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破滅の世界

 色とりどりの花が、風の後押し受けて可憐に踊る。


 彼女はまるで花のように金色の髪なびかせて、可憐に佇んでいる。白いワンピースは穢れない事を表すようで、やはり風に吹かれて揺れている。二つの透き通った空に似た青はひたすらに彼だけを見つめている。


 一方彼は周囲を見つめて、不思議そうな顔を浮かべた。彼のそんな様子に彼女は上手く歩けない幼子を見るような表情を浮かべて、ゆっくりと歩いて近付く。


 彼は近付く彼女を見つめ、彼女は両手で彼の左手を取る。


「カナタ?」


 と彼女は問うた。


 彼――カナタは依然不思議そうに彼女を見つめたままでいる。


「分からない?」


 カナタは静かに頷いた。彼女はそれを見て、また諦めに似た表情を浮かべた。


「君は……?」


「忘れてしまったの?」


 カナタは俯き、そのまま頷く。


「そう。でも、大丈夫」


 と彼女は言った。


 彼女はカナタの頬に手を当てると、優しく顔を上げさせ、見つめ合えるようにした。


 カナタは、彼女の目を見ていると、花の香に酔うような気分になると感じた。


「一つだけ。これさえ覚えていれば、あとは忘れたって良いの」


「これって?」


 とカナタは口を動かさせた。けれど、カナタは口を動かされた気分だった。


「私の名前。私の名前は……フラン。それだけ、覚えておいて」


 声は暖かい微睡みの中で優しく響いた。


 フランは支柱に絡むアサガオのように一歩彼に近付いて、両手を首の後ろへ回す。その手で彼を惹きつけると、唇を触れ合わせる。


 フランは祈るように目を閉じていた。






「おい」


 ぞんざいな扱いを受けているということを、カナタは理解した。


 雑な声と共に身体が揺さぶられる感覚に、カナタは目を開ける。


 目の前には黒い髪の男がいた。白いティーシャツの上に黒のボタンの無いカーディガンを羽織り、下にはベージュの膝まで隠すくらいの長さのズボンを履いているというラフな格好で、髪も櫛を通していないであろうと予想出来るくらいに好き勝手に伸びて、目に入るくらいの長さの前髪を鬱陶しそうにかき上げたり横に流したりとしている。


 カナタは男を一度を見ると、すぐに周囲を確認する。カナタのいる部屋は天井が無く、上を向けばすぐに雲一つ無い青空を見る事が出来る。肌寒いくらいの空気に、カナタは秋晴れだろうかと考えた。次いで室内はまず前方の壁は斜め崩れており、破片も見られるが、数からして、外側に崩れたのだろうと分かる。そこからの景色から、三階程度の建物の一室だろうと推測出来るが、カナタにはそんな推測をするほどの余裕は無かった。カナタには馴染みの無い景色だったからだ。建物は全て老朽化で崩れたような様子で、ツタが伸びているマンションや、アスファルトの砕けた隙間から草が見えていたりする。


