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メイドの土産  作者: ぎあ
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その1

お父さんがポルトガル旅行のお土産として連れてきたメイドのシャガルマガールりんこは非常に美しい女性だった。ぼくは彼女の瞳をじっと見つめてしまう。綺麗なコバルトブルーであった。髪の毛は栗色で笑えばとってもかわいいんだろうけど、彼女は決して笑わなかった。

朝。りんこを起こすことから僕の日常ははじまる。りんこは朝に弱い。メイドなのだから朝くらい強くなきゃだめじゃないのかなーとおもいもしたけど、でもそういうのは人それぞれだし、僕はりんこのことをまだ全然知らないのだからとやかく言うべきことではないと思った。

りんこは僕の押し入れで寝ている。

「りんこちゃん起きた?」

「まだー」

こたつの中に速攻で足を突っ込んだ僕に対して母は言った。こたつの上にはりんこの分のコップが置いてあった。僕が子供の頃に使っていた兎の柄の奴。りんこはこのコップをとても気に入っていた。

「……おはようございます、マスター」

と、そんなことを考えていたら当の本人がやってきた。メイドなのだからきちんとメイド服を着るべきだとは思うけど、りんこは普通にパジャマ姿だった。無数のパンダが全身に描かれている。そのどれもがポーズの違うパンダで、中には寝転がっている奴もいたり、笹を食い散らしている奴もいる。このパジャマはりんこがこの家にやってきたときに母がプレゼントしたものだ。パンダの愛くるしさがこの一着に凝縮されている、マスターの母は慧眼です。一目見た瞬間にりんこは無表情でそう言った。とても社交辞令を言っているようには見えないが、そんなに素敵だとおもっているならもうちょっと驚いてもいいとも思う。

「マスター、失礼します」りんこは僕の隣に腰を下ろした。りんこの柔らかな右腕がパジャマ越しに僕の体に触れた。女の子特有の匂いが僕の鼻腔をくすぐる。僕はまだ十四歳で、彼女なんていたこともないから、メイドだとわかっていてもりんこのそうした振る舞いにいちいちどきどきしてしまう。もちろんそんなことおくびにもださないけど、きっとりんこには全てを見抜かれているのだろうなあという諦めの気持ちはどうしたってある。

「マスターは今日、なにをされるのですか?」白身魚を右手でつまみあげながらりんこは言った。そのまま一口でぱくり。ごくり。大きな黒目はしっかりと僕を捉えている。「おいしい……」

「今日はーー何もしないかな」

「せっかくの土曜日ですよ」

「せっかくの土曜日だから何もしないんだよ」

「そういうものですか」

「そういうものだよ」

僕がそんな間違った知識をりんこに伝えると、りんこはパジャマの中に手を突っ込み、一冊のメモ帳を取り出した。りんこは巨乳だ。だからきっと、女泥棒が胸の谷間に拳銃を隠し持つのと同じようにしてりんこもその豊満なバストの隙間にメモ帳を隠し持っているのだろう。僕はメモ帳になりたい。宇宙飛行士になりたいと卒業アルバムに書いていた頃の自分が見たらきっと泣く。

「土曜日だからこそ何もしないーーと」そんな風にして煩悩にぶんぶん振り回される僕を差し置いてりんこはメモ帳にそう記した。

「りんこちゃんこのバカ息子のいうことにいちいち耳を傾けちゃダメよ」りんこのコップに牛乳を注ぎながらバカ母が言った。

「いえ、マスターは聡明なお方です。けってして馬鹿ではありません。毎日が勉強です」

「いやあ、泣けるねえ。りんこちゃんはいい娘だねえ。爪の垢を煎じて飲みせたいよ、ほんと。比喩じゃなく」母は僕のことを半笑いで見つめてくる。「どうだい達也。りんこちゃんの爪の垢、飲みたい?」

