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ガンシップ

 全身がじっとりと汗ばんだ感覚で目が覚めた。暑いな、とエドワードは思った。脇腹にイーグレットがくっついていた。顔は見えなかった。髪の色と質感だろうか。

 まったく、物好きな女だ。

 起こしてやろうと思って手を(もた)げたが、指先まで包帯が巻かれていた。触れるのを躊躇った。殉教する間際に自分の血で女神像を汚すこともない。

 ……殉教? 俺が僧侶か。まさか。

「よかった、起きましたね」イーグレットは体を起こして顔にかかった銀色の髪を掻き上げた。

 どうやらいつ死んでもおかしくないと思われているらしい。

「当たり前だ。こんなにダルい死後の世界はごめんだ」

「痛みますか」

「ああ」特に頭痛だ。酷い痛みだった。

「かわいそうに」

 エドワードはゆっくり体を起こした。そうしないと背中の皮が床にくっついて剥がれそうな気がした。

 まだ船の中だ。思い出した。地表の濃密な空気の上に浮かぶ奇妙な船。名前は何だったか……。

「天使は死んだらどこへ行くんだ?」

「古い信仰によると天使は不滅の存在のようですが」

「それは天使が生まれる前の話だろう。生物としての天使が」

「天使の宗教が自らを神の使いになぞらえているのは古エトルキア以降も同じですよ。宗派にもよりますが、人間と天使を明確に区別するアンジェリカンでは、肉体が朽ち、滅びたのち、スピリタス――すなわち魂は光の中に帰り、天なる神のもとで再び温められると。ゆえに遺体は光炉で焼かれるのです」

 イーグレットはサーバーからプラスチックのコップに水を注ぎながら話した。ストローを差してエドワードの口に近づけた。それに自分で飲むのかと思うくらい顔も近かった。

「光炉?」

「鏡で囲った窯です。塔の上に壺型の開口があって、内側に張った鏡の向きを調整して太陽光を一点に集める。目が痛いくらい光るのですごいですよ」

「見たのか」

「一度。タンパク質は加熱すれば燃えますから、火も立つんですが、発光の方が激しくてほとんど見えないんです」

「ああ、いや、詳しく言わなくていい。一部始終見届けてたのはわかったよ。どだい、炉に窓がついてるのもな……」

「焦点以外はあまり加熱しないのが光炉の特徴ですから」

 エドワードはストローを吸った。頬の内側にいくつか口内炎ができているのがわかった。軽く噛むとそれだけで血が出た。


「まだ乗り換えないのか?」

 エドワードが訊くとイーグレットは頷いた。

「首都狙いが勘づかれたようで、ハブ港に集まる貨物の全数臨検が始まっています。こうなると微量の放射線でも危険だと」

「このまま地上を進むプランか。見つかればまともな戦闘になるかもしれないな」

「はい」

「コースは。地図に落としてあるか」

 イーグレットはエトルキア中部を写した大判の地図を広げ、何本か引かれた複雑な曲線の1つを「これです」と指差した。

「現在地は」

「このあたり」

「よかった、まだ通り過ぎてない。このカーブ、こっちに迂回できないか」

「少し開けていますが」

「かなり風のある谷線だ。目隠しも問題ないはずだ」

「知っているのですか」

「カーライルはここで見つけた。ジャスパーには本当のことを言わなかったが、兵器の墓場だ。自走できるものはなくても、短時間なら戦闘に使えるものはあるかもしれない。フラム期の混乱で使おうとしてそのままになったのか、弾が入ったままのものもあったはずだ」

「回収するのですか」

「まだ2両くらいなら乗せられるだろう?」


 ふと照明が赤い常夜灯に切り替わった。灯火管制だ。

〈左舷後方に官用機。方位220、距離30000、高度角40、針路60、ほぼ同航、速度660、機種不明〉

 距離とベクトルがわかって機種がわからないということはパッシブレーダー、いわゆる逆探で探知したのだろう。IFF電波があれば所属もわかる。

 ラッタルを駆け上がる音が聞こえた。イドラには対空機銃のターレットがある。機首と胴体後端に1箇所ずつ、背中の中心軸に2箇所、胴体両側に2対だ。現代の輸送機に比べればかなり重装だ。人が目視で操作するわけじゃないが、指揮所が2階にあるのだ。

