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翌日、俺と骨蔵さんは、昨日の戦闘で破壊された箇所を修理していた。ボロアパートなので、壊すのも簡単、直すのも簡単なのだ。
「それにしても俺が、ダンジョンマスターになってるとか、堪忍して欲しいよ」
俺は、壁にあいた穴を板で防ぎながら、呟く。
「くっころダンジョン経営論によると、ダンマス撃破の際に出現する素材や、ダンジョン踏破者の称号は魅力的らしいので、弱小ダンジョンは狙われやすいらしいですよ」
「骨蔵さん、絶対参考書変えたほうがいいよ。くっころダンジョンなんて試験に出ないでしょ。でも、弱小ダンジョンが、あの冒険者たちに狙われやすいのは、事実だろうね」
今のダンジョンは、戦闘力0に限りなく近い。
戦闘員は素人二人に、ダンジョンはただのボロアパートだ。
前回は運良く撃退できたが、もっとプロフェッショナルっぽい冒険者が来たらひとたまりもないだろう。
「そもそも、ダンジョン側の敗北条件って何だ?」
「ダンマスの死亡またはダンジョンコアが破壊されることです。このアパートがダンジョンならば、どこかにダンジョンコアがあるはずです」
この大正からのボロアパートに、ダンジョンコアなんていうファンタジー要素が隠されていたのか。と、岸はちょっとわくわくする。
「管理人室にあるかもしれない。探してみよう!」
岸と骨蔵は、管理人室の整理をする。長年放置されてきただけあって、部屋中に荷物が山積みされ、寝るスペースだけが確保されている状態だ。
二人は、今後の生活に使えるものがないかどうか探しつつ、ダンジョンコアを捜索する。
「一日中、探したけどダンジョンコアなんてなかったな」
「でも、ビデオがいっぱいありましたよ。これなんて見てください!『劇場版暴れ旗本シリーズ、天下御免!アトランティス大陸に470士、討ち入りす〜吉良帝国の野望〜』です。暴れ旗本シリーズは、権利関係が複雑で、再販されてない激レア、傑作映画です」
「なんて、B級……時代劇やら古いアニメ、ドラマといろんなのがあるな。おそらく親父がレンタルビデオ屋をやってた時のものだろう」
骨蔵さんは、ビデオデッキを引っ張り出して、映画を観る気まんまんだ。
「そもそも、異世界に電気がないんじゃ、ビデオデッキは動かせないんじゃ」
「大家さん、見てください。あのパソコン、電源ランプが点灯してます。きっとどこかに電気があるはずです!」
骨蔵が指差したその先には、古いデスクトップパソコンがある。画面と本体が一体になったタイプだ。確かに、電源のランプが、黄色に光っている。
「でも、これ電源ケーブルなんてないぞ。古いパソコンのバッテリーが20年も持つわけがないし、どういうこと?」
俺は、とりあえず電源スイッチを入れてみる。
ピピピと古いパソコン特有の起動音が鳴り、中で何らかの部品の動作音が聞こえる。
しばし待つと黒い画面に、文字が映る。
【ようこそ ダンジョンマスター様】
解析度の低い文字で、表示される。
俺はおそるおそるクリックして、次の画面に移る。
【ダンマスPC〜ダンジョンコアを添えて〜】
「料理かよ。それにこんな旧式PCがダンジョンコアだって?」
俺は、パソコンの裏蓋を開けて内部を見てみる。
そこには黒い球体が入っており。なんか頑張って動いていた。
俺は、深く考えるのをやめ、裏蓋をそっと閉じる。
ここは地球では無いのだ。こういうパソコンもある。
「これがダンジョンコアのようですね。確か、僕がこの世界に転移したころには、このパソコンは最新型だったはずです」
骨蔵さんは懐かしそうにパソコンを眺める。20年前のパソコンがベースらしい。それをダンジョンマスター仕様に魔改造しているわけか。親父はいったい、何を考えていたのだ。
「ダンジョンはボロボロの木造建築。コアは、旧式パソコン。そして、万年浪人生スケルトンと素人ダンジョンマスターしかいない。とほほ、俺たちどうなっちゃうの……」
