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ギャンブル・アイランド

 エトルキアとルフト同盟の国境両側に設けられた非武装空域までタールベルグから約120㎞、非武装空域が幅200km、ベイロンは非武装空域から東に約600kmの距離に位置しているので、総飛行距離は900kmを超えることになる。

 カイのアルサクルは主翼内タンクを撃ち抜かれ燃料の40%が流出、もう1機のアルサクルは左右のラダーが脱落、垂直尾翼も片方はほぼ骨組みの状態、空挺機も1機は全身蜂の巣、クローディアが乗っている方も右エンジンから黒煙を吹いていた。

 そんな状態で飛び続けられるのかカイは不安だったが、結局ひとっ飛びにベイロンまで到達できた。ジェット機なら巡航でも1100km/h程度だから、1時間かからない距離だったというのもカイの感覚をやや狂わせていたかもしれない。


 ベイロンはもともと学園都市として設計された島だったらしい。

 ベースとなる住宅型の島同様に広大な下層甲板を持ち、上層へ向かうに従って甲板面積が減少する山型のシルエットをしているが、甲板同士の上下間隔は住宅型よりさらに広く、主な甲板は5枚。各層商業区が密集するはずの甲板中心部には緑地が広がり、その中に大きなビルが点在していた。周縁に住宅区を持つのはほぼ下2層のみで、より上層は甲板全体がほぼ完全な緑地となっていた。各階層の行き来は塔に接したエレベーターの他、下3層までは各層の外縁を結ぶロープウェーも利用できた。

 飛行場は最下層に2つあり、1つは住宅区の外縁一角を削って設けられた2.5kmほどの軍民共用空港、もう1つはなんと甲板中央の緑地に設けられた1km強の小型機用滑走路で、後者はもっぱらエアレース用だった。塔や甲板、建物によって複雑な気流が生じるため、普通は塔の近くに滑走路を設けることはない。だがこの滑走路の場合、その程度の風で離着陸に苦労するようなパイロットがレースに参加する資格はない、というフィルター的な役割を果たしているようだった。

 その滑走路が建設されたのは20年ほど前、つまりベイロンが他のルフト同盟諸都市とともにエトルキアからの独立を宣言した時期に重なるという。

 領主アーヴィング・フェアチャイルドは以前エトルキアが出資していた学園予算をルフト政府に求めたが、ルフトはこれを拒み、独立戦争によって住居にあぶれていた難民を受け入れるための住宅区拡大を逆に打診した。

 フェアチャイルドは自分の領地がスラム化するのを嫌ったのだろう。彼はそこで財政的自立のために一計を案じ、娯楽とギャンブルによる収益を当て込んで、その目玉にエアレースを据えたのだった。彼の目論見はおおよそ成功し、もとより「公共事業」であったため胴元の取り分は全て領主の金庫に入り、観客動員による観光収入、テレビ番組の放映料なども合わせると莫大な収入になった。その恩恵を受けたベイロン市民の生活水準はエトルキアの首都レゼにも引けを取らないと噂されるほどだった。


 大きな島だ。

 それがベイロンを見たカイの最初の感想だった。ややアンバーに霞んだ大気の向こうに見える下層甲板のシルエットは蓮の葉のように巨大で円形に整っていて、上下の甲板を結ぶロープウェーのワイヤーもなんだか楽しげで、遊園地のような印象を与えた。

 最下層の端に見える飛行場もとても整然としていて、ターミナルビルや格納庫も立派だった。エプロンではコンテナを引いた車がせわしなく動き回っていた。

 カイの着陸は3番目だった。

 まず2機の空挺機が降り、滑走路が空くのを旋回しながら待って高度を下げ、もう1機のアルサクルに頭を押さえられるような格好でアプローチを始めた。

 たとえ自分が逃げようとしたり敵対行動を取ったりしてもそこについていればすぐ背後に回って撃墜できる。そういう位置だった。

 ランディングギア・ダウン。

 フラップ・ダウン。

 フラップはスロットルレバーの側面だ。他の基本操作も一通り口述で教わっていた。

 エアブレーキを開いてスピードを殺していく。

「いいか、250キロ以下は失速域だ。HUDをよく見ておけ」アルサクルのパイロットが後ろからアドバイスを飛ばしていた。

 250km/hといっても普段の着陸速度の2倍近い。

 みるみるうちに滑走路が大きくなり、300km/hほどで手前の端の白線を越えた。

 このスピードでよく機体が浮き上がらないものだ。

 多少機首を上げても沈下率はほとんど変化しなかった。レーサー機とは全然違う。

 さらにパワーを下げ、機首上げして滑り込むようにタッチダウンした。

 ほとんどバウンドしない。揚力というよりパワーで機体を浮かせている感じだったのだろう。

 そのままではなかなか減速しないのでドラッグシュートを展開、100km/hを切ったあたりから少しずつフットバーを踏んでホイールブレーキをかけた。

 ブレーキの度に機首が沈み込んでひどく体が揺さぶられた。踏んだり放したりしてはいけないのか。

 40km/hまで落として誘導路に入り、エプロンにいる空挺機の横に向かった。

 滑走路を見るともう1機のアルサクルがちょうどタイヤから白煙を上げてタッチダウンするところだった。

 アルサクルは前輪を上げたままドラッグシュートを使わずに減速、滑走路残り1/3といったところで機首を沈めてブレーキをかけ、ぎりぎりのスピードでかなり機体を外側に傾けながら誘導路に入ってきた。慣れたものだ。

