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真理を発見した俺は、異世界ネットで騎士団の結成申し込みを受け付けているところを探して見つけると、申請に出かけることにした。
騎士団結成の申請をできる場所は意外と近所にあった。
俺のダンジョンから20分ほど歩くと、スーパーや定食屋さんが数店舗立ち並んでいる場所がある。この周辺の中心街だ。マレッサと呼ばれる街である。
規模的にやや寂しい感じもするが、他に行く場所もないのでそれなりに人は集まっている。イメージとしては、寂れた地方都市の中心街だ。
中心街の一角に、冒険者ギルドがあり、カウンターに騎士団ギルドの出張所も併設されている。
田舎でも、弱小騎士団はいるので、その対応窓口として設けられているそうだ。
俺は骨蔵さんと浮田を伴って、冒険者ギルドへ向かう。
骨蔵さんは法律関係の書類チェックと代筆のため、浮田は護衛だ。今のところ、我がアパート最強は、浮田である。頼りにならないが。
街を歩いていると、普通に人間ではない種族がいる。俺は、異世界に来たのだと、今さならがら実感する。
俺たちは冒険者ギルドへ入る。むわっとした熱気と昼間にも関わらず酒臭さが漂っている。ギルドには食堂が併設されており、昼間から酒を出しているからだ。
「あっ、アンタたちは!うぃ、おきゃげで、わらしは、ひろいめにあったのよっ、ぶきもぼろぼろになったひ、そうびのクーリニングだひも……」
グデグデに出来上がった女性が、俺たちを見つけて立ち上がる。
「あっ、女魔法剣士!残念だが俺は、君と付き合うことはできない」
俺も女性と付き合いたいが、流石に、昼間から酒浸りの方は遠慮したい。
「なに、きゃってにフってんのよ。アンタなんきゃ、好きでもにゃいの。それに、わらしのにゃまえは、おんねめほうけんしゅじゃくて、マニ子よ。おびょえておきなひゃい」
ぐでんぐでんに酔っ払っているが、マニ子という名前であることはわかった。
「僕らの屯所を襲うだけでなく、昼間から酒浸りだとこの不逞浪士めええええ!天誅ぅぅぅ!!」
先日、負けたのを根に持っていたのか、笑顔を浮かべた浮田は、マニ子に勝つチャンスだとばかりに斬りかかる。剣士としての誇りはどこにいった。
が、肩を掴まれる。
「なんです、局長。せっかくの好機を邪魔しないでいただき……」
浮田が振り返るとそこには、ギルド職員の屈強な男がいた。
「剣士のにいちゃん、冒険者ギルドで剣を抜くのはご法度なんだがなあ」
「あの、僕、局中法度しか知らなかったもので……」
連行されていった浮田を余所目に、俺はマニ子と話してみることにした。
アパートにやって来た時の彼女の、自信満々な姿とは全く違う。
「マニ子さん、いったいどうしたんです」
「しょれがね……」
話を聞いてみるが、いろいろとひどかった。
身の丈にあわないクエストを受け続け、失敗し、多額の違約金を払うと資金が底をついたらしい。偶然、できたてのダンジョン、つまりウチを見つけて、ダンジョンコアを売って一攫千金を狙ったが、二回とも失敗したというわけだ。
いつも一緒の、ゼンエーとオーノの二人は、今、街でバイトして日々の生活費を稼いでいる。毎日の食費と宿代を払うと、傷んだ装備を更新する余裕もないそうだ。
俺は、同情する気持ちと、ちょっとした打算が混じり合った言葉を告げる。
「ウチのアパートに住み込んではどうです?生活を立て直すまで、家賃も不要です。出て行きたくなければ、出ていっても構いません」
「そんなことしゅて、アンタに、にゃんのメリットがありゅっていうのよ?」
「僕のダンジョンも戦力不足でして、侵入者が来たら戦っていただけると……」