ともかくだ。冒険者を防ぐには、人手が必要だ。なんか金持ちダンジョンマスターは、ゴーレムを買ってきたりするらしいけど、こちらは文無し。骨蔵さんの、豚型貯金箱を割って出てきた5,000リッパが唯一の財産。ちなみに、1リッパは1円換算だ。
とりあえず、アパートの住民を募集したい。戦える人なら戦力になるし、戦えない人でも、家賃を払ってくれるならそれで十分だ。
「骨蔵さん、家賃のほうは……」
「勘弁してください。立派な魔導士になれた際の出世払いというのはどうでしょう?戦闘でも、雑用でもなんでもします。お金がないんです!」
骨蔵さんは、俺に向けてダイナミック土下座を敢行する。
確かに、ここ数日、この世界を知る上でも、戦闘でもお世話になった。
「毎月、魔力をちょっとだけお渡ししますから。どうせ二次試験の実技に進まない限りは、魔力なんてヨーグルトづくりにしか使いませんので」
「魔力?」
魔法を使っている人がいるのだから、当然、魔力も存在するのか。でも、魔力をつかってもなあ。
「魔導士試験対策テキスト:低魔力の君も魔法でパンチラできる!基礎から分かる魔力学概論によると、魔力はあらゆるエネルギーに流用できます。電力の代わりにもなります。これでビデオが見れます!」
ちょっと、骨蔵さんは本音を漏らしてしまったが、これは俺にとっても悪い話ではない。電気を使えると、いろいろと便利だ。
骨蔵さんは、追い出されるのを恐れていたのか、それとも暴れ旗本シリーズをよっぽど観たいのか、俺に有無を言わさず、あっという間に自らの体内から魔力を取り出すと、パソコンの裏蓋をあけてダンジョンコアに突っ込む。ダンジョンコアは魔力を吸収していった。バッテリー代りにも使えるらしい。
【魔力の充填を確認。省エネルギーモード解除します】
【魔力回復により、i-sekaiネットへの接続を再開します】
パソコンの動作が急に軽くなった。パソコンの方も、長らく魔力の補給がなされず、低エネルギーモードになっていたらしい。
「うわっ、異世界でインターネットかよ」
好奇心から、俺はさっそく異世界ネットにアクセスする。現代日本でネットサーフィンするのとほとんど同じだ。ただ、サイトが圧倒的に少ない。こちらではインターネットはそこまで普及していないのかもしれない。
「大家さん、僕は暴れ旗本シリーズ観てますね」
骨蔵さんは、荷物から見つけたテレビとビデオデッキの電源コードをダンジョンコアに接続する。そしたら、テレビもビデオデッキも動き始めた。
異世界の魔力、都合良すぎと思わないでもないが、損したわけではないので素直に喜んでおこう。
「なになに、ここの求人サイトで、ダンジョンの住人募集もできるのか」
俺は、とりあえず求人サイトで募集することに決めた。このままでは弱小ダンジョン狙いの冒険者が来る以上、なんらかの戦力補給が必要である。
「ふう、やっとできた。これで文章をアップロードしてみよう」
【アットホームなダンジョンです
お金がない方は、身体(魔力)での支払いも可能!
即日、入居OK!
戦闘経験不問、実力次第では幹部に!
ハートフルな仲間が君を待っています!】
俺が文章を書き上げると同じタイミングで、時代劇を観終えた骨蔵さんが画面を覗き込む。
「大家さん。この文章は、いけません!ヤバい香りがプンプンします。大体、表現が怪しすぎます。確かに魔力は身体から取り出しますが、何ですか、身体で支払い可能って、誤解させるつもり満々ですか!全体的にざーとらし過ぎます」
「ええっ、名文だと思うんだけど」
「眼球腐ってるんですか!眼球がないスケルトンの僕以下ですよ。ここは毎年、試験申し込み書とともに、自己PR文書を提出している僕に任せてください」
【時代劇、見放題!
毎月、定額料金で有名作品から、あのマイナー作品まで!
詳しくは、ご連絡下さい!】
「趣旨が違ってるじゃん‥‥」
「これでいいんです、大家さん。時代劇好きがきっとやってきてくれます」
骨蔵さんのゴリ押しで、この文章でアップロードした。