オークション・マスター
青と乳白色を基調にした砂漠の建物を思わせるオークションハウスの裏手に、鉄骨で組んだいささか味気ない倉庫が並んでいた。それがバックヤードだ。品物のジャンルや大きさによって区画が分けられ、その中で代表的な品物のシルエットが外壁に描いてあった。
女の子たちは驚くほど軽い身のこなしで戦車から飛び降り、一番大物が入る区画のシャッター(6輪トラックのシルエットが描かれていた)を開いた。電動だ。
ざっと中を眺めたところやはり荷役車が多い。乗用車は1つ小さい区画か。ボートくらいならともかく、中には潜水艇のようなものもあって一体どこで掘り当てたのか見当がつかなかった。まさか西海岸から持ってきたのだろうか。
オークションといっても、仕入れた遺物が直ちに競りに出されるわけじゃない。運営側が遺物の状態と素性を隅々まで調べてから公に情報を出すのだ。買い叩かれたり、逆に不当な高値がついてあとでクレームになるのはサロンの名誉に響く。
女の子たちは2人で空いている駐車スペースの角に立って戦車を呼んだ。大きく手を上げているので身を乗り出さなくてもよく見えた。
「やあ、エド。久しぶりだね」
兵員室から荷物を引っ張り出している時だった。ジャスパー・ロランはいつの間にか戦車を見上げていた。まるで戦車に挨拶しているみたいだ。女の子たちはきちんと並んで彼にお辞儀していた。
この美男はいつも少し眠そうな雰囲気を纏っているし、声も大人しい。それでも上気しているのはわかった。
実に美系の男なのだ。整い方でいえば門番の女の子2人にも引けを取らない。同性だとわかっていても見ているうちになんだか妙な気分になってくる。そういうレベルだ。彼は肩くらいまであるつややかな金色の髪をバレッタで束ねて検分を始めた。涼しそうなカッターシャツと麻のズボンを着ていた。
エドワードは溜息をつきながら荷下ろしを続けた。持ち物はすべていつもの背嚢にまとめてあった。あとはガーデンシティの駅に置いてきた貨車の上だ。
「こんなに綺麗なものは初めて見た。カーライルか。どこで見つけたんだい?」とジャスパー。
「ランバーレイクのもっと西さ。陸軍兵器の宝庫だった。ここまで完全形を保っているのは他にはなかったが」
「パッチワークか」
「いや、オリジナルだ」
「ヘッドライトの球くらいは換えただろう?」
「いいや」
ほとんどの遺物には使用感がある。問題はそれが2000年前についたものなのか、それともここ数年の間についたものなのか、だ。資金繰りのためにそれまで愛用していた道具を手放す盗掘家は少なくない。そして盗掘家が手に入れられる道具の中で最も高度なのものは遺物だ。
盗掘家によって使い古された遺物はどうしても価値が下がる。誰だって見抜かれるまでは使っていないと言い張る。その言葉の真偽を確かめるのはオークション側の仕事だ。
「このカプラは」ジャスパーは車体の底面に目をつけた。
「牽引用だ。穴は開けたが溶接はやってない」
「そのようだね。目立つところでもないし、きちんと埋めれば著しく価値を損なうものではないよ」
「塗装もそのままだ」
「2000年前の塗膜か。さすが。砂の中に埋まっていたのかな」
「泥だ。薄い表層の下に湿った泥の層があった。いわば隠れオアシスか」
「摩耗も風化もしなかったわけだ」
「そんなに特別な戦車なんですか?」後ろで聞いていた女の子の片方が訊いた。
「特別ってことはない。制式採用の――つまり量産型だよ。ただ世界の情勢が情勢だっただけにあまり大量に作る時間はなかったようだね」
「カーライル?」
「人の名前みたい」
「うん。かつてこの国には将軍の名前を戦車につける習わしがあったようだ。M1007カーライル。旧文明最後のメイン・バトル・タンク。軸馬力1200のガスタービン2基で60トンの巨体をラリーカー並みの機敏さで動かす。70口径120ミリの主砲は荒野を疾走しながら3キロ先の移動目標を寸分違わずに捉え、対空目標にも苦もなく命中させる火器管制システムの精度を誇る。装甲は自らの主砲弾を砲塔車体正面で受け止める」
「なんかすごそう」
「でもそれが戦車でしょ?」
ジャスパーは決して戦車や兵器の専門家ではない。あらゆる既知の遺物についてこのレベルの基礎知識を頭に入れている。
彼は2人目の女の子の言葉に頷いた。
「何より現代兵器と異なるのはネットワーク性能だよ。標定役のユニットとリンクすることで乗員の操作なしに統制射撃ができるんだ。もちろんこいつから他のユニットに指令を出すこともできるし、他のユニットからの指令で動くこともできる。乗員たちはただ機械が正しく動いているか見守るだけでいい。通信衛星も通信規格も失われた現代では宝の持ち腐れ、マニアには興味を示されないポイントだけど。――すごいな。ガスタービンでも煤が出ないのか。この精度は現代技術では真似しようがないな」
彼は四方から戦車を眺めた。カプラのように改造部分がないわけではないが、ガーデンシティの駅でできる限りの原状復元はしておいた。もちろん内側も片付けてある。旧文明趣味の興を損なうようなところはないだろう。
女の子たちは杖を踏み台に変形させて2人で主砲の砲口を覗き込んでいた。「すっごい太い」「ここに入れるんじゃなくって、こっから撃つのよ」「入れるって何を」けらけら。
