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自律

 残りの1両はチャーリーとデルタが囲んで仕留めた。

〈デルタ、スプラッシュ〉

〈他に残ってるユニットはない?〉スピカが訊いた。

〈ホーテル。今ので最後だ。熱源が多すぎてわかりにくいけど〉

〈各員、周りのユニットの機能停止を確かめて、カーライルについては車内捜索をおこ――〉

 何か重たいもの同士をぶつけたような音のあと、スピカからの通信がぷっつりと途切れた。

〈伏せろ、上がるな!〉

 旋回していたエコーリードが稜線めがけて急降下してきた。その大声が生とインカムから重なって聞こえた。

 スピカに何があった?

 まだ敵が残っていたのか。

〈アルファリードより。問題ない、インカムが飛んだだけだ。トラックをやられた。敵方位140から170。距離遠い。ホーテル、上昇退避。B中隊、見つけ次第直下攻撃にかかれ〉

〈了解。……でも、見逃した?〉

〈いや――〉

 おそらく戦闘の間に1両だけ別行動をとって狙撃位置に回り込んだのだろう。エンジンを切っていれば熱探知も避けられたはずだ。今の今まで指揮車を狙えるタイミングを待っていたのだろう。敵がいなくなったことで少し甘いコースを通ったのかもしれない。

 クローディアは指示を待たずにスピカの救援に飛び出した。

 機動面で天使に大きく劣り図体も大きいトラックが戦車に狙われれば逃げ場はない。主戦場から1キロほど距離をとっていたのが逆に仇になったか。

 まず周囲とは違う砂煙が目についた。どうやら相手は榴弾で砂丘を崩して遮蔽を奪おうとしているようだった。装填に4〜5秒。その間隔で弾が飛んでくる。直撃こそしなくても破裂した断片を生身で浴びるだけで十分致命傷になる。

 スピカとアルファチームの2人はひっくり返ったトラックの後ろで寄り添っていた。1人が気を失っているようだ。

 しかも悪いことにスピカたちが身を隠している砂丘は袖が長く高く伸びていて、相手の射界に入らずに退避するのは難しそうだった。

 クローディアは考えた。おおよその方角はわかるから撃ち返すことはできる。奇跡なら射程も足りる。でも外れれば単に相手の射界を広げるだけだ。射線上にはまだ複数の砂丘が被っているが、自分からその盾を崩すことになる。

 相手の弾を弾く手段があればいいんだけど……。

 自分の奇跡の本当の弱点は瞬間的な打撃力に欠けることじゃない。防御機能がないことだ。1人きりならまだしも、味方がいるこの状況では強く意識せざるを得ない。


〈射点、上から見えないか〉

〈目視でもわからない。靄が濃くなってきた〉

 すでに10発以上撃っている。砲身も加熱しているはずだけど、靄が隠しているのか。ノワが高度を上げて探知距離が伸びたせいもあるのかもしれない。

〈各員、北東・南西方向にラインを作って南東に向かって捜索。射線には入るな。落ち着いてやれ。まだ猶予はある〉スピカも冷静だ。マップが見れないはずだ。お互いの位置は報告に頼るしかない。

「スピカ、弾!」クローディアは身振りも混ぜて対戦車ロケットが欲しいことをアピールした。

 スピカはトラックの荷台からこぼれた積荷を漁って使えそうな発射筒を放り投げた。構造は簡素だがそれでも3kgはある。手前の稜線まで少なくとも10m。その距離を飛ばすスピカの肩の力よ。

 だが発射筒は空中で射抜かれた。同軸機銃だ。相手はそれだけこちらに集中している。曲がった発射筒が砂の上に落ちてきた。

 何セットも投げてもらえば無事に受け取れるものもあるかもしれないが、時間の無駄だ。

 クローディアは諦めて先に進んだ。味方はまだ追いついていない。あえて弾道の下を飛び、見えない相手との距離を感覚で測る。弾が連れてくる衝撃波とは別に、砲口で生じる発砲音がわずかに聞こえた。砂丘に反射する音の中から本物の音の方角を探る。砂丘の谷間に沿って蛇行しながら進む。


