お兄ちゃんは渡さないっ! 1
ルー=リースから決闘のために呼び出された場所は、ハルカの通う中学校だった。
ハルカは息を切らせながら、自分の通う中学校の校門を通り抜ける。その瞬間、パシンと黒い光が弾け、辺り一面が灰色一色に包まれた。
「相手さん、準備万端みたいよ」
施された隔離結界を確認し、白猫が「あらら」と溜め息をついた。
隔離結界とは、黒猫が魔法生物を呼び出すための特殊な空間である。副次的なモノとして、現実世界に影響を及ぼさないという効果もある。
「分かってる、当然そーだよね」
ハルカが緊張したように頷くと、突然上空から声が下りてきた。
「やっと来ましたか」
黄土色の外套で全身を覆い、大きなフードを目深に被った人物が、螺旋の風に包み込まれるように空中に立っていた。
「ルー=リース、お兄ちゃんを返してっ!」
ハルカはルーを見上げて、喉も張り裂けんばかりに叫んだ。
「アナタの座席で眠ってます。私に勝てたら教室に迎えに行くといいですよ、ニージマハルカ」
「え、なんで私のコト…?」
ハルカの疑問に答えずに、ルーはフワッと地面に降り立つ。それから被っていたフードをスッとずり下げた。
輝くような銀髪をツインテールに結い上げた、青い瞳の少女の顔がそこに現れた。
「あ…あなた、ルリちゃん!?」
ハルカは目を白黒させて驚いた。
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ルリとの出会いは数日前の日曜日、ハルカがケータと共に訪れた水族館でのことだった。
一番大きな水槽の前でひとり佇む、自分と同い年くらいの少女の後ろ姿に、ハルカは何故だか強く惹き寄せられた。
「何見てるの?」
ハルカが声をかけると、銀髪の少女がゆっくりと振り向く。
「ジンベイザメ」
「私もジンベイザメ見にきたの!おっきいよね」
「…そうですね」
水槽の前で両手を一杯に広げるハルカの姿に、少女は「クスッ」と微笑んだ。
「キミ、名前は?」
ケータはハルカの横にしゃがみ込むと、優しい瞳で少女に話しかけた。
「ル…ルリ」
「ルリちゃんか、お父さんかお母さんは何処にいるの?」
ケータの言葉にルリは表情を曇らすと、ゆっくりと首を横に振る。
「え、ルリちゃん、ひとりで来たの?」
ハルカは「すごーい」と感心した声を出した。
「恩人がこういうのを好きでして、私も見ておこうと思ったんです」
「そうか…」
ケータは優しく微笑むと、ルリの頭にポンと手を乗せる。
「ルリちゃんが嫌じゃなかったら、ボクたちと一緒に回らないか?」
「え!?」
ルリはケータに、驚いた瞳を向けた。
「あ、それ賛成!ルリちゃん、一緒に回ろーよっ」
「ハルカもこう言ってるし、どうかな?」
「…お邪魔でないなら、よろしくお願いします」
そう言ってルリは、ペコリと頭を下げた。
その日、ハルカとルリは色々な話をした。
二人の秘密として、喋る白猫の友達がいるコトも楽しそうに話していた。
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「そんな…ルリちゃんが、ルー=リースだったなんて」
ハルカは蒼ざめた顔で、ボソリと呟いた。