「母さんやめてくれよ。そんなマニアックなプレイに僕はまだ目覚めてないよ」

「あら。喜ぶと思ったのに」

「喜ぶわけないじゃないか。それにそんなことしたらりんこだって嫌だろうし」

「私はマスターに爪の垢を飲まれるのいやじゃないですよ」

「え、嫌じゃないの?」

「はい。むしろ喜ばしい事だと思います。私のような出来損ないの爪の垢を飲むことでマスターの性的指向が満たされるのであれば」

「なんだよお。りんこも僕のこと変態だと思ってたのかよう」

「はい」りんこは飛びっきりの笑顔を浮かべて言った。「マスターは超弩級の変態だとおもっています。マスターが私の寝顔を撮影しているの知ってますよ。その写真をプリントアウトしてべろべろ舐めまわしていることも。それにマスターのベッドの下に隠されし、『巨乳人妻、深夜の蜜月ーーあなた、ごめんなさい』も」

「これ以上は僕が人として死んでしまうからやめて」

「りんこちゃん。あとで金属バット買ってきてくれない?」

「確実に僕の頭めがけて振り抜きますよねお母様」

「りんこちゃん、なるべく殺傷能力高めの奴ね」

「御意です。マスターマザー……サー!」

りんこは母に向かってノリノリで敬礼した。僕はそんなふたりのやり取りをみつめながら世も末だなあとそんな雑感を抱くのであった。

「ところでりんこちゃんのお母さんとお父さんは今なにしてるの?」

僕は飲みかけていた味噌汁を吹き出しそうになる。辛うじて耐えることはできたけど、へんなところに汁が入ってしまい、盛大にむせ返った。

りんこの出生ーーそれは父と僕の間において触れてはならないブラックボックスとして存在し続けていた。むろん母もそれを承知の上でこうして同居しているのだとおもっていたのだが、どうやらただ単に聞いていなかっただけのようだった。

「母さん、それはちょいと野暮な質問なのでは……?」

「あら。大事なことじゃない。両親の許可もなくこんな変態息子と同じ部屋で寝泊まりさせるなんてりんこちゃんが可哀想よ」

「そんな変態息子を育て上げたのは一体どこの誰なんですかね」

「あら心外。あとでジュースにホルミドール酸混ぜとこ」

「こええ……ホルミドール酸こええ……」

「おふたりは仲がよろしいんですね」

りんこはどこか憂いを帯びたような表情でそう言った。その瞳には今のなんてことないやり取りがどんな風に映っているのだろう。

「私の両親は幼い頃に亡くなりました。事故、だそうです」

「そう、なんだ。ごめん」なんてこともないようにそう話すりんこに僕はそんなことしか言えなかった。母は黙ってりんこの話を聞いている。さっきまでのおちゃらけた態度はなりを潜めていた。

「でもいいんです。今はマスターがいますし、マスターのお母様も優しいし。たしかにマスターはちょっとだけ変態ですし、お母様も少々末恐ろしいところはあるのですが、でもなんだかこの家にいると落ち着いてしまいます。人生は本当にいろいろなことがあります。でも一回しかないんです。戻ることは出来ないんです。私達は望む望まないに関わらず生の突端にいるんです。だからもう悲しむのはやめたんです。マスターのお父さんが私のことを救ってくれたあの日から。私は私を生きようと決めたんです。うまく言えないんですけど、今はそんなことを考えているんです。こんな私でよければこれからも仲良くしてください。ちゃんと働きますから」

「達也」

「なに」

「りんこちゃんってめちゃくちゃいい子じゃない?」

「今更なにを」

「りんこちゃん!」

「なんでしょうか」

「もしよかったら達也と結婚してあげて。この子きっとこのまま一人だろうし」

「サー! お母様!」

「うむうむ」

「あのう……」

僕は勝手に進みゆく自分の将来設計図に辟易しながらもどこかでりんことだったら結婚してもいいかなあとおもった。

しかしながらーー

そのときになって僕はついあの娘のことを考えてしまうのだった。


「それにしてもマスター」

「なあに」

「こうしてマスターの部屋でじっとしているだけというのも味気なくないですか?」

「まあそうかもね」僕は読みかけの文庫本に目を落としながらりんこの話を聞いていた。しかしながら僕は人の話を聞きながら本を読めるようなハイスペックな人間ではないからさっきから一文字たりとも小説の内容が入ってこなかった。

