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心使

 その名前から見当は付いていたけれど。


「おっと悪い。心使こころつかいってのは心喰を殺す仕事の人間のことさ」


 と御多義は言った。


「俺に協力しろって?」


 とカナタが言った。御多義を睨むと、御多義はカナタを見る。


「他に稼ぎ口があるとは思えねえけど?」


「それはまあ、その通りだけど」


「無理強いは良くないわ。状況次第じゃ援助だって――」


 と明菜はカナタと御多義の会話に口を挟んだ。しかし言い終える前に、遮るように御多義が口を出す。


「出来る状況か? 誰なら金銭的余裕がある? 国も、俺等だってやれる事は知れてるだろ」


「仮に援助できたとしても、誰かの庇護の下で生きるつもりは無い」


 とカナタは断言した。


心砕こころくだきを使えるんなら、現実的な選択肢としては上等な部類だろうな」


 と謙が言った。


「心砕?」


 首を傾げるカナタに対し、御多義が説明する。


「心喰を殺す武器のことさ。お前が出した剣だってそうだよ」


「ああ。なるほどな」


「でも、命を懸ける仕事ではありますよね?」


 と不安げな顔と共に舞が言う。


「命くらい懸けられる。良いだろう。心使でいさせてもらう」


 とカナタは即答した。御多義はそれに頷く。


「決まり、だな。それに、命は守ってやるさ。段々と分かっていけば良い」


「言ったろ。庇護の下で生きるつもりは無い。俺は俺でやるさ」


「分かってねえな、がきんちょ。お前が前に出ると足手纏いだっつってんのさ」


 と御多義は言って、カナタの頭に手を置く。


 カナタはそれを払って、睨む。


「証明してみろ」


「良いぜ。ついて来い」


 と御多義が言って、部屋を後にする。カナタはそれについて行った。


「随分と傲慢で、威勢の良い新入りだ」


 と謙は二人のいなくなった部屋で、感想を零した。


「元気があるのは良い事じゃない」


 明菜のそんな呑気な言葉を受けても、舞は不安げな表情のままでいる。


「でもホント、何者なんでしょう? いきなり心砕が使える、なんて」


「それも素質の有無だけしか問題は無いからな。覚悟に関しては、御多義さんのようにその場で補える人間だっている」


 と謙は言った。明菜も頷き、同意する。


「命を懸けるくらいどうってことないって言い草だったものね」


「…………」


 沈黙と共に、舞は俯いていた。






 訓練室と呼ばれる空間に、距離を取って御多義とカナタは立っていた。訓練室は半球状で、半球の高い位置はガラス張りになっており、謙、舞、明菜はそれぞれを線で結ぶと正三角形となるような位置で見ている。


「死にそうなら『待った』と言ってくれよ? 殺しちまう前にな」


 と御多義は言った。


「こっちのセリフだ」


 互いに牽制を終えると、御多義はコインを投げる。


 それが空中に舞う間に御多義は灰色の剣を出現させて、左手持つ。刀身から鍔や柄まで灰色の剣の背を肩へ乗せると身を低くして笑う。一方でカナタは青い剣を出現させる。刀身から鍔や柄まで青い剣を右手で持つと左足と左手を前に、右足を後ろにし、刀を少し後方へ倒す。無表情のままで。


 コインと地面の当たる音が響く。


 それと共に、御多義は右手をカナタへと突き出す。


「行け、アッシュ!!」


 御多義の言葉と共に、御多義の左手の裾から白の手が続々と現れてカナタを目指す。


 そんな様子に、謙、明菜はため息を吐き、舞は御多義を呆れた様子で見て「大人気ない」と呟いた。


 瞬間、カナタの剣の刀身は消滅する。カナタは柄のみを振り続け、一刀ごとに位置を変えて刀身だけが出現していき、白の手を切り裂いていく。


「嘘……」


 と舞は口を押えて呟いた。


「『色持ち』か!」


 と謙は驚いた。


 しかし御多義はそれに驚く事は無く、切られた白の手の切断部分から白の手を更に伸ばしていく。カナタは走りながら白の手を切り裂いていくが、それは徒労であるように思える。精々捉えられるのを遅くする程度の効果しか無いだろうと判断すると、カナタはそれを止め、御多義を見る。


 御多義はカナタが白の手に構っている間にも接近してきている為に、カナタとはそう離れてはいなかった。カナタは一歩踏み出す足の向きを御多義の方へと変え、剣の持ち方を逆手に変えると、御多義へと投擲する。御多義は腹に迫るそれをかわすと共に、白の手でカナタの左手を捉える。御多義は通り過ぎる青い剣の刀身だけが消えている事に気付く。刀身のみが御多義の後方へと現れ、御多義の後ろを進んでいく柄と会せるように刀身は御多義へと迫る。横に回避行動を取ったばかりの御多義は突然現れた後方の剣をかわす事は出来ないし、白の手で防ごうにも、カナタをまさに捉えたその手を急に後方へと持っていく事は出来ない。『待った』が聞こえない為に、カナタは刀身をそのまま出現させ続けた。その時御多義が浮かべていた笑顔が癪に障り、且つまだ何かとあるのではと思わせたからだ。その予感は的中し、刀身は御多義の服を切り裂き、弾かれる。


