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 それから十数日、俺は平凡な毎日を過ごしていた。新しい入居者がすぐに入れるようアパートの掃除をしつつ、裏庭に食料自給用の畑をつくる。

 ときおり、侵入者に備えて筋トレをする。

 お金も、アパート補強のための資材も何もないので、できるのはそのくらいだ。

「こないなあ、入居希望者」

「異世界ネットに上げたんですから、きっと来ますよ」

「いや、あれじゃ時代劇同好会みたいになってたぞ」

「いや、大家さん、あれでいいんです。他のあまたのダンジョンでも、住民や配下を募集しています。少しでも優秀な人材を集めるためにも、うちにしかない特色をアピールする必要があります」

「確かにそうなんだが、骨蔵さんが、時代劇仲間が欲しいのもあるよね」

「ぎくっ、そっ、そんなことはありません。そもそも僕は浪人生ですよ。勉強に忙しいので、趣味にかける時間はありません。ああっ、それよりも、大家さん!誰か来ました。入居希望者かもしれません」

 ゆらりゆらりと歩いてくる、細身の男性。水色に白のラインが入った羽織を着て、腰に大小を帯びている。

 髪型はちょんまげではなく、黒髪の長髪をたなびかせ、まるでイケメン俳優が演じる凄腕剣士の如き印象を与える。

「……ここの下宿は、住民を募集していると聞いたのだが」

 玄関から入ってきた男は、俺と骨蔵さんを一瞥して、用件を告げると、どさりと腰を下ろす。その隙のない眼光、ただ者ではない。

 だが、鋭いオーラとは裏腹に、男はゆったりと歩いただけなのに、息は荒く、疲れている様子だ。

「体調が悪いのですか」

「……はい。不治の病に犯されておりまして、余命はいくばくもなく……うっ!」

 男がごほごほと口を手で押さえて咳をすると、手に血が付いている。

「大丈夫ですか!」

「だんだんと病状もひどくなっておりましてな。最後には、畳の上でなく戦って死にたいと思っております。そんな時に、こちらの広告を見まして……」

「時代劇の広告しかしてないのですけど」

「それでも、あの広告には、何か私の心を打つものがあったのです!私のような天才剣士を求めているという、そんな予感が!申し遅れました。私は、浮田総司です。よろしくお願いします」

 浮田と名乗る剣士は、俺に入居させてくれと頼み込む。

「天才剣士を自称するのか……」

「大家さん、いいじゃないですか。彼は戦闘員ですよ、しかも天才剣士だそうじゃないですか!」

 俺は突然の申し出に一瞬悩むが、戦闘員が欲しかったこともあり、受け入れることにする。

「分かりました。一階の3畳半の部屋はどうでしょうか」

「ありがとうございます。この浮田総司、岸局長に忠義を尽くします!」

「それで家賃の件なんですが……」

「うっ、持病がっ」

 俺が家賃の話を切り出したとたん、浮田は苦しみ始める。血を吐き始めたので、家賃の話をするわけにもいかず、とりあえず、浮田が入居することだけは決まった。

(この人、大丈夫かな……まあ、天才剣士らしいし、戦力にはなるよな?)



 それから数日、浮田は普通に元気だ。暇な時には、骨蔵さんとキャッチボールをしている。

グローブとボールは、管理人室に置かれていたスポーツ用品の段ボールのなかに入っていたものだ。骨蔵と岸のメイン武装である金属バットもここに入っていた。

 そんな日々が続いたある日の午後、アラーム音が鳴り響く。アパートへの侵入者だ。

 玄関を開けてわらわらと入ってきたのは、武装した冒険者たちだ。その後ろには、以前、侵入してきた女魔法剣士をリーダーとする3人組がいた。

「ふははは!今日こそはこのダンジョンもおしまいだね。冒険者ギルドで助っ人を集めてきたのさ!」

 女魔法剣士が全体の指揮を執っているようだ。

「岸局長、ここは私の出番のようですな」

 部屋から出てきた浮田は、刀をゆらりと構える。一見、隙だらけだが、実は全く隙のない構えというパターンだ。

「くっ、剣士がなんだっての。こちらは大枚はたいて、これだけの冒険者を雇ったんだ。お前たち、やっちまいな!」

「けけっ、言われなくてもわかってますよ、魔法剣士の姉貴。こんな優男、一瞬でその顔を切り刻んでやる」

「ひひっ、すぐに死んでくれるなよ、にいちゃん。楽しみが減っちゃうからなあ〜」

 女魔法剣士が命ずると、冒険者たちは、浮田に襲いかかる。流石に戦闘を生業にしているだけあって、手慣れている。

 すぐに襲いかかるのかと思えば、弓矢で遠距離攻撃だ。

「岸局長と骨蔵さんは、下がっていてください」

 浮田はにこりと笑い、刀を数度振ると、弓矢は全て弾き飛ばされた。

(ふふっ、私の名剣士ぶりをみましたか、お二人)

