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弱者

 大陸の地下鉄道網は今のエトルキア首都周辺にも張り巡らされていた。

 セカンド・グリッドと呼ばれる二次整備計画に沿って建設された一帯の塔の間隔は狭いところで27.5km。ファースト・グリッドの60kmに比べて密であり、かつその間隔にはほぼ狂いがない。

 それでいて塔の地下シャフトや基礎部分は地下鉄のトンネルを一切分断していない。地下鉄網を地図に落とせば塔を迂回するようにくねくねと延びているのが見て取れる。

 首都周辺で活動する盗掘家の中には、地下鉄は塔間移動手段として塔のあとに整備されたのではないかと考える者もいた。だからこそ気密を重視し、より建設コストの小さい地上高架を選ばなかったのであり、塔と同じ寿命で設計されたゆえに2000年間の地殻変動にも耐えて断裂を免れているのだ、と。

 盗掘家というのはあくまで僭称(せんしょう)であり、最前線で旧文明の遺物に触れ、その意味を考える彼らは本質的に学者としての側面を有している。連盟の「社交室(サロン)」という自称はその自負の表れ、傘下の人々に対する敬意のようにも思える。彼らの知恵がなければブンドも塔の地下シャフトと核を結びつける考えには至らなかったのではないだろうか。


 フォート・サン=ジェルマン・イン・レの真下と言えるほどではないものの、他のどの塔より近い位置、要は最寄りの関係に1つの駅が埋まっていた。その構内にレールの軋みが響き始めた。トンネルのカーブにヘッドライトが映り、機関車が姿を見せた。ディーゼルエンジンの震えがトンネル全体を揺すった。凄まじいパワーと大重量を窺わせる震動だった。しかし牽いているのは無蓋貨車1両だけだ。

 キィンとブレーキを響かせてプラットフォームに横付け。機関車のキャビンから数人の男が飛び出し、貨車側のヘッドライトを頼りに積み荷の覆いを手早く解いていく。

 幌の下から現れたのは専用のケーシングに収められた核弾頭だ。ケーシングは爆圧を収束するための外殻と軌道のブレを防ぐための安定翼で構成されている。弾頭比で直径が2倍、長さが4倍ほどになっている。要は航空爆弾と似たような姿だ。もはや1人で持ち運べる重さではないから、神輿のように前後に長い担ぎ棒に括りつけられていた。投下器も合わせると運搬に必要なのは6人といったところ。

 おそらく軍が空路輸送に網を張っていると踏んで地下輸送に切り替えたのだろう。ただ、そうなるとどうやって塔の中に入るのかがネックになる。外壁を破壊できるような兵器がない。戦車は持ってこられなかった。

 非常用のエアロックにしても煉獄のために下部10層までは完全に閉鎖してある。50m近くも外壁をよじ登るつもりか。たとえたどり着いても軍事島ゆえに外側から開けられる構造になっていないし、電気的なハッキングも受け付けない。しかも二重扉だ。爆破には相当量の爆薬が必要になる。プラスチック火薬にして20〜30kgにはなるだろう。それを持っているようには見えない。

 ということはすでに塔の方に侵入者がいて、内側からエアロックを開くか、一度最下層甲板まで引っ張り上げる算段だ。

 盗掘家たちは爆弾を担いで階段に向かってくる。地上まではかなりの距離だ。高度にして30mはあるだろう。重量物を、それも複数人で担いで上がるのは簡単ではない。荷物が傾いて後方の担ぎ手に重さが偏るからだ。バランスにも気を使う。周囲への警戒は薄れざるを得ない。


 ディアナはランタンを点けた。手元を照らすためだ。盗掘家たちのマスクのバイザーに火の影が映った。

 同時に妙に白っぽい天井が浮かび上がった。それは天井そのものではなかった。天井に張りついたディアナの触媒のアレイだ。

 ガントレットのディスプレイに3次元表示された盗掘家たちの姿を選択、上から下へ指を滑らせた。

 アレイは細長い槍状に変形し、標的の肩や膝を貫いた。盗掘家たちはなす術なくくずおれ、ケーシングは階段に落下してホームの床まで滑り落ちた。まだ腕を動かせる数人は懐に手を伸ばした。銃か。ディアナはさらにアレイを降らせて手のひらを刺し、彼らを階段にはりつけにした。