 白の手はカナタの四肢を捉え、浮かせる。見事に身動きの取れない状態とされたカナタへと御多義は肉薄し、灰色の剣を振りかぶる。


「待った」


 とカナタは言った。


 御多義は手を止める。


「俺の負けだ」


 カナタの言葉に御多義は笑顔を見せ、白の手を消す。受け身も取れず地面に落とされ、カナタは上半身だけ起こす。


「お前、服の下にあの白い手みたいなやつを薄く敷いてるな?」


「ああ。最近寒いからな」


 と御多義は言って、服を捲る。そこにはサラシのような薄い白の手が見える。


「嘘つけ。防寒効果はねえだろ」


「バレたか」


 御多義は肩をすくめ、手を差し出す。カナタはその手を取り、立ち上がる。


「なるほど。確かにお前は死なないと考えて良いらしい」


「死なない?」


 御多義の驚いた顔に、カナタはしまったと思った。


「…………なんでもない」


「そうか。ま、安心しろ」


「ああ」


 二人は出入り口へと向かうが、そこから舞が走って入ってくる。少し遅れて、謙と明菜も歩いて入ってくる。


「何者なんです!? カナタさんって」


 と舞が御多義へと問うた。


「さあな。記憶喪失らしい。心喰や心砕さえ知らなかったぞ」


「本当ですか? ではいきなり『色持ち』だと?」


 と謙は言った。


「みたいだな」


「でも、それなら何故その剣の使い方を分かるの?」


 と明菜が口を出す。


「『色持ち』特有の特殊能力っつうのは何となく分かるもんなのさ」


「そういうもの?」


「ああ」


「『色持ち』? 何の話をしてる?」


 とカナタが問う。


「本来、心砕は白なんだ」


 と謙は言って、白い刀を出現させ、消す。


「ただし、お前や御多義さんのように色を持つ場合があり、色を持つ心砕を所有している人間を『色持ち』と呼ぶ」


「まんまだな」


 カナタの言葉に、御多義が頷く。


「ああ。で、『色持ち』は特殊能力を使えんのさ。俺の白い手やお前の瞬間移動する剣とかな」


「ふうん」


「でも、じゃあ、いきなりそこまで行った……ってことですか?」


 と舞は問い、御多義は頷く。


「そうなるな」


「『色持ち』ってのは才能なのか?」


 とカナタは問うた。


「覚悟さ。命を捨てる覚悟さえあれば色を持つ」


「なるほど。じゃあアンタは仲間の為に死ねるクチか」


「違うな。仲間の為にも死ねない。だが状況によっては俺の駒の一つ、命くらい捨てられる」


「随分と冷めているな」


「熱に浮かされてちゃ隊長は務められねえよ」


 と御多義は言った。カナタは笑顔を見せる。


「なるほど、アンタが隊長か」


「不満か?」


「いや? アンタなら背も預けられそうだ。よろしくな、隊長」


 カナタは手を差し出し、御多義は握手に応じる。


「ああ」


「新戦力、ね」


 と明菜は呟いた。


 謙は黙ってカナタを見つめたままでいた。





 自動ドアの響く音がした。


「失礼します」


 と謙の声が聞こえる。


「ん、どうした?」


 と言いつつ、御多義はソファに座ったままお茶を飲む。


「信用出来るとお考えですか?」


 と謙は移動する事無く問う。御多義は謙の顔が見えず、謙も御多義の顔は見えない。


 その部屋はみんなが集まりくつろぐような作りでは無く、一人が休む為のようで、ソファ、テレビ、机、冷蔵庫しか無い。


「カナタか。戦力にはなるだろ?」


「あの力なら、いつでも私達を切り捨てられますよ」


「それでどんなメリットがある? 心配ならお前が見てりゃあ良いだろ?」


 御多義の無責任な言葉に、謙は不安に思う。


「御多義さんは不安に思わないんですか?」


「お前は、あいつの記憶喪失が信じらんねえんだろ? だが見た限り、あいつは嘘をついてねえ。あいつがこんな事態になった根本に関わってんじゃねえか、とは思うけどな」


「根本に?」


 御多義は半身だけ振り返り、横目で謙を見る。


「フランって分かるか?」


「いえ……」


 御多義は前へと身体の向きを戻す。


「そうか。まあ良い。下がれ。あいつは大丈夫だよ」


「……分かりました」


 とそれ以上の言葉を飲み込んだ謙を振り返る事無く手だけ振って見送ると、自動ドアの音が聞こえた。


 記憶喪失の上に、現状を知らず、10年前の光景は記憶している。フランと夢で会ったと語り、心砕を初めて出現させたにも関わらず色付き。加えて。


「ま、あの金髪も怪しいっちゃ怪しいか」


 そんな風に考えつつも、裏切る事は無いだろうと考えていた。





 御多義は放任主義で、すぐに自室へと向かい、謙はそれを追いかける。明菜と舞もどこかへ向かうようだった。カナタはここの構造も分からず、何処に行けば分からない。自然、訓練室に向かう前にいた、妙に天井の高い休憩室と呼ばれる場所へと足を運んでいた。


