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転生したら村人でした

 俺ことロイが前世は日本人で、激務のあまり血を吐いて倒れてそのまま……ということを思い出したのは、五歳の時だった。

 最初はパニックになったが、周囲は幼少期の第一次反抗期みたいなものと解釈していたようだ。

 俺が転生した先は地球なのかすら分からなかったが、誰でも魔力を持っている世界らしいのでたぶん違うなと推測する。

 我が家は貧乏だった。

 田畑を持っていて父親と兄二人が耕して実りはそこそこあるのだが、税金がきついのである。

 収穫の半分を「農業税」として持っていかれる上に、五人家族だから五人分の「住居税」を払わなければならないようだ。

 税金の重ねどりって搾取じゃね? と思わずにはいられなかった。

 そして何とも居心地の悪い場所だなと嘆きたかった。

 農家の三男坊なんて田畑を分けてもらえないから独立せねばならないと、何かで読んだ気がするんだがこれはこの世界では事実である。

 俺はいつか出ていかなければならないようだ。

 頑張って新しい田畑を開墾するか、街かどこかで仕事を探すか、それとも迷宮にもぐるか。

 そう、この世界では魔力があるだけじゃなくて迷宮もあるらしい。

 迷宮にもぐって魔物を倒す「バスター」と呼ばれる職業につき、活躍することが貧乏人が成り上がる手段の一つのようだ。

 それを知ってから俺はこっそり練習をはじめた。

 棒切れでもないよりはましだと思って毎日素振りをし、魔力を練る練習をする。

 正しいかどうか分からない。

 だが、何かをせずにはいられなかった。

 俺が出ていかなければ、やがてこの一家は誰かが餓死する。

 下手すれば全員で共倒れだ。

 そんな危機感があったからだ。 

 だというのに次兄のライは俺を見つけると、ゴンと頭を殴る。


「遊んでるな、馬鹿野郎。手伝え」


 ぶっきらぼうにそう言って俺を強引に連れて行くのだ。

 俺が出ていなかったら困るのアニキだろ。

 そう思っても言わなかった。

 長兄のカイは末っ子の俺に優しいけど、ライはけっこう乱暴者ですぐに手を出してくる。

 いくら鍛えはじめて前世の知識があると言っても、五歳児が十歳に勝てるわけがない。

 勝てるようになったらちょっとくらい意趣返ししてやりたいなと思う。

 俺、わりと根に持つタイプなんだぞ。

 毎日がボロボロになりながら働いている状況だったと言っても過言じゃない。

 日本人だったころってじつは相当に恵まれていたんだなあ。

 まさか転生して思い知らされるハメになるとはトホホ。

 きついのは不作だった年だ。

 農業技術や科学技術がけっこう発展していた日本だって、不作や凶作とは無縁ではいられなかったのだ。

 こっちの世界だとなすすべもない。

 農業税はあくまでも「収穫量」からとられるからまだマシだが、問題なのは額が固定の住居税のほうだ。

 農作物がとれなかった農民に税金なんて払えるはずがないのに、領主は免除してくれない。

 どうするのかと言うと母さんが内職をしたり、父さんと長兄のカイは出稼ぎに行き、俺は次兄のライに連れられて野草をとったり薪になりそうなものを拾ったりする。

 みんな同じようなことを考えるので、非常に安い値段でしか買い取ってもらえないのだが、売り物があるだけまだマシだった。 

 商人らしい人が来た後、近所の年上の女の子たちの姿が見えなくなっていることはちょくちょくあった。

 売られていったのだなといやでも分かってしまった。


「女は売り物になるからまだいいんだが」


 ライはそう言って母さんに叱られていた。

 そうだな、男は売り物にならないらしい。

 この世界に奴隷制度は存在しておらず、男娼もいないという。

 いたらたぶん俺は真っ先に売り飛ばされていたんだろうな。

 ライを見ているとそう思う。

 ある日、仕事を終えて家のそばでいつものように練習を終えて家に入ると、俺の分の夕食が小さい黒いパンがふたつだけしかなかった。


「え、これだけ?」


 びっくりして聞くと、ライが笑う。


「は、てめえが遅いからだよ。チビで働けねえくせに、メシだけ食えると思うなよ」


 なんていやな奴なんだろう。

 母さんが叱ってくれたのでちょっとスカッとしたけど、もやもやは消えなかった。

 夜、悔しくて眠れずにいると、ライが起き上がって小さな声を出す。


「父ちゃん、水を飲んでもいい?」

 

 同時に腹が鳴っている。

 腹が減っているのを水でごまかすつもりか。


「いいがメシを食っているのか?」


 父さんは遅かったから何も知らなかったんだな。 

 母さんやカイに言いつけられて怒られてしまえ。

 呪っていると、そのカイの声も聞こえる。


「こいつ、自分の分を全部ロイにあげちゃって、ばんメシは何も食べてないんだよ」


 えっ? 何だって?

 あれはライの分でもあったのか?


「そうか。そのやさしさ普段からロイに見せればいいのにな」


 父さんは驚きもせず、ライをたしなめるように言う。


「そんなこと言われたって、どうすりゃいいのか分かんないよ」

 

 ライは困ったように答えていた。


「男が売り物になったらなぁ……俺が売られて、ロイの奴だけでも腹いっぱいメシが食えるだけの金を作れるのに」


 そしてまたぼやく。

 俺にとっては信じられない言葉だった。


「そう言うな。お前だって必要な人手なんだ」


 父さんが言うと母さんの声も聞こえる。


「ばかなことを言ってると、ロイが気にするでしょ。次男のあんたじゃなくて末っ子の自分が売られたほうがいいんじゃないかって。だからもう言わないでおくれ」


 叱っていると言うよりは困っているという声だ。

 そうか、だったのか……。

 ライは別に俺がきらいで意地悪をしているわけじゃなかったんだ。

 俺は自分が何も気づいていない大馬鹿野郎だと思い知らされた。

 泣き出しそうになるのを必死でこらえる。

 ごめんよ、ライ兄ちゃん……。

 心の中で謝った。

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