「なぜあなたたちはこんなことに命を懸けるのかしら」ディアナは問いかけた。「こんなこと、というのは塔の中で核を起爆すること、そういう認識でいいのよね?」

 盗掘家たちは痛みに喘いでいて答えられそうにない。

「天使に唆されているのはいただけないにしても、ある意味では私はあなたたちを尊敬していたのよ。旧文明と地上世界に対する志を持った人々だと。でもあなたたちが今の生き方を否定するということは、その志の否定、私の尊敬に対する背反、侮辱ではなくて?」

「……懸けてなんかいない」1人が声を絞り出した。

「懸けてない? ああ、なぜ命を懸けるのか、の答えね。安全な仕事だと思っていたの? 終わったら報酬が貰えると思っていたの? 愚かね。天使がそんな約束を守るわけないでしょう。守るとしても、あなたたちの死体を、あるいは札束で焼いてくれるか、その程度でしょう。現にあなたたちはここで死んでいこうとしている。もうかなり血が抜けている。長くない」

「そういう意味じゃない」

「ふうん?」

「死んでも構わないなんて思ってないってことさ。生き残りだとか、生存戦略というのとも違う。俺たちはただできるだけ死から遠ざかるための選択をしているに過ぎない。あんたは俺たちみたいなセンスのない盗掘家がどういう生活を強いられるのか、たぶんわかってない。十分な食料も見つけられず、塔の上のものを買う金も与えられず、ただフラムに蝕まれていく。サロンは仕事はくれるが塔の上に返してくれるわけじゃない」

「塔の上に、ね。そう、天使と取引したのね」

「ブンドはこの仕事が終われば西部のまともな島に送ってやると言った。完全には信じちゃいなかったさ。危なくなったら降参するつもりだった。それが……警告もなしか。このザマだ」

「そんなリスクを取る前に、なぜ断らなかったの?」

「仕事を与えられないことが何を意味するのか、働かなくても食い物に苦労しない塔の上の人間にはわかるまい」

「――ところで、現時点におけるあなたの『死から遠ざかるための選択』は何だと思うの? 私の触媒ならまだ止血もできると思うけれど」

「命乞いか。仕事を頼んできた天使のことなら話せるが」

 ディアナは肩をすくめた。

「もう一度言うけど、私はあなたたちの盗掘家としての誇りを評価していたのよ。たとえ嘘でも、塔の上に戻ろうとしていたなんて言うべきではなかったんじゃない?」

「誇り、か。……なら、なおさら撤回するわけには行かない」

「そう……、それもまた矜持かもしれないわね」

 ディアナはガントレットから指を離した。それが盗掘家たちの心臓を貫くための操作だった。

「私はおそらくその天使の名前を知っているし、天使を処すのに証拠も必要ないのよ。でも絶望しながら死んでいくのも嫌でしょう? せめて私を恨んで死んで行きなさい」

 アレイが彼らの脈拍を捉えていた。あるものは硬直してそのまま途絶え、あるものは次第に弱まって消えていった。最後にはすべてがゼロになった。

 尊敬とか矜持とか、そんな言葉はきっと彼らの心には届いていないのだろう。なりふり構わず、野生動物のようにしたたかに行動するのが彼らの生き方、美徳なのだ。彼らにしてみれば穿った見方をしているのは私の方で、お貴族様の戯言など反吐が出ると思っているのはわかっていた。

 わかっているけど、虐げられている人々に直接手を差し伸べるのはお貴族様の仕事じゃない。ハイ・ソサエティのスタンダードを形成し、上昇志向を絶やさぬことが社会全体の凋落を予防する。お貴族様は、ある意味、理想主義的で全体主義的であることを強いられているのだ。

 でも、だからその使命と良心の間で板挟みに苛まれている、というのは違う。そんな葛藤は一切感じない。生まれた時からその使命に慣れ親しんでいるせい――言ってみれば父のせい――で弱者を踏みにじることに何の抵抗感もなかった。世の中には不運や過酷な運命によって墜落していく人々が一定数いて、ほとんどの場合その原因・責任が当人にはないということも理解していた。でもそれをかわいそうだとか助けてあげたいとかいったふうには全然思えなかった。強いて言えば、そんな不感の反動とも言うべき背徳の幻影に苛まれている、といったところだろうか。

