第4章ー3
満州国のトップの蒋介石から、満州国内の油田探査等につき、米国政府直々に米企業の積極参入を認めてほしい旨の要請があったことは、日本政府にも、すぐに連絡が届くことになった。
そして、1932年夏、成立したばかりの斎藤實内閣の閣議では、激論が巻き起こる事態となっていた。
満州国内の油田探査に、米国の積極的な関与を認めるのか、どうか。
感情的には認めたくない、だが、理性的には認めざるを得ない。
斎藤内閣の閣僚は懊悩した。
前田米蔵商工相が、まず口火を切った。
「私個人としては、満州国内の油田探査に米国の協力は不要と考えますが、いかがか」
渡辺錠太郎陸相は、それを受けて言った。
「私も個人的には拒絶すべき、満州国内の油田探査は自力で行います、と蒋介石に言わせたいですが。実際問題として、それで、もし、見つけられる筈の油田を見つけそこなっては、元も子もないと思います」
岡田啓介海相も、渡辺陸相に半ば同意した。
「渡辺陸相と同意見です。油田があればですが、私も、隠密裏に日本が油田探査に協力することで、満州国と日本で油田と言う果実を分け合いたい。でも、それによって、油田が見つからないのでは、意味が無い」
内田康哉外相が、それを受けて発言した。
「日本の国民感情の側面も考える必要があります。満州国内に油田が本当に見つかった場合、それに米国企業が積極的に関与するのを、日本の国民は歓迎するでしょうか」
斎藤首相は、これらの意見を聞いて、考え込んだ。
これまでの発言を聞き、ずっと黙ってそれを見ていた高橋是清蔵相が発言した。
「満州の油田探査について、米国の参入を認めましょう」
閣議の参加者全員が、高橋蔵相に注目した。
「端的に考えませんか。日本にとって、近くの油田は必要不可欠です。そして、正直に申し上げると、満州の油田探査開発には、金が相当かかります。今、日本の財政は、恐慌脱出の為に、かなりの無理をしています。積極財政派の私でも、そろそろ財政を絞らねば、と考えつつあるのです。そうした状況下で、日本と満州だけで、当てもない油田探査にお金を大量につぎ込めますかな」
高橋蔵相は、長広舌を振るった。
高橋蔵相は、立憲政友会総裁も務め、また、首相も経験したことがある政界の長老である。
また、高橋無くして、日本は日露戦争を戦えなかった、と財政に詳しい人ほど絶賛する財政手腕の持ち主でもあった。
その一言は、閣議に参加している者の胸に響き渡った。
高橋蔵相が、ここまで言うのだ、米国企業の参入を認めないわけには行くまい。
斎藤首相が、高橋蔵相の言葉を受けて言った。
「実際問題として、満州国内で大規模な油田が見つかる公算はかなり低いだろう。もし、大規模な油田があるのなら、油徴がある、として清国の官吏なり、張作霖の幕僚なりが、言っているだろうからな。そんな状況にある満州に油田探査の為に、大金を日本の国家財政からつぎ込むわけには行かないだろう。まずは、日本経済の世界大恐慌からの脱出を優先すべきだ。米国企業の参入に、日本政府は賛成の旨、米国政府に伝えようではないか」
斎藤内閣の閣僚は、皆、その一言に肯かざるを得なかった。
だが、米国企業が参入したとして、本当に満州に大油田が存在し、かつ、それを見つけることが出来るのだろうか、と懐疑心を抱く者が、口には出さなかったが、斎藤内閣の閣僚の大半を占めていたから、斎藤首相の決断を受け入れたのも事実だった。
(斎藤首相自身、後年、まさか、本当に満州に大油田があったとは、と驚いた、と述懐している。)
しかし、本当に満州国内に油田は存在していた。
それも世界が驚くほどの規模の油田であり、これによって世界は激動する。
ご意見、ご感想をお待ちしています。




