3 騎士団長2日目
翌朝、岸弾正の騎士団長生活二日目だ。
起きると、目の前に骸骨がいる。昨日、吹っ飛ばされて割れたところは、接着剤でくっつけているらしい。ちょっと、接着剤特有の匂いがする。
異世界というのは、朝起きたら骸骨がいるのが、普通なのか?
予想を超えすぎて、逆に俺は冷静になる。
「おはようございます」
「おはようございます」
互いにあいさつをして、沈黙が続く。骸骨が、どうやってしゃべっているのかは気にしない。だって、ここは異世界なんだから。
「昨日の骸骨さんでしょうか?」
「はっ、はい。留野骨蔵と申します。大家さんでしょうか?長年にわたる、家賃滞納申し訳ありません!」
骨蔵と名乗るスケルトンは、俺に向かって頭を下げる。
「まあ、大家と言えば、大家かな」
正確には、騎士団長であるが、この家屋の管理者には間違い無いので、とりあえず大家ということにしておく。
「骨蔵さんはどうしてここに?」
骨蔵さんはゆっくりと理由を語り出した。
元は、日本で大学受験の浪人生をしていたこと。引っ越すアテもないので、アパートの退去命令を無視して居座っていたら、突然、異世界に転移していたこと。
今は、異世界の生活に切り替えて、魔導士試験の勉強をしているとのこと。魔導士試験は、年に一度あるのだが、毎年落ちているそうだ。今年こそは受かりたいらしい。
いきなり異世界に放り出された俺にとっては、少しでも情報は欲しい。骨蔵さんの情報は、おそらくこの世界の住民にとっては、常識に近いことなのだろうが、それでも役に立った。
この世界は、中世ヨーロッパ風世界をベースになんでもありの世界らしい。
この世界の住民は、この世界をスーリッパと称している。
あとは、近所のスーパーやおいしい定食屋さん、ゴミ捨ての曜日も教えてもらった。
「そういえば、骨蔵さん。申し上げにくいのだけど、家賃のことなんだけど……なに?このアラーム音」
階下からジリリリと甲高い音が鳴り響く。
家賃のことを切り出されて、ドキッとしたふうの骨蔵は、話が切り替わって、ほっとしている。忘れないように、後でしっかり家賃のことを話そう。
「ガス警報器でもなってるんじゃないですか?僕、20年いますけど、この警告音なんて一度も聞いたことないですよ。音の方向からして、一階で鳴っているようですね」
スケルトンに聴力があるのか疑問だが、そこは異世界。気にしてはならない。
俺と骨蔵さんは、不思議に思い一階へと降りる。古いアパートなので、木製の階段が、一段降りるごとに軋む。
「ふっ、不法侵入者だああああ!」
「剣と弓を持ってますよ、大家さん!」
俺と骨蔵さんは、腰が抜けて、後ろに倒れこんだ。
玄関には、鎧を着て剣を刺した大男。ワンドをもった女性。それに斧を持ったマッチョマン。日本人サイズの玄関なので、かがんで入ってきた。
いわゆるパーティーというやつだろうか。
宴会の方ではなく、冒険とかしてそうな人たちのグループだ。
「ちっ、しけたダンジョンだな。変な形状だから、期待したのに出てきたのは、スケルトンと優男一人か?」
「そうね、私の探知魔法でも、確認できる生命体は二つ。あのスケルトンと、横のお兄さんはダンジョンマスターらしいわ」
魔法使いの女性が、俺と骨蔵さんを、興ざめという様子で、軽蔑する。
年上のお姉さんからの見下す視線に、俺としてはちょっと、ぐっとくるものがあったが、それどころではない。先ほどの単語に不穏な単語が混じっている。
「俺が、ダンジョンマスター?ダンジョンマスターって、映画とかに出てくるダンジョンの持ち主?悪い人?俺は騎士団長であって、ダンジョンマスターなどではない!」
岸は、自分は悪人では無いと告げるが、女魔法使いの反応は冷たい。
「ふん、命惜しさに、嘘をついたのね。私の魔法による分析結果だと、お兄さんは、ダンジョンマスターと示されたわよ?」
「えっ、さいですか。ちょっと、お待ちを」
上着に入れっぱなしにしていた親父からの手紙を読み直す。
「やっぱり、ダンジョンマスターなんて書いてない。騎士団長に任命するとしか……」
「大家さん、一緒に入っている羊皮紙を読んでみてください。この世界では、正式な契約は羊皮紙で行われると、魔導士試験テキスト:服を溶かす系スライムでもわかる!ナーロッパ民法に書いてありました」
「流石、骨蔵さん。魔導士浪人生だけあって、伊達に勉強していない。なになに……あの、くそ親父!俺を、ダンジョンマスターで契約してんじゃねえかああああ!」
羊皮紙には、俺をこのアパートのダンジョンマスターとして、契約すると書かれてある。
「魔導士試験テキスト:オークもできる、くっころダンジョン経営論によると、『ダンジョンマスターは、ダンジョンの管理者である。ダンジョンコアを破壊されると死にます』と書かれています!」
骨蔵さんの参考書選びには、絶対問題があるが、今は気にしている時では無い。
「俺、ダンジョンコアを破壊されると死ぬの?」
岸が呆然としていると、戦士の格好をした大男が笑う。
「今更なにを言ってるんだ?俺たちは、ダンジョンコアを破壊して手に入る素材をもらいにきたんだぜ?ダンマス含めて、二体しかいない超弱小ダンジョンだとは思わなかったけどな。やっちまえ、オーノ」
オーノと呼ばれた斧使いが、後衛から前に出て来ると、振りかぶって投擲用の斧を投げる。安直な名前だ。
「「ひっ」」
回転しながら斧が、俺と骨蔵さんの顔近くを通っていった。かすった岸の髪の毛が、切られてぱらぱらと落ちる。
安直な名前とバカにして、ごめんささい。命だけはお助けを……
後ろを見ると、斧が壁に刺さっている。それもちょっと刺さっているという具合ではなく、何センチも深く刺さっている。命中していれば、大怪我は間違いないだろう。
「強過ぎる。逃げましょう、骨蔵さん!」
「はいっ」