「あっ、危な。弾いた矢がこっちに飛んできてる!」

「大家さん、すみませんが、頭蓋骨に刺さった矢を抜いていただけませんか」

 浮田が後ろをちらりと見ると、ジトーッと不審な視線を向ける二人がいる。

 浮田は、自分だけが助かろうとしたかたちになってしまった。

(くっ、ここで岸局長にアピールしておかねば。追い出されてしまう!)

「うおおおおお」

 浮田は、冒険者たちの集団に突進する。

「矢を落としたくらいで、俺たちをなめるんじゃねえ!」

 冒険者の集団も負けじと剣や槍を構える。

「この剣筋をごろうじろ!」

 浮田は突き出された槍を躱して斬る。振り下ろされた剣を受け流して、斬る。斬る。斬る。

「天然無添加流随一の使い手、この浮田総司に敵うと思ったか!」

 浮田の周りには、斬り伏せられた冒険者たちが、倒れている。その数、十数人。

「くっ、しかし、浮田とやら、アンタも疲れているはず。行きな!オーノとゼンエー」

 女魔法剣士のパーティーメンバーである二人が、浮田に突撃する。

「ふっ、見苦しい」

 二人が襲いかかる瞬間、浮田はわずかに刀を動かすと、二人は倒れこんだ。

「「おおっ」」

 これには岸と骨蔵も、やんやと喝采を浴びせる。見事な名人芸だ。

「むう。オーノとゼンエーもやられてしまった。ならばアタシが出るしかないようだね」

 女魔法剣士は、そう言って剣を抜く。

 前回、鞘を投げ捨てた際に、いいがかりをつけられたのを気にしているのか、きちんと専用の鞘を腰に差したままだ。

 意外と、からかわれたのを根に持っている。

「いくよっ」

 女魔法剣士が剣を構えて飛びかかる。

「ふっ。力量差を見抜けぬとは、愚かな」

 対する浮田は、不敵に笑い、迎え撃つ。

 二人の剣が交差する。

 金属音の後に、一本の武器が飛ばされ、床をからんからんと転がっていく。

 飛ばされたのは、浮田の刀だ。

「ふっ、力量差を見抜けないだって?笑わせるね。さあ、刀を拾いな!第二ラウンドといこうじゃないか」 

 浮田は、女魔法剣士を見て、ため息をつく。そして、刀のところまでゆっくり歩き、刀を拾う。

 そして、女魔法剣士に向けて、告げる。

「今日は、身体の調子が悪いので失礼する」

「「「へっ」」」

 悠然と廊下を歩いて、自分の部屋へ浮田は戻ろうとする。

「ちょちょちょっ、ちょっと待ってよ、浮田さん!」

「局長、あなたは僕にこれ以上、戦えというのですか!不治の病に冒されボロボロになった僕に!」

「いや、浮田さん、あなた最近、毎日、骨蔵さんとキャッチボールしてたじゃない。それにキャッチボールが終わると、市中見回りとか言って、スーパーの試食コーナーに行ってるでしょ!」

「ぐっ、なぜそれを!」

 岸としては、こんな気分屋に命を預けたくないが、女魔法剣士と正面から戦えるのは、浮田だけだ。

「後で時代劇見せてあげるから、頑張ってよ。俺も骨蔵さんも戦闘できないから、浮田さんしかいないんだよ」

「……僕しかいない?か弱い者を守るために戦う。これは剣豪ポイント高い」

 浮田の琴線に触れたらしい、布団にくるまって泣きそうな顔から、急に劇画タッチの凛々しい顔に変わる。

 びっくりするのでやめてほしい。

「そうだよ。それに格上の強敵に立ち向かうのも、剣豪あるあるだよ!」

「ううっ!僕は岸局長のおかげで、侍がなんたるかを、思い出しました!僕の、精一杯の忠義を受け取ってください!」

 今の状況で、敵に立ち向かうのが、剣豪っぽいと、適当なことを言って、時代劇をほとんどみたこともない岸であるが、浮田をどんどんその気にさせる。

「いくぞおおおおおお」

「覚悟を決めた目だねっ!おもしろい」

 再び両者の刃がぶつかる。

 そして、飛んで行ったのは、またもや浮田の刀だった。

 浮田は、床を回転しながら転がっていく刀を見ると、女魔法剣士へ向き直る。

「うっ、持病の調子が。これにて失礼します」


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