第4章ー4
1932年秋、当時、シェル石油に勤めていたドーリットル(元)米陸軍中尉は、上司にいきなり呼び出されて、問いかけられていた。
「君は、世界大戦時に欧州にいたらしいな」
「ええ、いましたが」
「ということは、日本軍に知己は、当然いるな」
「それはいないとは言えませんが」
第一次世界大戦時の航空の世界は、そう広くはない。
特に日本陸海軍航空隊は、米国製DH4の上得意先だった。
米陸軍航空隊と日本陸海軍航空隊は、共通の使用機があることもあり、お互いの戦技、戦訓等を共有、交換し合って、末期の世界大戦を戦い抜いたのである。
そう答えながら、ドーリットルの胸に悪い予感が広がった。
そして、その予感は当たった。
「よし、日本に行ってくれ」
上司は笑顔を見せて言った。
「話が見えないのですが」
本当は分かっているが、分かっていないふりをする、ドーリットルは内心で腹を括った。
何で、日本に行かないといけないのか、満州の山師の裏支援をしろ、というのは、お断りだ。
だが、上司は押しが強かった。
「おいおい、惚けるのは、大概にしたらどうだ。分かっているだろう」
上司は詳しい説明を始めた。
先日、満州の石油探査に外国企業が参入することになった。
だが、一応は安定しつつあるとはいえ、満州情勢は完全に安心できるか、というと不安がある。
つまり、ある程度はバックアップ、それも裏でも使えるもの、が必要だ。
我がシェル石油も、それなりの手土産を付けて、バックアップを手配する必要がある。
「君に手土産になってほしいのだ。主に日本空軍のな。日本軍というバックがあれば、シェル石油は安心して満州の石油探査を行うことができる」
「私は物ではありません」
全く入社等でお世話になり、自分を航空部の支配人に引き立ててくれた人物であるこの上司でなければ、辞表を書きたくなるレベルの話だ。
「まあまあ、そう言わず、この書類にサインしてくれ。その代りと言っては何だが、ハイオクタン燃料の開発にはもっと費用を出してやるから」
ドーリットルは、その書類を見た。
いろいろと書いてあるが、結論は簡潔、極まりない。
要するに、自分を東京にあるシェル石油日本支社の支社長に任命するという話だ。
全く完全に周りを固めている。
自分は断りようがない。
しかも、日頃から自分が訴えているハイオクタン燃料開発に費用をつぎ込むという見返りまである。
ドーリットルは観念し、東京行きを承諾した。
ドーリットルは、1932年12月、日本支社長として、東京に着任した。
早速、いろいろとあいさつ回りをする。
当然、世界大戦で勇名を轟かせた大西瀧治郎中佐らと久々に顔を会わせることにもなった。
「お前がドーリットルか。計器飛行の重要性とか、良くわかっているそうじゃないか。是非とも、色々と教えてくれ」
中でも大西中佐は、ガハハと豪快に笑いそうな顔までしてドーリットルを歓迎した。
ドーリットルは、航空工学で博士号を持つ存在であり、計器のみを用いた目隠し飛行に、実際に自分で成功しており、自動操縦装置の開発に力も入れていた。
「安心しろ。全面的に日本空軍は、シェル石油の味方になってやる。その代りだな」
「分かっていますよ。それなりの見返りを出せ、というのでしょう。米軍の軍機に関わる見返りは、お断りですからね」
「そんなものまで要求はせん。計器飛行のための装置とか、更に自動操縦装置の開発にだな」
「日本の工業技術で量産できるのですか」
「これは痛いところを突くな」
ドーリットルの切り返しに、大西中佐は苦笑いした。
「ま、とにかくいろいろと便宜を図ってくれ」
「分かりましたよ」
ドーリットルはため息を吐きながら思った。
石油が本当に無いと大赤字だ。
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