 自動ドアが開く。


 椅子に座る明菜と、ソファに座る舞がいた。


「お疲れ」


 と明菜が言った。


「ああ」


 カナタはここで合っていたかと安心する。明菜が椅子を勧め、カナタは頷き、明菜の向かいへと座る。


「あの、どうやったら『色持ち』になれるの?」


 と舞が問うた。


 カナタは目線で、自分に問うているのだと理解する。


「つまり、どうやったら死ぬ覚悟が出来るかって事か?」


「……うん」


 突飛な質問だ、と思った。知らない、と突き放しても良いが、端的に伝えるのもぞんざいな気がして、婉曲な言い回しを心がける。


「出来ないんなら無理にするもんでもないんじゃないか? 死ねるなんてのは、人として矛盾している」


「随分言い切るのね」


 と明菜は言った。


「そりゃそうでしょ。宮須さんは『色持ち』なのか?」


「いえ。『色持ち』はあなたと隊長だけ」


「ふうん」


 それなら、舞が自分に問うのも分かるかも知れないと思った。恐らく、御多義からは聞いて、参考にならなかった、という所だろうと。


「人として矛盾してるって?」


 と舞が問うた。


「普通、自分の命を第一に考えるだろってこと。状況次第で命も捨てられる、なんて割り切り方は普通じゃ無い」


「ま、それには同感ね。ならあなたは何故命を捨てられるの?」


 と明菜が問うた。『状況次第で命も捨てられる』が何を指すのかは理解しているようだ。


「誰かの命を奪おうって時に、死ぬ覚悟も無いなんて事は無いってことだな」


「それは御多義は反対しそうね。『生きる為に殺すんだ』って言いそう」


「それも分かるけど、『生きる為に殺す』としても、その過程で死ぬって可能性は許容しておくべき、いや、べきってほどでもないが、そうしてる」


 とカナタは言った。決して押し付けないように、と気を遣って。妙な気分だった。誰かの言葉だろうか、既視感を覚える。


「あなたは矛盾していないように見えるけど?」


 と明菜は問うた。


「矛盾、ね。どうかな。死を許容する時点で、人としてはどうだろうな」


『生きる為に生きている』とすれば矛盾している。これはジレンマみたいなものだ。『死を覚悟して生きる』のなら、いつでも死んでも良い筈なのに、その言葉には生きようと言う意思が潜んでいる。人であれば矛盾するのは当然だ。況してやそれが感情に由来するものであれば。死の許容が人として矛盾していると言うのであれば、人の定義が『死を許容しない』という事になる。しかし、人を殺すなら殺される覚悟をする、あるいは自らの命を賭しても目的を達成させるという考えが人として間違っているとも思えなくなっていた。普通でないだけで、間違ってもいない。


 舞は黙って聞いていた。


「ま、思い詰める必要は無いし、無理に手に入れる力でも無いってことだ」


 とカナタは言った。


 不思議な気分だった。自分には記憶が無い筈なのに、どうしても死を許容して欲しくないと考えていた。最後の最後まで生きる事だけを考えて欲しい。例え、ここが地獄だったとしても。そんな考えが脳髄にこびりついている気がした。


 そのエゴの中に『自分』があると確信した上で、それ以上思考を飛躍させる事はしなかった。恐れ故に。


「そうね。私も後方支援に徹しちゃってるのもあって、死ぬ気なんてさらさら無いし」


 と明菜は言った。それは慰め、あるいは励ましだろうが、舞は首を振る。


「でも、私は駄目なんです」


「何で?」


「例えば明菜さんなら後方支援として役に立つし、藤宮さんは敵の注意を惹きつけられる。でも私は足を引っ張るばかりで……」


「そうなのか?」


 とカナタは明菜へ問うた。それに関しては本当に知らない事だ。舞の話にカナタと御多義が出てこないのは『色持ち』は役に立つ事を言うまでも無いという表れだろうか。


「そんな事も無いと思うけど」


「でも! 私だけ実力が無いのは事実じゃないですか!」


「実力の差なんて関係無いわ。あなたがいて助かってることなんて数え切れないほどあるでしょう」


 と声を荒げる舞を諫めるような声色で明菜は言った。


「そんな……」


「ま、追々身につく事もあるかも知れないしな」


 とカナタは言った。無責任と言えば無責任な言葉だった。


「あなたも手伝ってね?」


 明菜の言葉にカナタは頷き、舞を見る。


「勿論。任せてくれ」


「うん」


 舞の表情は淡く、喜びを見せた気がした。

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