「ところで、ゾーイはどこだい。僕のお気に入りの妖精は」
しばらく答えずにいるとジャスパーは顔を向けて「エド?」と呼んだ。
「死んだよ」
「死んだ?……いや、体は悪かったけど衰弱していたわけじゃないはずだ」
ジャスパーは急に戦車に対する興味を失った。車体後部に上がっていたが、エンジングリルを開けたまま下りてきてエドワードの正面に立った。
「そうか、そういう事情か。いくらいいものだからって君は今まで直に僕のことを呼んだりはしなかった」
エドワードは部屋の奥に置いてあるトレーラーに目を向けた。大きなタイヤが片側6つもついていて、平たい背中の上に太くて長いものを寝かせられるようになっている。
「カーライルはいくらになる? ざっとでいい」
「ソフト面でキズがなければ1500万エクスは固い」とジャスパー。
「マージンを引いて1200万くらいか」
「引いて1500万さ」
「あのトレーラーは」
「SLBMの移動発射台だよ。短距離弾道ミサイル」
「ミサイル本体は」
「横に置いてある。燃料もつけるし、誘導システムも問題ない」
「いつ競りに出す?」
「もう2,3口引き合いが来てからだ。希少価値はあるけど、自衛用に使う意味はほとんどないからね」
「カーライルと交換でいいと言ったら、競りにかけるか?」
そう訊かれてジャスパーは顎を引いた。見定める目になった。
「……来たまえ。ここでは話せない。君たちも戻っていいよ」
2人は女の子たちを見送ってから倉庫を出た。ジャスパーは歩きながらバレッタを外した。
オークションハウスとバックヤードの間は庭園になっている。日光を浴びた旺盛な草花の間をチョウやハチが飛び交っていた。
競りの最中なのか人気はない。外の霞んだ空気とも、上空の透き通った大気とも違う。妙に幻想的な景色だった。あるいは花の匂いが空気に混じっているせいなのか。
「アイリス、コーヒーを用意してくれ」
ジャスパーの部屋では例のアンドロイドが待っていた。扉の脇に椅子が置いてあって、そこにひどく背筋を伸ばして座っていた。生身の人間なら背中の全部の筋肉と横隔膜がガチガチになっているだろう。アンドロイド――アイリスは軽くお辞儀で答えて立ち上がり、部屋の奥へ入っていった。ジャスパーの部屋は初めてだ。そっちに台所があるのだろう。姿は見えなくなったが、食器の触れる音と、黒いサテンのワンピースがしゅるしゅると衣擦れの音を立てるのがかすかに聞こえていた。
「嘘だと言ってくれないか」ジャスパーは座りざまに訊いた。白いソファが向かい合わせに置かれていた。
エドワードは深く腰を下ろして俯いた。あえて声に出す必要もない。
「なぜ、どうやって、その死はもたらされた? 辛いだろうけど答えてくれ。僕は知りたい」
「……俺が殺したようなものだ」エドワードは首を振った。言葉を選んだ。もう少しで具体的なことを話すところだった。
連盟やサロンは軍と敵対しているわけではない。むしろ黙認によって地上での利権を手にしている。ジャスパーも味方とは限らない。
ジャスパーは辛抱強くエドワードの話を待っていたが、やがて諦めた。アイリスがコーヒーを運んできた。白いカップに黒いコーヒーが入っていた。井戸を思わせる黒さだった。底が見えなかった。
ジャスパーはアイリスが下がったところで口を開いた。
「彼ほど地上での人生を肯定的に捉えている人間は他になかった。残念だ。とても」
「ああ」
「あえて亡骸を見たいとは言うまい」
「ここに持ってくればバクテリアに食われて腐敗していく」
ジャスパーは頷いた。それからコーヒーを飲んだ。
「弾道ミサイルを何に使う?」
エドワードは何も答えずに顔を上げてジャスパーを見返した。
「あれも兵器だ。兵器は用途を訊くことにしている。君が兵器を買うのは初めてだからね、長年やってきて意外に思うかもしれないが」
エドワードもコーヒーを飲んだ。案外熱くはなかった。サロンの中の気温が高いから冷まして出すようにしているのか。
「弾道ミサイルというのは一度宇宙に出てから地上に向かって弾頭を落とすんだろ」
「ああ」
「設定によってはそのまま宇宙に飛ばすこともできる」
「宇宙といっても低軌道だからね。地球の重力から逃れられるかわからないが」
「弾頭を下ろしたら」
「かなり軽くなる。中軌道のデブリ帯を抜けられるかどうかだろう」
「あいつは星が好きだった。まるで泡みたいだってな。晴れた夜には連れ出してやったものだ。塔よりもっと高いところに送ってやろうというのは俺のエゴかもしれないが」
「宇宙葬か」
「ああ」
「そういうことなら、わかった。いいだろう。ただし、いくら気が変わっても攻撃に使ってはいけないよ。軍に目をつけられればここには対抗手段がない。モグラを一掃する絶好の口実を与えることになるだろう」
「わかってる」
「約束してくれるね?」
「ああ」
やはり、とエドワードは思った。軍と因縁がある相手に兵器は売らないだろう。
「いずれにしても、まだ査定が終わっていない。よほどのことがない限りは問題ないだろうけどね」
「ああ、期待している」
問題とか期待というのはあくまでカーライルの値段のことだ。ミサイルの話ではない。
「泊まるだろう? 部屋は用意しておくよ」
ジャスパーはそう言いながらコーヒーに白いミルクを注いだ。




