4 ヨーグルトと巌流島
俺と骨蔵さんは猛ダッシュで、階段を登り三階の管理人室に逃げ込む。
家具等をドア前に並べ、簡易バリケードをつくる。
「大家さん、侵入者たち足音が近づいています」
「骨蔵さん、魔導士浪人なんだろ?何か魔法とかは使えないんですか?」
「スケルトンですので、入門レベルの腐敗魔法は使えます」
「効果は?」
「ちょっと腐敗が進みます。いつもヨーグルトづくりに使ってます」
うーん。向こうはプロの戦闘集団。こちらは、浪人生のヨーグルトづくり魔法で対抗しなくちゃいけないのか。無理だな。
「くっ、こんなことなら一次の座学だけでなく、二次の魔法実技対策もしておくのでした!」
何年も魔導士試験を受験しているようだが、骨蔵さんの成績は聞かないことにしよう。
骨蔵さんは、やりきれないという様子で、壁を殴った。ボロアパートなので、穴が開く。管理人としては、やめて欲しい。
そして、ふと思う。ここは大正時代に建てられたボロアパートなのだと。
「骨蔵さん、腐敗魔法を全力で、管理人室のドア前廊下にかけてください」
「えっ、どうしたんですか」
「いいからはやく」
岸の説得に応じて、よく分からぬまま骨蔵は入門級腐敗魔法をかける。
「観念して開けるんだな。今なら、一思いに倒してやる」
ドンドンと、ドアを叩く音がする。屈強な男二人の前では、そうもたないだろう。
ところが、しばらくして、ドアを叩く音が止んだ。
俺と骨蔵さんは、おそるおそるドアを開ける。
「骨蔵さん、やりました!作戦大成功です!」
そこには、腐った床を突き破って、みぞおち周辺まで身体が沈み込み、身動きの取れなくなった二人がいた。
「ふふふ、骨蔵さん。やることは分かってますね」
「もちろんですとも、大家さん」
管理人室から金属バットを見つけた二人は、動けなくなった二人をバッドで叩きのめす。
「ふっふごっ、ぐはっ……卑怯だぞ、ダンマス!正面から戦え!」
「卑怯上等!そもそもお前らが、いきなり襲いかかってきたんじゃああああ」
俺は、先程までの意趣返しと高笑いしながら、身動きの取れない二人を金属バットで叩く。
「大家さん、騎士団長より、ダンマスの方が向いてますね」
骨蔵さんは、その光景を見ながらしみじみと呟く。
二人を叩きのめし、装備品を剥ぎ取った時だった。
「ウインド!」
女性の声が聞こえたかと思うと、骨蔵さんが突風で飛ばされる。
「なっ、わっわわあああ」
壁に激突して、バラバラになった。しばらく戦線復帰は無理だ。しかも、壁に穴が空いたので、ダブルショック。
そこにいたのは、魔法使いだ。
「ボス部屋にあがるまでに、物色したけど、何にもいいもの置いて無いじゃない!」
魔術師は、なぜか怒っている。人のアパートを勝手に物色してその言い草はないだろう。
「あなた、もうちょっとダンマスとしての自覚を持って、アイテム配置してよね。って、二人やられてるし。完全な雑魚って、わけでもなさそうね」
魔術師から油断の色が消える。
非常にまずい、きっと今まで、いろんな修羅場を体験しているはずだ。一般人の自分では、逆立ちしたって勝てない。
考えろ、頭を使うんだ。
「へえっ、捕まった二人を真後ろになるようにしてるね。魔法が使えないようにってねらいかい?」
魔術師は感心している。
俺のは何の考えもなく、真後ろに倒した二人を縛り上げておいていただけだが、敵である魔術師は勝手に勘違いしてくれた。
そして、魔術師は広角を上げて笑う。
「残念だったね。私は、魔法剣士なんだよ。むしろ剣が本職なのよ」
魔術師あらため、魔法剣士は、剣を抜き、鞘を投げ捨てる。そして、空いた部分にワンドをしまう。戦闘スタイルのチェンジだ。
俺は、ひらめいた。
ここは偉人のお力を拝借するしかないと。
「小次郎、破れたり!」
「えっ、私、小次郎って人じゃないんだけど……」
俺は、女魔法剣士のつっこみなど気にせず話を続ける。
「戦いに勝つというつもりならば、鞘を投げ捨てたりはしないはず。お前は既に、深層心理で負けを認めているのだ!」
俺は、自分が大剣豪になったと言い聞かせる。一説によると、巌流島の戦いでの武蔵は、棍棒を武器にしていたらしい。金属バットを装備している自分も同じだ。
「妙に、説得力がある!!!っく、こうも自信あり気に言われると……それに二人を倒したのは事実だし……」
「今宵の金属バットは、血を求めている」
別に、今は夜でもないし、金属バッドが血を求めるわけがないのだが、俺は渋い声で告げる。横に構えたバットをべろりとひと舐めした。デフォルト状態で鉄臭い、これ以上、血なんて鉄臭いものは、絶対不要だ。
「今ならば、二人を解放して、見逃してやる」
俺の心臓はばくばく。
見逃すも何も、一度でも剣を交えたなら死亡確定だ。
しばらくの緊張の末、魔法剣士が口を開いた。
「くっ、覚えてなさい!いずれ、あなたのダンジョンコアを破壊するのは私だと!」
女魔法剣士は、大男二人を抱えて撤退した。身体強化でもしていたのだろうか、自分の背丈の倍以上ある男二人を余裕で担いて帰っていった。
「名前すら知らないし、忘れそうだな。というか、既に忘れてた」
こうして、初めてのダンジョン防衛(不審者撃退)は終了した。