「ポイントまでまだ少し距離があるな」

「あくまで寄るつもりですね」

「ああ。もしだめならここで叩く」



………………



 夜明けから入電が増え出した。電報を受け取った大隊の天使たちがルート上空で監視を始めているのだ。偵察装備というのは長距離用の短波無線機を主に、IFFやレーダー警報装置、暗視スコープをコンパクトにまとめた前吊りのザックで、重さは20キロもあるが飛べないほどではないそうだ。

 砂の中を飛ぶ大型機を見たとか、クジラのようだったとか、表現は様々だったけど、報告はルート8に集中していた。スピカの予想が当たっていたようだ。


 天使大隊は転地用の輸送機でベルビューを飛び立った。ラークスパーの起爆試験の時にサポートについていたのと同じ機種だと思う。ノワと呼ばれていたやつだ。輸送機としては小さい部類だろう。地上の不整地に着陸できるように設計されていて、胴体の下には直径の大きな低圧タイヤが3つずつ並び、エンジンの空気取り入れ口は砂を吸わないように主翼の上に担ぎ上げられていた。機密・換気性能もシェルター規格を満たすレベルだとか。

 戦闘航空団から派遣されたガンシップは獲物を求めて一足先に離陸していた。何も躍起になって手柄を横取りしてやろうというんじゃない。重武装のせいで素体のノワより巡航速度が100km/hも遅くなっているそうだ。同時に出たのでは足を引っ張ってしまう。

 素体といってもそれが感じられるのは主翼とエンジンのレイアウトくらいで、あとは翼の形も、胴体の太さも、何もかも違っていた。チャームポイントのタイヤとそれを収めるための大きなバルジもない。面影がないのも当然だった。

 ガンシップというからには火器をたくさん積んでいて、中でも対空砲を転用した76mm砲の砲身を右舷側から突き出しているのが特徴だった。左右非対称なのだ。コンセプト的にはレールガンを積んだスフェンダムと似ている。こっちの方が小さくて取り回しがいい。前線運用できるのが違いか。「ラグライン」と呼ばれていたけど、これは非公式の愛称で、ノワやスフェンダムのような正式名とは格が違うらしい。


 結局先行したラグラインが最初に敵影を確認した。砂の中に長さ100mほどのレーダー反応があるという。ラグラインに追いついたところで操縦室後方の見張り席に入ってデータリンクの示す方向を見下ろしてみたけど、砂の対流層が乱れている様子はない。スピードは300km/h前後というから、地面すれすれを飛んでいなければこうはならない。印象としては飛行機というより巨大なホバークラフトが地形の引っ掛かりを無視して高速移動しているんじゃないかという感じがした。

「機影見えないな」スピカは操縦室の戸口に立っていた。

「データベース照合なし。これ旧文明のも

入ってるんですけどね」

「船のも見た?」

「諸々です」

「ラグラインもわからないって言ってるしな」

「リーパー02(ラグライン)より、『警告は行わないのか』訊いてます」

「いや、なしで行こう。これだけスパイク(レーダー照射)してるんだ。気づかないような装備のユニットがフラムスフィアに潜ってるはずがない。ベルビューから飛ばしたアルバトロス(巡航ミサイル)は来てるか?」

「当機後方40キロで滞空中です」

「うち5機を再点火、終端誘導はレーザーで行う」

 スピカはヘッドセットをとって帽子の上からつけた。

「リーパー02、即時攻撃だ。アルバトロスが向かっている。数、5。120秒後に誘導用レーザーを照射」

 巡航ミサイルというのは動力にジェットエンジンを使っていて、スピードは音速に満たないけど、航続距離は長いし、エンジンを切って燃料を温存することもできる。滞空というのは単に滑空していたのか、それともパラシュートを開いて浮かんでいたのかもしれない。

「アルバトロス、終端誘導に移行」きっかり3分後だった。

 巡航ミサイルはラグラインがターゲットに向かって照射するレーザーの反射波を頼りに突っ込んでいく。

 すると砂靄の中から対空砲火の火線が立ち上がり、靄の上で立て続けに爆発が起きた。

「アルバトロス、全てロスト。インターセプト」

「ふうん、足の遅い弾ではだめか」とスピカ。「リーパー02、砲撃に切り替える。実弾射撃だ。反撃に備えて有効射程いっぱいで撃て」


 ラグラインがスピードを上げて上昇を始めた。待ってましたと言わんばかりだ。射界を確保するために大きく右にバンクして旋回に入った。

 遠くて発砲の瞬間までは見えない。が、衝撃波がきた。

 砂塵の層が抉れ、地面との間に何か黒っぽい長いものが一瞬だけ見えた。それは衝撃波でできた穴をすり抜けるように消えていった。まるでウナギみたいだった。確かにそこに何かがいる。レーダーの見た幻影じゃない。