「マスターとセックスをすることができればきっといいのでしょうが」

「だめだよりんこ。僕はまだ中学生だ」

「中学生と言ったらお盛んな年頃でしょう?」

「そ、そんなことないよ」

「今更純情ぶったところで遅いです。どうせ私の寝顔写真を見ながら自家発電でもしてるんでしょう?」

「く、そ、そんなことは」

「はあ。まったくもう。マスターのエッチ」

「ぐは。ぐはあ……」

僕の心はもうノックアウト寸前だった。

「まあそれはさておくてして。マスター。折り入って一つ相談事があるのですが」

「な、にかな」

「ええっとですね。どうやら私、恋をしてしまったみたいなんですよ」

「こ、恋?」さすがの僕も動揺を隠しきれない。昨日の婚約宣言もそうだし、さっきの性発言から察するに恋の対象は限りなくーー

僕は揺れていた。彼女と僕はそうした異性としての関係ではなく、あくまでもメイドとその御主人という関係を構築していかなければならない。それはたしかに彼女は身寄りのない不幸な女性かもしれない。しかしその逆境の中でこうして生きている。まだ仕事面での目まぐるしい活躍もしていないし、休日はこうしてぐだくだと過ごしてばかりいるけれど、しかしながら将来的にはきっとすごいメイドさんになるのだろうし、おそらく父はそれを見越して彼女をこの家に連れてきたのだろうとおもう。残念なことに父は研究と称してニュージーランドにふらりと出かけてしまったのでことの真相については聞けずじまいだったけれど、多分そういうことだ。

ダイヤの原石ーーそんな言葉が脳裏をよぎる。

ゆえにそんなダイヤの原石を僕が汚してしまっていいのだろうか。

いいや、よくない。だからきっぱり断ろう。それに僕には好きな人がいる。なので断ろうと思う。

と、そこまで思考を巡らせたときにふと、自分の心の中で迷いが生じていることに気付いた。なんなのだろう、この感情は。もしかしてもしかすると僕はりんこにも恋をしているのかもしれなかった。いや、しかしそんなことはたして許されるのだろうか。同時に二人の女性を愛してしまうなんて罪深いことなのではないだろうか? 僕はまだ恋愛についてそれほど多くのことは知らないが、テレビのニュースで連日のように報道されているのは、人気ロックバンドのボーカルが不倫をしたであるとか、そういった類のトラブルだ。そうしたトラブルはできることなら避けて通りたい。通りたいのだがーー。

「でも私は迷っているんです」

「りんこ……迷うことはない。自分の気持ちに正直になるんだ」

「マスター……分かりました」

そう言いながらりんこはすっくと立ち上がった。たわわな胸が大きく揺れる。

「私、これから告白してきます」

「ちょ、ちょっと待って。ぼ、僕じゃないのか?」

「マスター。大人には大人の恋愛というものがあるのです」

「大人って……りんこ今何歳なのさ」

「二十七歳です」

「二十七歳……」僕はりんこが二十七歳であるということを知って少なからず動揺していた。たしかにりんこの体付きはとても艶めかしく、太ももは綺麗で胸は大きくてぱっちりとした二重まぶたはキュートで髪の毛はくるんとしたショートボブでおまけに高身長でさらにはたまに見せる笑顔がとっても可愛い。だからこそ二十七歳という年齢におどろいていたのだ。なにもりんこの年齢が予想していた歳とは違っていたわけではない。むしろ二十代後半だろうなあという大体の予測はついていた。それはまあひとつ屋根の下で、りんこの寝息を毎日のように聞いていられるような環境にいるのだから当たり前といえば当たり前なのだが、それにしてもこうして改めてりんこの口から「二十七歳です」と言われると妙に心がざわついてしまう。僕はおかしいのだろうか。

