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「ちょちょちょっ、ちょっと浮田さん!なに普通に帰ろうとしてるんですか。さっきまでリベンジするぞ、ってやる気満々だったじゃないですか」
岸は慌てて、浮田に駆け寄り、肩を掴む。
岸では、前回のようなハッタリはもう通用しない。その上、岸と骨蔵は戦闘力0に近い。2対1であろうと、素人ではプロには勝てない。
「離してください、岸局長!ごほっ、ごほっ」
岸が肩を掴むや、浮田はワザとらしい大きな咳をする。
「やっぱり、仮病でしょう!浮田さん、ざーとらし過ぎます!このまま部屋に帰りでもしたら、時代劇は絶対に観せませんよ!」
浮田の顔色が変わる。ショックのあまりプルプルと身体を小刻み震わせている。さっきの仮病より、こちらの方がよほど重病らしく見える。
「そっ、そんな、さっきは一度でも戦えば、観せてくれるっていったじゃないですか、局長!時代劇を見せてくれないなんて殺生な!」
「全力で戦ってくれたら、勝敗に関係なく時代劇は観せます」
岸が生き延びていたらならという但し書きはつくが、時代劇を観せることを浮田に確約する。
「僕は戦います!この命尽きるとも!そう、忠義を誓った岸局長のために。うおおおおお!」
浮田はくるりと方向転換して、女魔法剣士へ再々度の突貫をする。先ほど、二回も叩きのめされたのを、覚えていないか全く同じ動きだ。
「俺のダンジョン、ロクな面子がいねえ……」
(どうしよう……ついつい、時代劇に釣られたけど。僕が勝てるビジョンが見えない)
浮田総司。本名、ウーキ・タソージ。
田舎貴族の剣術指南役を務めるタソージ家の三男坊だ。
剣術指南役を務める家柄ではあるが、所詮は田舎貴族に仕えている家である。家督を継ぐ長男以外は、することがない。
次男は長男のバックアップとして、実家に残っているが、三男の自分は無駄飯ぐらいだ。門下生の修行の手伝いをするぐらいしか、仕事もない。
無論、ウーキが、凄腕の剣の使い手であれば、武者修行に出て活躍するなり、他家の剣術指南役として雇われたりしたのだろう。
だが、ウーキは平凡な剣士であった。地元では有名な使い手である兄二人には、勝てた試しがない。
剣術指南役の家に生まれ、幼い頃から訓練を積んでいるため、普通の人間に遅れを取ることはない。常人の基準からすれば、強いレベルに入るだろう。
だが、化け物揃いの並み居る剣豪と比べれば、有象無象に過ぎなかった。
いわばアマチュアには負けないが、プロレベルで考えると、下から数えた方が早い。
そして、タソージ家は、そこそこ裕福なため、ウーキを急いで追い出す必要もなかった。
外界に出る実力はなく、家から飛び出す理由もない。そんな環境で、ウーキは無為な時を過ごしていた。
そんなある日、彼は新撰組を題材とする映画を観た。この世界は、時折、異世界から人がやってくるので、その異世界人が持ってきたものだろう。
「沖田総司……なんて、かっこいいのだ。僕もああなりたい」
ウーキが特に心惹かれたのは、血を吐きながらも、忠義を尽くし、戦い抜くシーン。……ではなく、美人に心配されながら戦うというシチュエーションであった。特に、膝枕とかをされているのは、血涙を流してしまうほどに羨ましかった。
次の日から、ウーキは変わった。
なけなしの小遣いで、新撰組仕様の羽織を購入する。愛剣を売り払い、カタナと呼ばれる大小の剣を買った。剣士が愛剣を売り払ったので、家族に心配された。
そして、ますます悪い?ことに、ウーキは雰囲気イケメンだった。新撰組のコスプレをして、病弱っぽく演技をすると、我ながら惚れ惚れするほどの沖田総司っぽさが出た。
だが、問題が一つある。
それは、看病してくれる美人がいないのだ。
「お医者さま、浮田様の病状は……」
「うむ、病状は悪化の一途をたどっている。絶対安静に」
「そんな!あの方を行かせてやってください!」
とか言って、寝ているウーキの横で、涙をこぼす美人がいつまでたってもやってこない。
どうしてだろうかと、頭を悩ますウーキであった。市中見回りと称して、ナンパをするが、全くモテない。官憲に不審者として追い回されすらした。
そんな時、時代劇見放題をウリにするダンジョンを異世界ネットで見つけた。
今の、自分には何らかの沖田総司要素が欠けているのかもしれない。新撰組モノの時代劇を観て、欠落を補完し、美人の相方とお付き合いしなければならないと、強い義務感に駆られたウーキは、迷わず岸のボロアパートに転がり込んだのだ。
しかし、現実は厳しく、目前の強敵に打ち負け、沖田総司プレイのメッキが剥げかかっている。
