1 岸弾正って、騎士団長に似ているよね
俺の名前は岸弾正。騎士団長ではない。オークやゴブリンと戦ったりはしないのだ。
バブルの頃、俺の父がド田舎に持っていた畑にリゾート地を建てる計画ができたらしい。
父は畑を売って、超がつくレベルの大金持ちになった。突如大金を手にし舞い上がってしまった父は、その時に、訳の分からぬものを大量に買ったらしい。
そして、話は現代に戻る。
「団長、お前、就職先見つからなかったって」
「このクソ親父、団長じゃない、弾正だ。息子に名前を自分でつけておいて間違うんじゃない!」
俺は、大学4年の就活に失敗し、途方にくれていた。
どこか一社くらい見つかるだろうと思ったが、まともな会社には、どこにもひっかからなかった。
そして、学費を出してもらっている、実家に報告しに来た訳だ。
父は、俺が就職先が見つからなかったことに、大爆笑している。
「わりい、わりい。弾正。それでだ。どれから先は、どうするんだ?」
「仕方がないし、大学院にでも行こうと思う」
「もう金がない。行くなら自分の金で行け!」
父はきっぱりそう告げる。
「親父は、先祖代々の土地を売って、大金持ちだろ!学費ぐらい」
「このメンタル、ガルウイング野郎が!親の金で、スーパーカーでも乗り回すつもりか?そもそもウチには金が、ナイチンゲールだよーん」
そう言って、父は裸踊りを始める。アルチンゲールを近づけるのはやめろ。
「金がないなんて、そんなバカな」
「バカもバナナもない。父さんはな、土地を売って手に入れたお金のほとんどは、お前が生まれた時の、団長計画に注ぎ込んだ」
「激さむギャグはやめてくれ。あと、団長計画?何か組織でもつくったのか?」
「そうだ。お前に岸弾正と名付けたのと掛けて、洒落で騎士団をつくった。異世界の土地を買って、建物を転移させたはずだ」
「詐欺じゃないのか、それ……」
俺は胡乱げに、父を見つめるが動じる様子もなく話を続ける。
「当時は、金なら腐る程あったからな。もう存在を忘れてかけていたが、就職先も決まらないなら、丁度いい。我が息子、岸弾正よ!お前に騎士団をやる。おまえの夢だった騎士団長にもなれるし、就職もできるし、一石二鳥だ!」
父はこれは名案だとばかりに手を打つ。
「俺はもう22歳だぞ。騎士団長になるなんていう中二病は卒業したんだ。大昔に言っていた、恥ずかしいことを思い出させないでくれ」
名前に影響されて、騎士団長を目指してた時期もあったが、それは思春期で終わりだ。現代日本に、騎士団なんて存在しない。
それに誰が職歴に騎士団に入ってしまっていたと書けるものか。
『岸さん、前職は騎士団長をされていたとか……?』
『はい!王国の平和を守るべく、陛下の剣となり、盾となり、モンスターを狩っていました』
なんて誰が言えるか。
俺がそんな想像を膨らませている間にも、父は押し入れをごそごそと探り、表面に白いカビが張った汚らしい羊皮紙を見つけ出すと、聞いたこともない言語の呪文を唱える。
「オンバララソソカサワサワチョイチョテンパイドライチイーペーコー」
「訳の分からないことを……親父こそ、その年になっていまさら中二病か?ああっ、足元に魔法陣が!」
俺の足が、魔法陣に沈んでいく。ぬかるんだ泥に足を突っ込んだ時のような感触で、抜けない。
首の近くまで、身体が沈んだ。
首から上だけが魔法陣から出ている、俺を見て、親父が一言。
「平将門さん?」
「くだらねえこといってんじゃねえ!」
それを最後に、頭も魔法陣へと沈んでいった。
後に、スーリッパの悲劇と呼ばれる日である。