガルドC中隊)中隊長)
―――――
あやうく14時きっかりという手前で松葉杖をカツカツと響かせながらヴィカが入ってきた。左足がグレーのカバーに覆われていた。彼女はギネイスとの戦闘で踵を骨折して以来療養中だった。全治2ヶ月の診断で3週間も経過していない。
「やぁスピカ、久しぶりだね。レポートは読ませてもらったよ」ヴィカは座りながら言った。入り口に一番近い席が空けてあった。
「あなたも関わっていたの?」
「いや、私は何も」
ペローが腕時計に目を落とした。
「さて、では今回の作戦について講評を行うとしよう。まず作戦立案者自らの評価はどうかな、メルダース大佐」
「評価、というのも僭越ですね。反省点は大いにあります。何より、盗掘家による遺物の行使については当然考えを巡らせていましたが、戦車の墓場――詳報では『グレイブヤード』と表現しています――これについては全くの想定外でした。結果として狼と核弾頭が別れたことに気づかずに大隊本隊を足止めされ、あまつさえ指揮官自身が窮地に陥る場面も生じました。警務隊の機転がなければ弾頭の起爆もあり得たでしょう」
「諸々を差し引いても見事な采配だったと言って差し支えないと思うがね」とペロー。
ディアナは頷いた。
「ではベルノルス、評価できる点は」
「主眼は『巨人の井戸』計画の障害の排除、およびサロンに対する牽制にありました。それを十分に達成しつつ、ブンド過激派のあぶり出し、インレ監獄内の亡命志向分子のパージに成功した点です」
「監獄に関してはディアナが予めリストを作っておいたからできたことでしょ。天使大隊は煽っただけで」とスピカ。
「きっかけが欲しかったのよ。どうしても今そうしなければならないというわけではないけど、ずるずる先延ばしにしていれば監獄の中の空気は淀んでいくしかない。自然な形で天使大隊の予備役を誘導に動員できたのもこのタイミングだったからよ」
「スピカ、子連れ狼がブンドと結託する可能性はどれくらい考慮してたんだい?」ヴィカが訊いた。
「そうね、1割……もないくらいかな。想定には入れていたけど、期待はしていない、という程度」
「想定には入れていたわけだ」
「サロンにはブンドがエージェントを常駐させているから接触の機会はあるし、もし彼がサロンと決別すれば利害関係も噛み合うだろう、とは。イーグレットが直々に出向くとまでは思わなかったけど」
「どうしてわかったのかな。核弾頭の匂いを嗅ぎつけたのかな」
ディアナとヴィカは揃ってスピカに目を向けた。
「内部調査なら刑務部に任せてほしい」
「天使大隊ではブンドへの参加は制限してない」
「機密を漏らすのは軍機違反だよ」
「ケンプフェル、ベルノルス、内通者がいないと辻褄が合わないのかね?」ペローが宥めた。「私は単にブンドが傍受無線を巧みに解析したのだと思ったが。弾頭の件は地上からラークスパーに送ったんだろう?」
「あくまでも想定の話です」ディアナはまたスピカを見た。「直接ブンドに当たる方が核心に近いのだろうけど、段取りが必要なので内部の方が手をつけやすいというだけのことです」
「作戦中に見聞きしたブンド側の情報の聴取という体なら禍根ないんじゃない?」とヴィカ。
「スピカはどう思う?」
「私も同席できるなら」
「だそうだ。その範囲には絞りたまえ」
スピカが聞くなら権限的にディアナも同席しなければならない。2人のスケジュールが合わせられる範囲で聴取をやれ、ということだ。
「戦闘に加わった現役全員と、予備役はその半分程度」とディアナ。
「予備役は核弾頭のことを知らないはずだけど」
「本当に知らないのか、そこをテストしたいの。名目的には問題ないでしょう?」
「……40人弱?」
「ええ」
「それなら構わない」とスピカ。
「でもさ、問題の過激派の実動部隊の中には天使は1人もいなかったわけだ。ブンドが後ろ盾って説は単に誰かが吐いたからじゃないのか?」ヴィカが訊いた。
「彼がサロンに着いた時点でイーグレットと接触したのはジャスパーの証言でわかってるの」とスピカ。
「サロンが濡れ衣を着せてるんじゃなくて?」
「イドラに天使が乗ってたとか、生き残りからの情報もいくつか裏付けになってるのよ。そこは間違いない。イーグレット以外にも教唆役はいた。警務隊もレゼの出入りを監視して目星をつけてるわ」とディアナ。
「ふうん」
「珍しく天使の肩を持つようなことを言うね」スピカがヴィカに言った。
「天使の指図で人間が決死隊みたいなことをさせられてるってのが気に食わないのよ」
「ケンプフェルは批判的な見方だね」とペロー。
「いや、評価してますよ。本気で上手いと思ってる。まずイドラだ。あの表面効果翼機。損傷はあるが完全には壊さなかった。旧文明の技術水準では決してハイテクとは言えないまでも、あれだけデカいものを飛ばすんだから空力設計・構造設計に研究の余地はある。ミランあたりが喜んで技術者を送ってくれるはずだ。スフェンダムの後継機に活かせるって」
「あれが出てきたのは私の指揮とは全然無関係だ」とスピカ。
「それからもう1つ。すでに存在しないはずの核弾頭が1つ手に入った」
「存在しないはずの」ディアナが繰り返した。
「たとえ不発でも、一度シールドに乗せて沈めた弾頭はサルベージしない。あくまで起爆して使い切った扱いだ」
「そうね、記録上は」
「処分に困る」とスピカ。
「そうかな。軍の内部にも大声で言えないような用途には向いてるんじゃない? 例えば、運命のいたずらを装ってインレで起爆するにはもってこいの一発だ。テロリストの仕業って線は消えちゃったけど、例えば、補助動力の原子炉の暴走というシナリオでもいいし、もっと軍の名誉を傷つけないやり方があるのかもしれない。ひょっとするとスピカならもう考えついていて、その上でこの作戦に臨んだんじゃないかとも思っていたんだけどね?」
「それは買い被りよ」
「買い被り。ってことは妙案があるに越したことはないってわけだね」
「軍令部ではずる賢くあることこそ美徳。それだけ。狡猾だけど、私の趣味じゃない」
「どうだか」
「それに、インレの解体はあくまで正式な手続きを踏んで進めたい。こればかりは強権的にやったら失敗するのは確定的だからね」
「本当についでの拾い物だって?」
「言ったでしょ。それは結果であって目的ではなかった」
「ケンプフェル、君には新しい任務を与えよう。呼んだのはそのためだ」ペローは話を変えた。
「え、このケガ人にですか?」
「完治してからで構わないよ。というのも、サロンとブンド、ひいてはサンバレノのコネクションについての調査を頼みたいのだ」
「はぁ」
「なぜ自分が、という顔だな。今回は特例だったが、盗掘家の活動に関して軍は原則不干渉でね。前も言ったかな。一種の暗黙の了解だよ。警務隊が堂々と踏み込んでいくわけにはいかない」
「潜入ってことか」
ペローは何も言わずに頷いた。目はレコーダーを見ていた。議事録に載せたくない文言らしい。
「了解。ヴィカ・ケンプフェル、下命次第行動に入ります」
「他になければお開きにするが」
「構いません」とスピカ。
「ええ」ディアナも答えた。




