貴族という生き物
ベレンガリア様と喧嘩したことはすでに広まっているが、誰も聞いてこなかった。
おそらくはメイドたちが上手くいってくれたのだろう。
俺は居心地の悪い思いをしながら、貴族についての勉強をしていた。
教えてくれているのは若い執事のレヴィナスで、親戚の兄ちゃんって感じの人だ。
王家の下に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士とある。
公爵は王の兄弟が特別に任命される、臣下ではあるがれっきとした王族だ。
この国には二十の州があり、十が王家直轄の天領、三つが公爵、七つが侯爵が治めている。
このグエリーヌ侯爵家もそのひとつだ。
州を治められるのは原則として公爵か侯爵だけらしい。
そして州を王家から与えられて支配する権利を持っている人のことを太守ともいう。
一方で王家や太守から代理として送られている人のことを長官と呼ぶそうだ。
だから県や都市はすべて長官しかいないことになる。
県を治めるのは伯爵、都市を治めるのが子爵だそうだ。
そう言えばロジェール市のセーブル子爵もここに該当するのか。
彼らのような人をまとめて任官貴族と呼ぶ。
基本的に貴族のほとんどが任官貴族らしい。
そのせいか太守と貴族と呼ぶことが一般的だそうだ。
そこまで語ったところでレヴィナスはにやりと笑いながら言う。
「お前は平民だからな。侯爵家や公爵家の姫と結婚できるかもしれないが、王家の姫とは無理だな。これは決定だ」
お前が国を建てて王様になれば話は別だが、と続いた。
国を興すなんてどういうことなのか想像もつかないし、いまのところ興味もない。
「ていうか公爵家はいけるんですか? 王族なのに?」
「ああ。あくまでも臣下だからな。見えない線引きはされるんだよ。平民だって長男と三男じゃ違うだろ? 同じ家に生まれた兄弟なのにさ」
言われてみればその通りだな。
だから俺はバスターで成り上がってやろうと思ったんだ。
いまのところ当初の予定から相当ずれてしまっているけど。
まさかリバーシのプレイヤーをやって、それで侯爵家の屋敷で暮らす展開が待っているとは夢にも思わなかった。
「平民が貴族になる方法はこの国にはふたつ存在している。ひとつは金で爵位を買う。さすがに子爵より上は無理だろうが、男爵と騎士なら買えるんだ。富豪と呼ばれる商人たちが買っている。まあ世襲制を認められるからといって、実際に世襲できるとはかぎらないがな」
別に難癖をつけて取り上げているわけではない。
貴族としての格式を維持することが要求され、それが満たせなくなった時点で貴族としてはとりつぶしになってしまうらしい。
「それでも商人たちの多くが目指すのは、自分なら大丈夫だと思っているんだろうな。自分は大丈夫でも子や孫の代はきついとは思えないらしい」
レヴィナスは端正な顔に似ず辛らつなことを言う。
この人はたしか任官貴族の男爵家出身だったかな。
貴族の位を金で買おうとする輩には思うところがあるかもしれない。
「で、話を戻すが、平民が貴族になるもうひとつの方法はバスターとして名をあげることだ。前例としては伯爵になった人もいるし、伯爵にまでのぼりつめれば侯爵家の姫と結婚もできるぞ」
レヴィナスはまるで俺のことをそそのかしているようだった。
「どうしてそんなことを言うんですか?」
探るような目を向けると苦笑される。
「俺はお前に期待しているんだよ。十二歳の農村のガキがリバーシが強くて、バスターになりたくて、侯爵家のお姫様に気に入られるなんて、どっかの吟遊詩人がうたうサーガのようじゃないか?」
よく見ればレヴィナスの茶色い目は笑っていない。
「答えになっていないような……?」
困惑すると、レヴィナスは真顔で言った。
「リア様の情熱に流されず、正道を行けと助言したつもりだ。一応言っておくが、今のお前がもしもリア様と駆け落ちでもしたら、貴族誘拐罪で極刑だぞ。もちろん、リア様が合意だったとしても関係ない」
貴族同士であればもっと違った軽めの罪が適用されるが、片方が平民だと容赦ない展開が待っているらしい。
「そんなことはしませんよ。彼女と俺は住む世界が違いますから」
俺がそう言うと、レヴィナスは笑う。
「それならそれでもいい。だが、お前が同じ世界に入っていく手段はあると言ったつもりだ」
身分が釣り合う立場になれば、堂々と求婚できる。
いい話かもしれないが、ベレンガリア様が心変わりしないという保証がどこにあるというのだろう。
そう思っていた。
レヴィナスは俺をそそのかしているんじゃなくて、早まったまねをするなと忠告したかったのかもしれないが……。
ある日俺は侯爵に呼び出された。
「リアがお前のバスターとしての適性試験をやるべきだというのだが、お前はどうしたい?」
喧嘩のことは何も言われず、聞かれたのはこの件だった。
ベレンガリア様とは最近話していなかったけど、どうやら俺をあきらめさせるということをあきらめていなかったらしい。
「受けたいです。できれば十五くらいで」
「分かった。それまではこの屋敷にいるといい」
グエリーヌ侯爵の許しを得て俺はとてもホッとした。
「あの、リア様との件なんですが」
「あれか。子どものわがままだろう」
グエリーヌ侯爵は興味なさそうに答える。
彼の中では大した問題ではないらしい。
数年もすれば忘れると思っているのだろか。
その点は俺と大差ないかもしれない。
「お前がバカなことを考えるなら話は別だが、そんなこともないだろうからな」
きらりと鋭い光が光ったように見えた。
俺の態度次第ではやばかったのかもしれないのか。
やっぱり貴族は油断できない相手だ。