「せんりょくぶしゃくのダンジョンを落しぇなかった、あらしへの嫌味ぃ?」
よっぱらいはめんどくさいが、ここは我慢だ。
「マニ子さん、強いじゃないですか。ウチの弱小ダンジョンに来てくれたらエースですよ、エース。マニ子さんが必要なんです!」
「あたひが必要?」
ちょろさの波動を感じる。押せばいける。就活の面接では口は回らなかったが、ダンジョンコアの防衛は、自分の命がかかっているのだ。なんとか頼み込む。
それにマニ子は、実際そこそこに強い。今日、テレビに映っていたマーク君レベルには及ばないが、浮田を倒したことからして、平均以上の強さはあると思われる。
「そうです。マニ子さんがいないと、ウチのダンジョンだめなんです」
「わらひが、いないとダメ?わらひが必要にゃのね。分きゃったは。アパートに住み込んであげる!このわらひがね!」
バイトを終えて戻って来たオーノさんとゼンエーさんに、事情を説明すると、二人も賛成してくれた。あと数日すれば馬小屋で寝るしかない、金銭状況だったらしい。
屋根のあって、トイレや台所などの最低限のインフラが整っている場所に、無料で泊まれるとあって、二人はむしろ感謝すらしてくれた。
ゲーゲー吐いているマニ子の介抱を、オーノとゼンエーに任せると、俺は、カウンターの片隅に一ヶ所設けられた騎士団ギルドの窓口に並ぶ。ネットでは、出張所はいつもガラガラと書いてあってのに、いっぱい人がいた。
しばらく待っていると順番が来た。
「騎士団の開団申請をしたいのですが」
「こちらの書類に必要事項をご記入ください」
受付嬢も慣れているのか、セットになった書類を渡してくる。
俺はこの世界の文字にまだ慣れていない。現在、勉強中で書類の読み書きには自信がないため、文字の読み書きに慣れている骨蔵さんに代筆を頼む。
「大家さん、ほとんどの欄には必要事項を記入しましたが、騎士団名はどうします?原則、騎士団名の変更はできないそうですよ」
「ふふふっ、骨蔵さん。俺が考えた騎士団名を聞いてくれ、その名も『ささやき騎士団』だ。ささやきなんて、オシャレだろう」
お昼休みの間に、知恵を振り絞って考えた名前だ。俺は潜伏性中二病患者のため、突如、横文字を使いたがることがあるのだ。
「表記はどうしますか」
「the knights wimper を翻訳しておいてください。それを正式名称にします」
「えっ、本当にそれで構わないんですか?変更はできませんよ」
「構いません。最先端を行くセンスは、従来の基準からみると多少奇抜に感じるものです」
俺は、骨蔵さんに断言する。骨蔵さんが記入し終えた書類を受付嬢に渡す。
受付嬢は、なにか口を押さえて耐えていた。体調でも悪いのだろうか。
「はい、6番でお待ちの、まっ、まつげ騎士団。くっ、ふはは。……しっ、失礼しました。開団申請が済みましたので、カウンターまで証明書を取りに来てください」
騎士団ギルドから、アナウンスが流れると、食事をしている冒険者や、窓口の呼び出し待ちの騎士が、くすくすと笑う。
(それにしてもまつげ騎士団なんて、変な名前だ。俺だって、カッコつけたがお笑い路線にはしなかった)
失礼だとわかっているが、事務的なアナウンスにふざけた名前が混じっていることに、俺も少し笑ってしまう。
「6番は、僕たちですね。大家さん、カウンターに行きましょう」
「えっ?」
「だって、まつげ騎士団でしょ?wimperは、まつ毛、という意味じゃないですか」
「へっ?」
カウンターから書類をもらう。するとそこには、『まつげ騎士団』と間違いなく書かれている。
「スペルを間違えたあああああ!」
スーリッパ歴1582年、タンチョウ半島の片隅に、まつげ騎士団が結成された。