 近づいてきた。

 他よりひと回り高い砂丘の斜面にくっきりした轍が見えた。

 いた。カーライルは稜線に車体を埋めるようにして砲塔だけ露出していた。

 カーライルがこちらに気づいた。全力で後進をかけ、砂を巻き上げながら砂丘の向こうに消えた。まるでモグラだ。

 とにかくこれでスピカは心配ない。信号銃を肩越しに構え、真上に撃ち出す。

「カーライル、射撃位置離れた。南東方向に離脱。追ってる」

 クローディアが左手から砂丘を回り込んだ時には相手は次の稜線を越えようとしていた。ほとんど砂の壁をぶち破るように進んでいく。

 車体は進行方向が前だ。後進ではなかった。砲塔だけ後ろに向けて離脱に備えていたのだろう。

 それにしても思ったより速い。そして暴力的だ。

 今までのカーライルとは違う……。

 ……そうか、エンジンだ。

 意識していなかったけどエンジン音が聞こえていた。

 地中から出てきた車両は全部モーターで動いていた。こいつは違う。

 クローディアは盗掘家の気配を確かに掴んだ。

 逃げに徹することはない、とも悟った。 あの男はここで立ちはだかってあえて勝負を挑んできたのだ。もう逃げるとは思えない。


 クローディアはアサルトライフルを構え、迂回することなく、最短距離で轍を追って砂丘を越えた。

 砲口がこっちを見ていた。

 撃たれる前に回避。同軸機銃は砲身の右側。向かって左だ。右に体をひねる。

 砲声。

 空気の壁が頬を叩く。

 耳がキィンと痛む。

 ガラガラと回転する履帯の横をすり抜けながら、パルスの照射時間を延ばしてスカートと転輪ごと履帯を焼く。ロケットがあれば起動輪を抜いて一撃だったんだけどな。

 この間合いではカーライルの砲塔旋回がいくら速かろうと天使の機動には追いつけない。強いて言えば脅威は砲塔の上の銃架に載せられた機関銃だ。

 クローディアはパルスを維持したままホーンの焦点を銃架に合わせた。さらに車体や砲塔についたカメラやセンサー、アンテナをアサルトライフルでシラミ潰しにしていく。

 ようやく履帯が切れ、カーライルは右にスピンしながら前後を入れ替え、かなり長く滑ってから足を止めた。起動輪とフェンダーの間に履帯が挟まり、トランスミッションが悲鳴を上げる。過負荷でエンジングリルから小さな火が立った。

 車体をぐるりと巻いたクローディアは火に構わず砲身に絡みついた。

 カーライルは砲塔旋回と仰角で拒絶。

 砲身は手で掴むには熱すぎる。ライフルを回してストラップと足で突っ張り、ホーンで同軸機銃を潰し、パルスで砲身を焼き切った。

 切断部から爆炎が膨らむ。

 こちらの攻撃によるものじゃない。そう気づいた時にはクローディアは吹き飛ばされていた。落ちかかる砲身から弾と装弾筒が飛び出すのが見えた。

 つまり、切断と同時に主砲を発射したことで、まだ燃焼しきらない発射薬の圧力が切断部から噴き出したのだ。弾頭そのものの起爆ではなかった。だったら砲身そのものが弾け飛んできて死んでいただろう。

 それでも全身切り傷まみれなのはわかった。止血。治しながら戦うのが本来のスタイルだ。


 カーライルは短くなった砲身をなおもクローディアに向けようとしていた。カメラも赤外線センサーも潰したはずだ。一体何で狙いをつけているんだ?