「至近弾」と聴音手。

 すると砂の中から曳光弾の赤い閃光が幾筋も飛び出した。火線は束になってラグラインに向かっていく。でも射程外なのだろう、弾道が弧を描いていた。命中弾がないわけじゃないけど、勢いが削がれて装甲に弾かれていた。向きが変わって上や下に飛んでいく曳光弾が見えた。

 ラグラインはその間にも第2射、第3射と攻撃を続けていく。


 唐突にアラームが操縦室を包んだ。

「なに」クローディアは誰に訊くでもなく口にしていた。

「レーダーアラート。相手がレーダーをアクティブに切り替えたんだ」とスピカ。まだ答えられるだけ余裕のある状況のようだ。

 続いて砂の中から白煙の筋が立ち上がった。2条。並んでラグラインに向かっていく。

 対空ミサイルだ。速度を絞っているラグラインは避けようがない。

 が、ミサイルの方がラグラインを避けた。白煙が透明なバリアにでもぶつかったように曲がったのだ。

 それとほぼ同時にアラームが消えた。

「なに?」クローディアはまた口に出した。今度は半分くらい意識的だった。

「ラグラインがミサイルを吊ってたのは見た?」とスピカ。

「うん」

 そういえばベルビューで見た時、左の翼の下にだけラックがついていて、そこに白いミサイルが取り付けてあった。

「あれは対レーダーミサイルなんだ。無煙だからわからなかっただろうけど、相手のレーダー波を拾った瞬間に撃ち返してたんじゃないかな。イルミネーター(追尾レーダー)を潰したんだ。ほら、アラームが止んだ」

「ああ、相手のミサイルが外れたのも」

「それはまた別。ジャミング。反射波の位相をずらして実際の位置から電波の像を動かしたの」

「んー、まあ、なるほど?」

「それにしても理想的な運用だね。相手の射程外からソフト的な妨害を受けない砲撃で制圧する。ちょっと一方的すぎるくらいだ」

「アンノウン、速度低下」

「弱ってきたかな。……でも、なんだろう。リーパー02、一度距離を取れ、高度が下がってきた」

 たぶん余裕ぶって茶化すような答えが返ってきたのだろう、スピカは「いいから」と念押しした。

 どうもその一言の間が命取りだったように思えた。

 ラグラインの右エンジンがくしゃっと潰れて破片が上に飛び散り、外側のモジュールがごっそり脱落して後方に位置する尾翼にぶち当たった。水平尾翼の右半分が根元からもぎ取られた。さらに右内側のエンジンで小爆発が起きて火を吹き始めた。


「退避! 当機も退避。距離を取れ。ボサッとするな」スピカは天井の手摺を掴みながら声を上げた。

 エンジンが吹き上がり、がくんと加速度がかかる。左にバンク、地平線が回る。

「アンノウンの前方を維持しろ。後方はだめだ。――リーパー02、まだ飛べるか。大丈夫ならアンノウンの進行方向に回れ。15キロまで離れたら離脱していい」

 空には黒煙の筋がくっきりと引かれていたけど、火災は鎮まったようだ。ラグラインはのっそりした動きで高度を上げつつあった。

「B中隊、基地まで送ってやれ。何かあったら乗員の救助は高度が下がる前に。速度200、ランプ開け」

 B中隊は新たに動員した予備役で構成されている。ベルビューを出るまでに20人弱が加わっていた。装備は常備のA中隊と変わらない。

「見届けたあとは戻ってくればいいですか?」

「そうだね。合流は少しコースを進んだところになるだろうから、無線方位を頼って」

「了解」

会敵の時点で準備は整っている。開いた後部ランプから次々と飛び出していった。


「あれだよ」とスピカ。ランプを指差していた。

「ランプ?」

「カーライルだ。あのスピードで走ってるものの中に積まれてるんだから、止まらない限り撃ってくることはないと思っていたんだけどね」

「そうか、この飛行機と同じような構造なら、開いたランプの上に出れば、撃てる範囲は限られるけど」

「そう、ラグラインは高度を下げすぎたね。真後ろに回ったところを狙われたんだ」

「スピカ、アンノウンが針路を変えた」

「了解。逃げるのか、それともこっちを指向する気なのか……。アンノウンの機銃はラグラインが黙らせてくれたね。十分、十分。よし、A中隊も出ようじゃないの」


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