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幕間3-4

 予め覚悟して、犬養毅首相の葬儀に参列していたとはいえ、土方勇志伯爵は、林忠崇侯爵に、葬儀の後も付き合うことになった。

「まあ、付き合え」

 との林侯爵の一言から、半ば強引に、葬儀の帰りに、土方伯爵は連れ回されてしまった。

 そして、林侯爵の馴染みの料亭に、土方伯爵は引っ張り込まれて、林侯爵の懐旧談の聞き手にされた。


「本当に。土方提督に直接、面会して、話したことのある人が、また、あの世に行きましたな。わしも、もうすぐ行きます。その際は、暖かく出迎えてください」

「父は、林侯爵を暖かく出迎えてくれますよ」

 と土方伯爵は、いつの間にか、酒を過ごした林侯爵を、半ば慰めながら、付き合っていた。

 当初は、林侯爵と犬養首相の交友関係の懐旧談について、土方伯爵は話を聞かされていたのだが。

 いつの間にか、西南戦争に話が飛んでしまい、更に酒に呑まれた林侯爵は、土方伯爵と父の土方歳三提督を混同して、話をしているのだった。

 こりゃ、いかん。

 そろそろ、林侯爵の酒を止めねば、土方伯爵は、そう内心で決意して、自ら話を切り替えることにした。


 どこまで効き目があるか、自分でも疑問を覚えながら、土方伯爵は、林侯爵に別の話を振った。

「犬養首相が亡くなられたのは、本当に残念なことですが、後継の首相はどなたがなられるでしょうか」

「うん、鈴木に決まっておるだろう」

 トロンとした酔眼を土方伯爵に向けて、林侯爵は答えた。

「鈴木とは、鈴木貫太郎侍従長ですか」

「酔っておられますな。土方提督。鈴木喜三郎内相に決まっております」

 わざと惚けた回答をした土方伯爵に、林侯爵は、そう答えた。

 やれやれ、泥酔した人間に、酔っていると言われるとは、土方伯爵は、内心で肩をすくめた。


 実際、この時点、5月19日の深夜時点で、犬養首相の後継首相として、世評が最も高かったのは、鈴木喜三郎内相だった。

 鈴木内相は、立憲政友会の最有力者であり、犬養首相の死に揺れる立憲政友会を早々に取りまとめ、立憲政友会の総裁を務めていた犬養首相の後の後継(臨時)総裁として、5月17日に就任していた。

 濱口雄幸首相の暗殺未遂事件から考えても、こういった場合、鈴木内相が首相になるのは順当と言えた。

 だが、敵も多かった。


 まず、平沼騏一郎枢密院副議長が、鈴木首相の誕生に不快感を示した。

 鈴木内相は、司法省官僚時代は、平沼枢密院副議長の子分といえる存在であった。

 平沼枢密院副議長自身、首相就任の願望を長く持っており、子分が先に首相になるのが、我慢できなかったのである。

 また、森恪をはじめとする立憲政友会の反鈴木派も、平沼枢密院副議長を首相に推すことで、鈴木内相を迎えようとしていた。


 更に、こういった場合に、後継首相を天皇陛下に推薦する元老の西園寺公望や山本権兵衛も、鈴木内相に不安感を持っていた。

「鈴木内相を首相にして大丈夫だろうか」

「どうにも不安がありますな」

 西園寺と山本は、そう会話せざるを得なかった。


 今、日本は、満州事変の渦中にあった。

 米韓と適度に折り合いを付けつつ、蒋介石政権を後援して行けるのか。

 また、世界大恐慌脱出の切り札として、第二次若槻内閣時代から懸案となっている英のスターリングブロックへの日本の加入問題についての交渉。


 鈴木内相は、外交面について、余りにも経験が浅い上に、国粋主義者の側面が強く(最も平沼枢密院副議長は更に国粋主義者だった。)、外交問題をうまくやれないのではないか、と西園寺、山本の両元老は懸念せざるを得なかったのである。


 更にこの問題について、陸軍が口を挟んできた。

 昨年の荒木貞夫将軍のクーデター未遂の一件で失墜した陸軍の権威回復の好機と、陸軍はうごめいたのである。

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