 クローディアは空中で立て直し、翼を打って砲塔天板に飛び乗った。銃架はもはや溶けて形を失っている。打たれる心配はない。

 ホーンで左側の起動輪を射抜いて完全に足を止めた。

 なお砲塔は回る。どう止める? ターレットが露出していないから、水平面から光を差し込むしかない。ホーンの焦点をターレット面に合わせ、屈折・収束した光を砲塔と車体の間に差し込む。

 旋回によって砲塔の基部が自ら切れていく。光が貫通し、車体の傾斜に任せて砲塔が滑り落ちた。

 クローディアは車体に飛び移り、ターレットの中を覗いた。

 いた。あの男だ。車体前側の席に座っていた。でもやけに大人しい。中を開けた瞬間に攻撃されたら? 砲塔の方に隠れていたら? とも考えていたのだけど。

 まだ砲塔バスケットの下部が回るかもしれない。挟まれたら危険だ。クローディアは操縦手席のハッチを開いて前から男を覗き込んだ。やはりぐったりしていた。

 拳銃を抜き、構え、男の胸と肩、太腿を撃ち抜く。スタントンホールで逃した負い目がある。もはや躊躇いはなかった。

 血は流れた。でも溢れるという感じではなかった。垂れる、という程度だ。

 だいたい、生きていれば悶絶するだろう。ところが男は表情さえ動かさなかった。

「死んでるの?」クローディアは思わず訊いていた。

 当然答えはない。

 クローディアは意を決して操縦手席のハッチから車内に飛び込んだ。

 嫌な匂いが鼻を突いた。腐敗臭か。

 男の両手は体の横にだらりと垂れていた。左の手首とストラップで繋がれた一抱えほどの箱状のものがフロアに転がっていた。

 側面がハンドルのように握りやすそうな曲面に成形されている。裏返すと真ん中に大きな画面があり、それを囲むようにスティックとボタンが配置されていた。見たところ男が体を預けているのは無線手席だ。戦車を動かすためのインターフェースは1つもない。おそらくこれがコントローラーで、大雑把な指示だけ出して細かいところはAIに任せていたのだろう。


 クローディアは男の首筋に触れた。グローブの表面に体液と薄い皮膚がべったりと付着した。中の組織がゼリー状に溶けている感触もあった。

 何よりすでに体温がなかった。

 男は死んでいた。死後30分前後だろう。

 だとすれば、このカーライルを動かし、他の車両に具体的な指示を与えていたのは、この男ではなく、カーライルのAIだ。コントローラーを介して男の意思を汲み、引き継ぎ、男の死後も戦い続けた。

 私たちは一体何と戦っていたんだ?

 エンジン音がアイドリングよりやや高いところで鳴っていた。

 常識的に考えれば戦車のメインコンピューターは砲塔ではなく車体に積まれている。

 戦っていた、じゃない。まだ戦っているんだ。まだ終わっていない。四肢をもがれ、あらゆる行動手段を失ってなおカーライルは戦おうとしていた。

 クローディアはコントローラーを拾い上げてマスターアームのスイッチを探した。あった。オフに切り替えた。「もう戦闘中じゃない」という意味だ。

 エンジンの回転数が下がり、モーターの磁励音が消えた。

 砲塔バスケットのガードを掴んで力をかけるとほとんど抵抗なく左右に回った。


「なんだ、全部1人でやっちまったのかよ」エコーリードがターレットの上に立って腰に手を当てていた。

「死んでたよ」クローディアは答えた。

「は?」

「もう冷たい」

「じゃあ、なんだ、全くもって勝手に動いてる機械相手に戦ってたってのか、私らは」

 クローディアは男のマスクをそっと外して膝の上に置いた。なまじっかまともな空気があると腐敗が進行する。

「しかし、圧倒というか、本当に旧文明を滅ぼしたのは天使なんじゃないかって気がしてくるね」エコーリードは滑り落ちた砲塔に目を向けていた。

 クローディアは男の脇の下に肩を入れて持ち上げようとした。でもそれは1000年前からそこにある巨岩のようにびくともしなかった。

(ほう)っときゃいいだろうって」エコーリードはそう言いながらバスケットの中に降りてきて男の体を引っ張り上げてくれた。

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