 カナタはベッドから降りて、もうほとんど残っていない壁へと近づく。


「オイオイ危ないぞ。そっちは落ちちまう。つうか日本語分かるか?」


 と男は言った。


 カナタは景色に呆然としつつ、その言葉に呆れ、振り返る。


「何言ってやがる。それよりこれはどうなってる?」


 容姿で15歳前後に見えるカナタが敬語を使う事は無く、20代中盤程度の容姿の男もそれに怒った様子は無く驚くばかりだった。


「どうなってるって? どういう意味だ?」


「分からないか? いつの間にこんなに滅亡してんだっつってんだ」


 とカナタは言った。男は眉をひそめる。


「お前、記憶喪失ってヤツか?」


「馬鹿言え。俺はあのマンションがぶっ壊れる前の景色だって分かるぞ」


「お前、名前は?」


 と男は言った。カナタは暫し考えてから、夢であった事を思い出す。


「カナタだ」


「名字は?」


 と男は問うた。カナタは暫し黙り、首を振る。


「ダメだ。思い出せない」


 カナタは言いながら、俺は記憶喪失かも知れないと思った。


「そうか。俺は御多義みたぎ戸崎御多義とざきみたぎだ。ま、よろしく」


 と御多義は言った。それから、ドアに近付き、開ける。


「何処に行く?」


「腰を落ち着けられる場所だ。お前も来るだろ? 帰る場所でもあるのか?」


「いや」


 とカナタは言って、御多義について行くことにした。




 階段を下りて、玄関から出て行く。


「そういえばお前、日本人みたいな名前だな」


 と御多義は言った。


 ベッドにも靴を履いて寝ていた為に、日本人では無いと思っているのだろう。カナタとしても、自分が日本人かは分からなかった。


「分からない。それについても覚えてない」


「いや、日本人じゃないのは分かるぞ」


 と御多義は言って、マンションの玄関にある黒いガラスへと近づき、そこに映るカナタを指差す。確かにカナタは御多義と異なり、青い目に金色の髪をしていた。これでは日本人では無いと考えるのが妥当だろう。服はティーシャツにズボンで、両方とも白だった。