 今だって、そういえばこれは残酷なことをしているんだな、という認識がやっと浮かんできて、私がその感覚を抱かなかったのはなぜなのだろう、とは思う。その程度だ。

 倫理観は別として、彼らを生かしておきかいと思わなかったのも確かだ。

 逆に、同じ弱者なら、少なからずカイくんに魅力を感じるのは文字通り上昇志向があるからだろう。辺境の死にかけの島に生まれて、親もなく育ち、だというのに軽々と島を渡る飛行機を自ら組み上げ、なお貪欲にレースを目指し、戦闘機にも興味を欠かさない。この宿命的に尻すぼみな世界においてもはや毒と呼べるほどの希望を彼は抱いている。それを消してしまうのはもったいない。他の誰かが消そうとするなら阻止したいとまで思う。

 おそらく地上で退廃的な生活を送っていたであろうクローディアが塔の上の世界を謳歌しつつあるのは彼の感化によるところも大きいんじゃないだろうか。


 気持ちがポジティブ側に傾いた。ディアナは盗掘家たちの死体に突き刺さっていたアレイを引き抜き、一通り機関車の周りをクリアリングしてから核弾頭のケーシングを拾い上げた。アレイを使えば筋力は必要ない。血を吸った赤いアレイがケーシングに巻きつき、蛇のように表面を波打たせて階段を上がっていく。


 地上に出ると、10人ほどが出口を取り囲んでいるのがわかった。薄く砂を被って身を隠していたが、アレイの熱センサーの前には無意味だった。塔に忍び込んでいた先遣隊が仲間の救出のために下りてきたのだろうか。

「カイくん」ディアナはヘッドセットに手を当てて呼んだ。

 それからアレイの一部を囮にして出口の外に差し出した。

 周囲でワッと人間が立ち上がり、銃を構え、アレイに向かって発砲した。

 ややあって大気を震わせるようなタービン音が近づき、その中を割って「ウゥン」とガトリング砲の作動音が飛び込んできた。

 聞こえた、と思った時には着弾の砂が辺りで舞い上がり、千切れた腕や下半身、内臓が飛び散っていた。

 砂靄を破ってシフナスが姿を現し、高度50m程度を駆け抜けてまた靄の中に消えていった。あとにはゴウゴウという排気音だけが残っていた。

 シフナスの機関砲は口径20mm。高速で飛ぶ飛行機を撃ち抜くため、弾速と発射間隔に特化している。

 直径2cmの弾丸はただそれだけで人間の胴体を寸断するエネルギーを持っている。頭に当たれば頭蓋が破裂して形も残らない。

 死を免れた数人が逃げ惑い、1人はあろうことか地下鉄の階段に飛び込んできた。彼は膝の辺りで脚が千切れていたが、それでもその短くなった脚を懸命に動かして転がり落ちてきた。まだ痛みを感じられないのだ。ディアナはアレイを使って彼を串刺しにした。


 カイのシフナスは大きく旋回して再びこちらに機首を向け、取り逃した獲物に第2射をかけた。公にはされていないけど、シフナスの火器管制装置には人間サイズの標的を精密に狙うためのモードがある。当然、天使に対抗するための機能だが、脱出したパイロットや甲板・地上にいる人間を狙えないことはない。

 射撃は2度聞こえた。あと2人残っていたようだ。ディアナは慎重に外へ出て結果を確かめた。彼らは断末魔を上げることもなく地面のシミに変わっていた。

 始末は終わった。出口の屋根に上って辺りを見渡したが、他に残っている人間はいなかった。

 どちらが幸せだろう。

 つまり、死体は無残でも痛みを感じる前に意識が消失するのと、痛みを感じながら遺体を残すのと、どっちがマシな死に方なのだろう。

 その痛みの重さで自分の人生の意味が測れたりするのだろうか。

 それもいい。

 それに、体が綺麗に残るならその方が私はいいな、とディアナは思った。

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