(うわっ。この女魔法剣士さん、兄二人より強いかもしれない。そんな相手に勝てっこないよ……)
浮田は、後ろをちらりと見るが、そこには浮田の勝利を確信して、目を輝かせている岸局長と骨蔵がいる、ように浮田は思ったが、それは都合のよい錯覚である。
実際は、こいつ大丈夫なのかと、二人は胡散臭げに浮田へ視線を向けていた。
「僕には応援してくれる人がいる!宿命的に僕と惹かれ合う愛刀と、天然無添加流の名にかけて負けるわけにはいけない!」
刀は、浮田の実家の近くにある武器屋で、ワゴンセールになっていた安物だ。
天然無添加流は、沖田総司っぽい響きなので、自分で名付けたオリジナル流派だ。実態は、実家のタソージ流剣術を刀用にしたマイナーチェンジである。
「天然無添加流!オーガニック突き!」
掛け声は立派だが、普通の突きである。だが、加速した分のエネルギーが加わっているので、それなりに威力はある。
女魔法剣士は、魔法をつかうことなく、剣技のみでこの突きを受け止めた。魔法と剣術の両方に取り組まなければならないにもかかわらず、剣技ですら浮田の上をゆく。
「お兄さん、確かにそれなりの訓練を受けているようだが、それだけだ。大したことはないね」
だが、浮田はバカだった。
目の前の相手が自分よりも格上という点では、彼のプライドはいっさい傷もつかない。
それよりも、重要事項は、女魔法剣士が浮田的に結構好みの部類に入ることであった。
「僕と女魔法剣士さん、ああ、僕たち二人は戦う宿命なのですね!こんなにも魂では愛し合っているというのに!」
鍔迫り合いで押されているにも関わらず、浮田は言い寄る。
「あなたと僕とは、戦わなくてもよいはずです。あなたはまるで百合の花のように、儚く美しい人……」
「うげっ、いきなり初対面のアタシに言い寄ってくるとか正気かよ」
「ならば、互いの剣技をぶつけ合いましょう。剣士どうし、剣で語り合うことで僕たちが本当に惹かれ合っていることがわかるはずです。魔法なんて使わないでください。そうしなくとも、語り合えます」
「こいつ、人の話を聞いていない……自分に都合のよい話だけするね。それにさっき二回も剣技をぶつけて、こっちが完勝した気がするけど。だが、剣術だけで勝負ってのは、乗った!最近、ちょうどよい相手がいなくてね、訓練不足だと思ってたのよ」
その間にも、鍔迫り合いは浮田が押し込まれる。
浮田、絶対絶命。だが、彼の顔には絶望の色はない。
「ふはは、アタシの勝ちだね。死ぬ前に最後、何かいうことはあるかい?」
浮田は、顔をきりっとさせて、ハスキーボイスで答える。
「好きだ!付き合ってくれ!もう戦いなんてやめよう!二人で一緒に暮らすんだ」
ウブな少女なら惚れてしまいかねないイケメンの動作だ。
「ふふふ、残念だったね。アタシが恋人になるなら、タンチョウ半島の最強の雷王様くらいさ!」
浮田は振られた。
浮田は一瞬なにが起きたのかわからなかった。浮田は、考える。そして、自分が振られたのだと理解した瞬間、世界が終わった如き感情が湧き出てくる。
天地が逆転し、りんごは空へと落下していく。魚が空を飛び、雲が海を潜る。
浮田の頰が紅く染まる。全身の血液が逆流しはじめたのではないかと勘違いしてしまいそうだ。そんな気がするだけで、実際には、浮田の血液は、健康診断でも問題なしと判定される健康体である。
「僕がフラれた……?この天才剣士であり、世界一のイケメンである僕が?」
「そうだよ。アンタはフラれたんだよ。それに、確かにイケメンだけど、剣の腕と同じでそれなり程度だよ、アンタ。もう少し、謙虚になった方が……まあ、これから死ぬから関係ないね!」
女魔法剣士が、鍔迫り合いをやめ、剣を振り下ろす。浮田は防御が間に合わない。
「うっ、持病が!」
浮田は、餌を蓄えるハムスター如く、ほおに溜めていた血のりを吐き出す。
「きゃっ!あっ、アンタ、剣術しか使わないって、自分から約束したじゃないか!」
血のりが、顔にべったりとつき、女魔法剣士は視覚を奪われる。振り下ろした剣も狙いを外してしまった。
「武士の嘘は、武略です!天下泰平のために死になさい!」
「天下のためとかじゃなく、絶対、フラれた私怨じゃない!」
浮田は鬼気迫る勢いで、刀を振るう。
さすがに、視覚を制限された状態では、不利だ。
「おっ、覚えてなさい!次こそは絶対に勝ってやるんだから」
襲撃2回目にもかかわらず、誰にも名前を覚えられていないかわいそうな女魔法剣士は去っていった。
こうして、再び平和は守られたのだ。
頑張れ、パチモノ沖田総司!劣化版の君に、岸と骨蔵の安全はかかっているぞ!