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第3章ー41

 このように満州派遣総軍司令部は苦悩しつつ、熱河省侵攻作戦を1932年4月1日を期して発動することになったが、同様にジュネーヴの国際連盟本部でも、日本の代表団は苦悩していた。


「どうしても熱河省侵攻作戦は発動されるというのか」

「ええ、日本政府は満州派遣総軍司令部の主張を受け入れたとのことです」

「そんな無謀な。ただでさえ、国際世論は日本に冷たいのに、更に冷たくなるぞ」

「だから、どうした、というのが、日本政府からの指示です。厚顔無恥な態度を押し通せ、とのことです」

「まさか、日本以外全ての国が、日本の主張に反対してもか」

「そのとおりです」

 日本から来た使者の返答を聞いた、松岡洋右代表は、絶句してしまった。


「私には耐えられない」

 暫く沈黙した末に、松岡代表は、心の底から絞り出すような声を上げた。

「世界各国の外交官全てから冷たい視線を浴びながら職務を私に遂行しろ、というのか」

 続けて言った松岡代表の言葉は、真情から出たものだった。


 だが、日本から来た使者は、松岡代表の態度を冷笑するばかりだった。

「でしたら、日本の外交官として認められません。辞表を書かれてはいかがです。それとも、犬養首相から免職処分を発令しましょうか」

「ジュネーヴまで行っておいて、わしに恥を重ねろ、というのか」

 松岡代表は憤ったが、使者は冷たかった。

「そのとおりです」

 松岡代表は、思わず使者に掴みかかろうと思ったが、何とか自制した。

「それでは、失礼します」

 使者は、松岡に背中を向けつつ、思った。

 ここまで釘を刺しておけば、松岡はジュネーヴで居座り続けるしかあるまい。

 勝手にスタンドプレーをされては、外交では困るからな。


 実は、元外務省官僚でありながら、代議士に転身した松岡代表は、外務省からは元々浮いた存在だった。

 そして、幣原前外相のいわゆる幣原外交を批判することで、立憲政友会の対外強硬外交派の論客代議士として名を馳せることになった松岡代表は、外務省内から、ますます浮くようになっていた。

 何で、そんな松岡をジュネーブに送り込んだか、というと犬養首相の深謀遠慮があった。

 犬養首相は、親友の林忠崇侯爵に、次のように真情を吐露したという。


「おそらく、ジュネーブでは、我が日本が満州で取っている行動は、好感を持たれていないでしょう。下手をすると、日本が孤立する事態もあり得る」

「そのとおりでしょうな。軍事的には有利なことが、外交的には不利なこと。また、逆に軍事的には不利なことが、外交的には有利なこと。そういった事例は、歴史上、枚挙にいとまない程です。日本が蒋介石率いる政権を支持して援助を与えることは、宗教、民族対立を間接的に煽るものに他なりません。どう見ても、ジュネーヴの空気は、日本に冷たいものになるでしょう」

 犬養首相の言葉に、林侯爵は、そう肯きながら言ったという。


「ですから、この際、立憲政友会の一番の過激派を、ジュネーヴに送り込もうと思うのですよ。そうすれば、日本が孤立した場合に、却って国際連盟から日本は脱退できなくなる。過激派ほど、日本外交の自由を確保するために、国際連盟からの自由を主張していますからね」

 犬養首相の言葉に、林侯爵は目を見開きながら、何とも言えない表情を浮かべた。


「成程、一番の過激派が、国際連盟脱退反対を唱えざるを得ない状況を生み、それによって、日本が国際連盟に居座ることで、逆に中国を国際連盟から追い出すつもりですな」

「そこまで、うまくはいかないでしょうがね。ですが、そういった状況を生み出せれば、と私は考えてはいます」

 考え込んだ末、林侯爵が言った言葉に、犬養首相は皮肉交じりの口調で言い、それに林侯爵は肯いた。 

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