「マスターはおかしくありませんよ」

りんこはまるで僕の心を読んだかのように自然な口調でそう言った。

「私がもし中学生で二十七歳の殿方と同居していたらきっとマスターと同じような反応をしてしまうと思います」

「りんこ……」

「マスター…………付き合ってもらえますか」

「…………いいよ」


図書館は混んでいた。

それもそのはず。なぜなら今日は土曜日だから。

「いやーマスター外の空気はおいしいですねー」

りんこはお気に入りの白のワンピース姿でそう言うと大きく背伸びをした。ぼくはそんなりんこの手を引きながら俯きつつ図書館の中を歩いていた。きっと、今の自分は顔が真っ赤になっているのだろうとおもいながら。

「りんこ。ここ図書館だから。外じゃないから」

「んーまあ確かにそうなんですけどねー。でも図書館は家と違う匂いがするから私にとっては外なんですよねえ」

ふふふ、と。

「それにしてもりんこ。その……なんだ……りんこがその憎からず思っている司書の森沢さんとやらはそんなに魅力的な男性なのかい?」

「そりゃもう魅力的にもほどがあるってくらい魅力的です!」

「例えばどんな風に」

「あれれ? マスターもしかして妬いてるんですかあ」

「そんなことない。そんなことは……」

「ふふ。かわいいなあ、マスターは。どんどん妬いてくださいね。木沢さんはいつも静かなんです。静かに受付で返却書籍を捌いているんです。その佇まいがなんとも素敵なんです」

「話したことはあるの?」

「うーん。一方的な一目惚れなので実を言うと話したことないんですよね、これが……木沢さんのところへ借りたい本を持っていこうともおもったんですけど、いざ行こうとするとそれだけで足が竦んでしまって……」

「なるほどねえ」

「だからこそマスターの力を借りようかと」

「僕の力?」

「はい。同じ男性同士話も弾むでしょうし」

「その程度の理由で?」

「その程度の理由です」

僕はついつい腕を組み考え込んでしまう。

はたして話したこともない大人の人とそんな簡単に会話をすることが出来るのだろうか、と。そして首尾よく、りんこのことを紹介などできるのだろうか、と。

もちろんりんこのことは嫌いじゃないし、いつも世話になっているのだからたまには恩返しもしてやりたいけれど、しかしながらいざこうしてりんこのことを応援しようとすると妙に胸の内がざわつく。

僕ははたしてりんこに対してどんな感情を抱いているのだろう。

と。

自分で自分の感情がわからなくなるときがある。それは本当にふとした瞬間に。りんこの肉付きのいいな太ももを見てしまったときにざわつくこの感情は。登りゆく朝日を微かに感じながら電気スタンドの下で黙々と本を読んでいるときのあの感じは。暮れゆく夕日をみつめながら自転車を必死で漕ぐあの感じは。

それらすべての感情に、名前をつけることなんてできるのだろうか。

と。


「あれれ? もしかしてもしかすると、達也くんだったりしちゃう!?」

しかしながらそんな僕の思考は背後から掛けられたその一言によって一切合切吹き飛んでしまった。この声を僕はよく知っている……。

「水口さん……」

「よーっす! 未来のチャンピオン!」水口さんはそう言ってニカッと笑いながら僕らに向かってピースサインを繰り出してきた。「元気してたか?」

「元気してたかも何も昨日会ったばかりじゃないですか」

「甘いよ達也くん。人というのはね。会っていない間はお互いに死んでるんだよ。ふっ。まだまだお子様だねえ。あっはっはっは!」

「……あの、マスター、このなかなかどうして独創的なお方は……?」

「ええと」

「達也くん! なんだこの素敵な巨乳お姉さんは!」

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