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侯爵邸での暮らし

 俺は侯爵家で暮らすようになった。

 と言っても身分は平民のままなのだが、立場的には賓客らしくメイドさんたちには丁重な扱いを受けている。

 いくら侯爵家に認められたからと言って、十二歳の平民のガキを相手に貴族同然の態度をとってくるあたり、プロの鑑だと思う。

 食事は貴族と同じものを食べさせてもらえたのことにも驚いたが、それ以上にマヨネーズやしょうゆがあったことにびっくりした。

 マヨネーズはともかくしょうゆって日本人確定だろ……。

 俺が屋敷でやっているのは主にリバーシの練習、剣と魔法の恵子、後はベレンガリア様のお相手だった。

 彼女は興味津々で平民の暮らしを聞いてきたり、リバーシの相手をさせられたりする。

 負かすのはまずいかと思って手を抜いたら、彼女は思いっきりふくれっ面をした。


「手加減しないで」


 かなり機嫌が悪くなったのであわてて本気を出したら、それはそれでお姫様は半泣きだった。

 難しすぎるだろ、侯爵令嬢。

 当然だが、ベレンガリア様を泣かせたら俺の負けどころか、命が危険でデンジャラスになってしまう。

 だから扱いが難しいのだけど、当の本人はあまり特別扱いされたくはないらしい。

 もしかして俺を家に置きたがったのはそのせいなのか?

 

「ロイ、いっしょにお茶をしましょ」


 彼女に無邪気に誘われるが、事実上拒否不可能の命令だ。

 その証拠に俺が返事をする前にメイドさんたちは俺の分の準備もしている。

 ただ、悪いことばかりではない。

 緊張はするものの、美味いお菓子とお茶をごちそうになれるからだ。


「ふふふ、美味しい?」


「はい、美味しいです」


 俺がそう答えるとベレンガリア様はとても満足そうに微笑んでいる。

 俺に美味いものを食わせて喜んでいるのだろうか。

 ……美形な年下のお嬢様に餌付けされているような、奇妙な感覚にとらわれそうになる。


「ロイ、わたくしの服はどう思う?」


「似合っていてかわいいですよ」


 質問に答えると彼女はふくれっ面をする。


「そういうことは、わたくしが聞く前に言うのよ」


「失礼しました、リア様」


 いつか俺はベレンガリア様のことをそう呼んでいた。

 もちろん本人の希望で、断ろうとしたら半泣きになったのであきらめたのである。

 いちいちほめるのって正直面倒くさいのだが、ほめるとベレンガリア様の機嫌がよくなるのでほめるようにした。

 彼女の機嫌がいいと侯爵と侯爵夫人の機嫌もよくなるのである。

 吹けば消し飛ぶ立場でしかない俺としては、自衛手段のつもりだった。

 ブランさんは店があるからと帰っていき、めったなことでは顔を出さない。

 グエリーヌ侯爵の屋敷に呼ばれた時点で商人としては大いに箔がついたのだろう。

 恩返しをできたのはよかったのだが、「裏切り者」とか「薄情者」といった言葉が俺の頭に浮かんだ。


「ねえ、ロイ」


 ある日、ベレンガリア様は真剣な顔で聞いてくる。


「本当にバスターになるの? 危ないわよ?」


「分かっています」


 俺は真剣な顔で答えた。

 

「ですが、いつまで侯爵家のお世話になれるか分かりませんから」


 リバーシで勝ててる間は、侯爵家の客分という立場でいられるだろう。

 だが、永遠に勝ち続けられるという保証はどこにもない。

 その点、バスターは大けがをしないかぎりは収入を確保できる。

 もちろん、それには相応の強さが必要なので、ないのならあきらめて生きていくしかないのだが……。

 

「ふうん」

 

 ベレンガリア様はつまらなさそうな顔をする。

 

「じゃあお父様に頼んであげる。あなたがバスターになれるか、テストしてあげてって」


 と思いきや、意外なことを言い出した。


「え、いいのですか?」


 バスター適性試験は申請すれば誰にでも受けられるものだが、お金がかかる。

 俺としては十五歳くらいまではお金をとっておいて……と思っていたのだが。


「ええ。適性がなかったらあきらめるでしょう?」


 ベレンガリア様のこの言葉でなぞは解けた。

 彼女は俺にバスターになるのをあきらめさせるつもりのようだ。


「そんなことを言われても」


 俺が困惑すると、ベレンガリア様はむうっとふくれる。


「ずっといっしょにいたいの! 気づきなさいよ、ロイのバカ!」

 

 彼女は拗ねて立ち去ってしまった。

 メイドのひとりがぺこりと頭を下げて彼女を追いかける。

 残された俺は他のメイドが見守る前でお茶を飲む。

 彼女の気持ちが分からなかったわけじゃないけど、俺は平民なんだよなあ。

 侯爵家のお姫様と結ばれるはずがない。

 リバーシがどれだけ強かろうと関係はないのだ。

 だいたい、彼女はまだ十歳にもなっていなかった気がする。

 いまはそんな気持ちを俺に抱いているけど、これから社交の場に出てイケメン貴公子や王子様と出会っていけば、俺のことなんて忘れてしまうだろう。

 顔も生まれも権力も財力も何もかもが圧倒的に劣っている男なんて、幼いころの思い出になっていく。

 それが貴族の姫君の人生ってやつじゃないだろうか。

 だからこそベレンガリア様が俺に好意を向けているとみんな知っているのに、誰も何も言わないんだ。

 本当ならお姫様の近くにいる悪い虫でしかない俺は引き離されたり、殺されたりするはずなのに。

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