グエリーヌ侯爵
シャラント州の州都はルシオン県のルシオン市にあり、ここに州の太守であるグエリーヌ侯爵の屋敷もある。
リバーシの州大会で優勝した俺はグリエーヌ侯爵の令嬢から花束を受け取り、賞金を受けとった上で屋敷に招待されていた。
おそらくは日本人が広めただろう競技で元日本人が無双するのは大人げないのかもしれないが、いまの俺は十二歳の子どもで生き死にがかかっている立場のため、ご理解いただきたい。
「ど、どうすればいいんですか、ブランさん?」
俺は緊張しまくって一緒に来てもらったブランさんに問いかけていた。
「そ、そんなことを言っても、まままずは落ち着くことが肝心だよ」
もっとも俺に落ち着けというブランさんもガチガチになっていた。
グリーエヌ侯爵はこの国に七人しかいない「侯爵」、すなわち大貴族である。
機嫌を損ねたら一家どこか都市のひとつくらいは簡単に消し去るだけの権力を持った大物だ。
ふたりして震えているとメイドが呼びに来た。
二十歳くらいの栗色の髪と青い目を持ち、透き通るような肌の美人である。
大貴族に雇われているせいなのか、メイドも執事も美形ぞろいだった。
俺たちは明らかに着こなせていないタキシードのような服を着て、会食の間に案内される。
そこに待っていたのはグエリーヌ侯爵と侯爵夫人、そして夫婦の息子と娘の四人だった。
侯爵と息子はさすがにばっちり服を着こなしているし、侯爵夫人と令嬢は美しいドレス姿である。
会食の間が広くて華やかなこともあり、場違いにもほどがあることを痛感させられた。
もっとも俺を呼びつけた侯爵本人は、まったく気にしていないらしい。
「よく来た、ロイ、それにブランだったな。大会優勝者へのほうびだ。そなたらがマナーにうといことは理解しておる。今日にかぎり無礼を許す」
侯爵本人に無礼を許すと言われたことで、俺たちは気が楽になる。
超えてはならない一線を超えないかぎり、撤回されないだろうからだ。
貴族とメシを食うのがほうびになると思っているあたり、これだから貴族は……と思っていたが、出された食事も飲み物もメチャクチャ美味かった。
こちらの世界で来てからはダントツだし、日本人のころに食べたほとんどのものより美味いと断言できる。
これだったらたしかにほうびになるなと思わざるを得なかった。
「ほう、ではロイはもともとバスターになりたかったのか」
「はい。でもお金がなかったので」
侯爵はうなずいている。
息子のほうは俺に興味がないらしく、目を合わせないうえに話しかけても来ない。
令嬢のほうは反対によくこっちを見ている。
たぶん年下なのだろうが、あんまり離れていないので親近感でも持たれているのか?
「養育学校に入ればいろいろと融通が利くはずですけど」
令嬢がそんなことを言う。
何も知らないお姫様らしいなと苦笑したくなるが、我慢する。
「学校に入るのにもお金が必要なのですが、その資金が用意できないのです」
それが貧民の現実だと答えた。
学校に入れるくらいなら苦労は少なかっただろう。
入った後に別の種類の苦労をした可能性は否定しないが。
「そうなの……お父様、お父様が援助してあげればいいじゃありませんか」
令嬢は何とそんなことを言い出した。
「たしかに手放すのには惜しい才能だな」
侯爵は娘におねだりされたからか、考え込みはじめる。
おいおいいったいどんな展開になっていくというんだ。
侯爵家の会話に口をはさむのは不経済に当たるのかどうか悩んでいると、侯爵は決めたという顔で口を開く。
「ロイが望むならこの屋敷に暮らしなさい。才能を保護するのも貴族の役目だからな」
「……はい?」
この場合、才能っていうのはリバーシの才能であって、バスターとしての才能じゃないよな。
そもそも侯爵の前で剣や魔法を使って見せたことがないもんな。
「すばらしい名誉をいただいたな、ロイ」
ブランさんがナイフとフォークを置いて俺にそう話しかけてくる。
「謹んで受け取るといい」
その声色と表情から、断ったらかなりやばくなるということを察した。
ひどいな、事実上拒否権なしかよ。
「ありがとうございます」
俺は仕方なく礼を言う。
「どういたしまして」
令嬢はいいことをしたとニコニコしている。
この子に悪意はみじんもないんだろうなあ。
年下っぽいしまだまだ幼くて、無邪気で何も知らないっぽいから怒るわけにもいかない。
「わたくし、ベレンガリアよ」
令嬢は名乗る。
そう言えば名前を知らなかったな。
「ご麗名、謹んで承りました」
高貴な女性に名乗られた場合はそう答えろと習った記憶があった。
男性だと「ご尊名」になるらしい。
「あら、それは知っているのね。紳士だわ」
ベレンガリア様は上機嫌になる。
彼女の機嫌がいいせいか、侯爵夫婦は何も言わなかった。