「確かに、そうじゃないらしい。英語は話せないが」


「何だ、そうなのか」


 と御多義は言った。がっかりした様子だった。


「それより、何でこうなった?」


「ああ、その話か」


 御多義は歩き始め、カナタも隣を歩く。


「お前が覚えているのは恐らく、10年前くらいの時期のことだ。だから俺が15の頃だな」


「聞いてない」


「そう言うなよ」


 御多義は肩をすくめ、カナタはため息を吐く。


「それで、その頃だったかな。あの化け物が侵略してきた」


「化け物?」


心喰こころぐらい。そう呼ばれてる」


 カナタはその言葉に耳馴染みがあった。


「聞いた事はある……気がするが」


「そうか。んで、そいつへの対抗手段を持つ人間が少なくてな。見事をどんどんと死んじまった。ここら辺は心喰も殺しきって比較的穏やかなもんだが」


 御多義は浮かない顔をしていた。


「何故、ここだけそんなに安全なんだ?」


「ここにはフランがいたからな」


「フラン、だと?」


 御多義はカナタの驚いた様子を、興味深そうに見る。


「それも覚えがあるか?」


「ああ。お前の起こされる前に夢で見た女の名前だ」


「夢?」


「ああ」


 御多義は少し考えてから、笑った。


「まあ、そういうこともあるかもな。不思議な女だったしよ」


「そうか」


 とカナタは言った。それで納得した。そうしなければ、目の前の現実を処理し切れないからだ。直近の疑問から解決してくべきだと考えているのだ。


「それで、フランは何をした?」


「フランは、心喰を殺せる女だった。それに、心喰を殺す方法も知っていた。だから、フランに助けられ、フランに対抗手段を教わった人間がいたから心喰を殺しきれたのさ」


「その対抗手段ってのは?」


「それは実際に見せなきゃ信じねえだろうな」


「そうか」


 御多義は空中の手を置き、何かを引き抜く。そして、白い粒が集まっていき剣の形を成した。それと共に御多義の剣は色付いていく。


「ほら、目の前で見なきゃ信じねえだろ?」


「これはどういう理屈だ?」


「さあな。誰も分かっちゃいねえのよ。フランならあるいは分かるかも知んねえが、しかし何処にいるか分かんねえしな」


「理屈も分からないものを使うのか?」


「そうしなきゃ生き残れないんでな」


 と御多義は言って、肩をすくめた。


「それはライフルより信用できるのか?」


「心喰はあらゆる物体を透過する」


 カナタは信じれなかったが、目の前の現実がそれを信じさせた。


「弾丸はすり抜けるってか。なら、何で建物はこんなボロボロなんだ? すり抜けるんなら建物への被害はゼロのはずだろ?」


「心喰ってのは物体の劣化を加速させられるらしい。意図的に壊した訳じゃねえよ。10年あって、だんだんとこうなっていったんだ」


「何でもありだな。その化け物」


「本当にな」


 御多義は言いつつ、刀の背で肩を叩く。


「お前も出せるかも知んねえな」


「どうすりゃ良い?」


「頭の中で思い描けば出るらしい」


 カナタは御多義の言葉に、御多義を疑いの目で見つめつつ、刀を思い描く。するといつの間にか白い剣を握っていた。


「本当だ」


「ほぉ。すげえじゃねえか」


 と御多義は言った、感心している様子だった。


「いや、おかしいだろ。思い描くくらいなら何処かで誰かがやって、この方法を発見しているはずだ」


「心喰が現れた事で何かが変わったのかもな」


「そんなもんか?」


「さあな」


 何処か無責任な様子の御多義にカナタは不審の目を向ける。


 そのまま歩いていると、カナタは白い影を見つける。


「ほう。確かにあれは化け物らしい」


 とカナタは言って、走り出す。御多義は彼方のティーシャツの首の後ろの部分を引っ張って、御多義より後ろへと倒される。


「お前は下がってろ」


 と御多義は言って、白い影へと走り出す。


 白い影は人の姿に羽が生えた、まるで天使あるいは悪魔のようであった。


 御多義は左手をくうへ差し出す。御多義の裾の中から人の手を模した白い何かが無数に伸びていき、白い影――心喰を捉える。四肢を無数の白の手で掴むと、心喰を引き寄せる。しかし、心喰と御多義の間の空間に刀身だけが現れる。心喰は白の手に引かれ刀身に近付き、刀身は心喰を斬り裂く。


「そいつは俺の獲物だ」


 と御多義の後ろでカナタの声が響いた。


 御多義が振り返り、カナタの白い剣が青く色づいていることに気付く。


 御多義は依然倒れたままのカナタへ歩み寄り、手を差し出す。カナタはその手を掴み、立ち上がる。


「やるじゃねえか。お前、何者だ?」


「俺が聞きてえな」


 そんな会話の後、二人は笑い合った。





 金属製の自動ドアが開くと、そこから鉄で囲まれた道が続き、その先でまた金属製の自動ドアが開く。


 そのまま御多義は進み、カナタはそれに続く。


 部屋は広く、天井も余分と思えるほど余裕を持っていて、ソファにはセミロングの髪の女が座っている。

机に添えられた椅子に座る男は本から一瞬視線をカナタと御多義へ向け、すぐに本を戻した。机の男の向かいに座る女は紅茶のカップを置いて、カナタへ微笑みかける。カナタはそれに頷いた。


 セミロングの髪の女は灰色のシャツワンピースに赤いネクタイを付けて、黒いタイツを履いている。室内はカナタ以外黒髪に黒目で日本人に見える。


「戸崎さん。誰です? 外国人さん?」


 とセミロングの髪の女は言った。


「分かんねえな。とにかく、カナタっつうんだ。よろしくしてやってくれ。ほら、自己紹介」


 と御多義は言った。カナタは一瞬御多義を睨む。


「カナタだ。よろしく」


「あ、浅池舞あさいけまいです」


 とセミロングの髪の女――舞は言った。同い年に見えたからか、声色は明るい。黒いセミロングの髪はウェーブがかかっている。


「ああ」


 今度はもう一人の女がカナタを見る。白いチュニックが少し透けており、下の黒いチューブトップが見える。下にはベージュのショートパンツを履いている。髪は肩甲骨辺りまで伸びていて、前髪は赤いピンで止めてある。


「私は宮須明菜みやすあきな。よろしくね」


 明菜は舞と違い落ち着いた様子で、10代後半か20代前半程度に見える。


「よろしく」


 男も本を閉じて、机に置く。白いシャツの上に黒いカーディガンと、黒いズボンという装いだった。前髪は目にかかりそうで、それは御多義と似ているが、櫛を通したように髪は真っすぐに伸びている。


「俺は藤宮謙ふじみやけん。よろしく」


 義務だから仕方ないとばかりの自己紹介にカナタが頷く。


「で? 彼は何なんです?」


 謙の言葉に、御多義は笑顔を見せる。


「こいつか? こいつは心使こころつかいの新入り」


 と御多義は言った。


「ええ!?」


 と舞は驚き、


「そう」


 と明菜は納得し、


「はぁ」


 と謙はため息を吐く。


「知らない単語を出すんじゃねえよ」


 とカナタは文句を言った。

よろしくお願いします。

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