 自機の後ろを見るとドラッグシュートが排気に煽られて膨らんだままになっていた。エプロンに入る手前のところに待っていた地上員が腕を立てて合図したのを見てカイはドラッグシュートを切り離した。

 黄色いドラッグシュートはしなびて誘導路の脇に落ち、あとは地上員の回収任せだった。

 もう1機はこの手間をかけさせないようにシュートなしで減速したのだろう。


 カイはエンジンを切ってベルトを外し、キャノピーを開いた。

 タラップを登ってきた整備員はヘルメットもGスーツも身につけていないカイを見てぎょっとしたが、すぐ手を貸してカイの体を引き起こした。

 そういえばタラップは格納式だったが全くきちんと機能していた。キャノピーを閉めると一緒に引っ込む仕掛けなのかもしれない。

 カイは甲板に降り立ったところで少しよろけた。

 酔っていた。

 白服の男と並んで待っていたクローディアが走ってきて抱きついた。

「無事でよかったわ」彼女はそう言うとすぐにカイの耳に口を寄せた。

 カイも察しをつけてクローディアの腰に手を回した。

 いわゆるおさわり(・・・・)だが、別にラッキーなことはない。ジャンパーの下に翼のごわごわした感触があるだけだった。

「カイ、気をつけて。電話がつながる前、あの兵士たちはあなたを撃墜しちゃえって言ってたわ」クローディアは耳打ちした。小声で話すためにわざわざ抱きついたのだ。

「いくら助けたといっても、その前に仲間を2人殴り殺してるんだ。仕方ないよ」

「とにかく信じちゃだめよ。どれだけおだてられても」

「わかったよ」

 白服の男が近づいてきて「カイ・エバート、渡したいものがある。少しついてきてもらおう」と言った。

 クローディアは手首を掴んでついてきた。

 できれば手首じゃなくて手を握ってほしかったとカイは思った。

「君はここで待っておいてくれ。2人だけの話だ。――ヒンターラント、天使を頼む」

 クローディアは手を離さなかった。

「誤解してもらっては困る。彼は確かに我々を救ってくれた。だがその見返りとして先に結んだ約束を取り消すのはむしろ彼を軽んじることになってしまうのではないか?」

「子供を叩きのめしておいて何が約束よ」

「安心してほしい。カイに万一のことがあれば君は決して我々には従わないだろう。それはわかっているつもりだ」

「本当でしょうね」

「もちろん」男は剣の鍔に左手をかけて答えた。

 クローディアは不服そうに手を離した。

 彼女も理解して俺を庇おうとしてくれているのだろう、とカイは思った。自分は空の上では確かに重要な戦力だった。だが甲板に降り立った今、守られているのはむしろ自分の方、自分を守っているのはクローディアだった。ベイロンはクローディアを欲しているのであって、自分はもはや何の価値もない人間なのだ。

 そうなることはわかっていた。ベイロンまでの1時間、機体の操作を教わる時間を差し引いてもカイにはかなり考える時間があった。ベイロンが自分の処遇をどうするのか、色々なパターンが想像できた。

 最悪、人気のない場所に連れ込まれて始末されるだろう。でもそれは白服の男が言った通り賢明な手ではない。

 妥当なのは送還だろう。問題はそれが即刻なのか、それとも猶予があるのかどうかで、ベイロンを去るタイムリミットが長ければ長いほど足掻く時間が与えられる、つまり自分に可能性が残る状況になるはずだ、と思えた。

 白服の男――エヴァレット・クリュストは軍のオフィスに入るとカイをロビーのソファに座らせ、受付で何かを受け取ってきてカイの向かいに座った。

「カイ・エバート、これは明日の便のチケットと通行証だ」エヴァレットは横開きの封筒に入った紙切れをテーブルに並べた。「マウトブールでエトルキアに入り、タールベルグ行きの便があるフーブロンに飛ぶ。少々回りくどいルートになってしまうが、定期便ではこれくらいしか手がなくてね。今夜はホテルに泊まってくれ。これは我々の誠意だ。どうか受け取ってほしい」

 カイは俯いた。

 だがそれは演技だった。

 ここまで来てクローディアと離れなければならないのは確かに不本意だった。

 でも、だからといって突き返して何になる?

 そうか、手助けはいらないのか。では自力で帰ってもらうとしよう。

 そう言って甲板の縁から突き落とされるだけではないか。

 未来があるのは受け取る選択肢だ。

 カイは手を伸ばした。

「ありがとう。そして君の活躍に改めて感謝を言おう。では」エヴァレットは席を立った。

 カイは顔を上げなかった。

ひとくち設定10:VV8Fアルサクル


 ルフト同盟空軍の主力戦闘機。ヴァド=ハツラ設計局製。

 制空戦闘に特化した大型戦闘機。アネモスより大柄な機体を持ち、最高速度以外すべての性能で上回る。アネモスより低速での旋回を得意とする。


 全長:24m

 全幅:16m

 全高:5m

 自重:18t

 推力:18t×2

 最高速度:M2.2

 乗員:1名

 武装:30mmモーターカノン×1

    空対空ミサイル×14

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