第二章 〈1〉 双子
10を過ぎた頃、ルウアは、同じ年の功の中で自分が一番元気なことを知っていた。
何をするのも、一番にこなし、村にいる子供の中では、秀でたものを持っていた。
双子の姉フレアは、おとなしく控えめな美しい女の子だった。
金色の長い髪をさらさらとさせながら、黙って糸を編んだり、何かしら手仕事をするのが好きだった。
ルウアは、村の中でも腕白で、人一倍イタズラもやるのが好きだった。
同じ年の功であった、ダレンとキレアは、その仲間であり、無二の親友だった。
ルウアとともに、大人たちをだましてスイカを盗んだり、魚を取ったりして楽しだ。
彼らのことを村のものたちは、しかったりもしたが、手を焼いてほうっておいた。
彼らは、成長とともに、だんだんに自分たち独自の遊びをするようになっていった。
村のものに迷惑をかけることはなくなっていったが、危険な遊びもするようになった。
背の翼で、どこまで飛べるだろうかと三人で競ったこともあった。
すでに、空族であっても、翼を常用するものは、誰もおらず、民は馬で移動し、馬車を使うことが多かった。
退化したわけではないけれど、緊急の場合くらいしか飛ぶことを許されず、また誰も翼に頼るものもいなかった。
一生のうちで、翼を使わないものも珍しくなかったほどだ。
だから、ルウアたちが、翼を使って飛距離を競うなどとは、とんでもないことであり、
飛びなれていないものは、高く上れば上るほどに危険は増して、風にあおられ落ちてしまうこともあった。
ルウアたちは、大人がいない山の手前の大きな原っぱに集まり、空へと飛び立つ練習をした。
そして、空で自由に飛べるようになると、その距離を競った。
はじめは、その原っぱだけでのはずが、だんだんに山の方へと距離を伸ばしていった。
そして、あるとき、その距離は、山の際を超えて、深い森の方までいくようになった。
ダレンは、大声でさけんだ。
「ルウア!もう、よそう。あっちは、行けないよ」
先頭のルウアも、森が深くなり、木々が濃い緑色をしたあたりをみて、立ち止まって、
翼を翻して、原っぱに戻ろうとした。
遠くでは、山々が、風とともに鳴っている。
山のしばらく先では、男たちが、仕事をしていることがわかった。
これより先にいくことは、まだ12歳前の自分たちには許されていないことをルウアも知っていた。
そして、その禁を冒すことが恐れ多いことも知っていた。
ルウアは、恨めしそうに引き返した。
家に帰ると、フレアが編み物から顔をあげて、ルウアの羽根をみると、
「また、あなた飛んでたのね。お父様が知ったらどうなると思うの」
と煩そうにいったので、
「うるさいな。だんだん小姑みたいになってきたぞ」
というと、フレアはむくれた。
色白の肌で美しい顔立ちをしていたが、こんな態度をとるのは、
弟のルウアにだけだった。
「あんまりやっかいをかけないほうがいいわよ。
まさか、山の方にいったんじゃないでしょうね」
図星をつかれ、ぎょっとすると、フレアは目を大きく見開いて
「あなた、まさか入ったんじゃ」
と言ったので、ルウアはむきになって
「手前でやめたんだよ!その先には行ってない」
と大声で言い返した。
フレアは、なだめるように
「あなた、怪我する前にそんな危ないこと止めてよ。
お父様だって、それを知ったら、どれだけお怒りになるか」
「わかってるよ。今日だけだよ」
そういうと、そっぽをむいて、部屋に入ってしまった。
フレアはまた編み物に目を落としたが、心配でたまらないという雰囲気をださずとも、手が少し震えているようだった。
ルウアは、ベッドに大の字になると、大きなため息をついた。
危険なことは、十分に承知している。
そして、自分がまだ子供で、イタズラ好きで、体力をもてあましていることもわかっている。
しかし、今日みた、山を思い出すと、自分でも足がすくむようだった。
あの先は、大人でないといってはいけない禁域だ。
禁をおかすことなら、いつもやっていることだったが、今日は自分でも無力にも引き返してしまった。
山の禁だけは、畏れ多いことを感じていた。
そのことが、ルウアにフラストを与えていた。
あの先にどうしても行きたいわけではなかったが、今自分にどうにもならないことがあるということに、苛立っているのだった。