第3章ー23
それと相前後した頃、米国の首都ワシントンでは、フーヴァー大統領とスティムソン国務長官が、満州問題等について話していた。
「軍部や国務省の一部の暴走は、秘密裡の処理が済んだか」
「はい。外部には漏れずに済みました」
スティムソン国務長官の答えに、フーヴァー大統領は満足そうに肯きながら、言葉をつないだ。
「全く祖国を愛するが故、という弁明は分からんでもないが、もう少し上に連絡した上でやってもらわないと困るね。日本の外務省から情報提供を受けた際には、心臓が止まるか、と思ったよ」
「はは、現職大統領をショック死させられては困りますな」
スティムソン国務長官も、日本の外務省から、満州事変の際の米国の関与に関する情報提供を受けた際に、実はショック死しそうになったのだが、それは棚に上げて、自らの内心を誤魔化して笑った。
関東軍高級参謀の板垣征四郎大佐は、米韓の満州での謀略に気づいた後、関東軍を動かすと共に、在満州の政府関係機関や、民間の関係者にまで、秘密裡の協力を求めた。
幾ら同盟国とはいえ、満州の地で一番血を流したのは日本であるのに、日本に断り無く、勝手に米韓が満州を荒らすのか、という想いから、板垣大佐に秘密裡に協力する日本人は多数いた。
米韓が満州で謀略を巡らすのは認められるが、その前に日本に断りは入れろ、という理屈である。
そういった協力者の存在により、板垣大佐は米韓の謀略の尻尾を掴むことができた。
板垣大佐は、それをブリュッセル会に流し、それが更に林忠崇侯爵の手を経て、犬養毅首相の手に入ったのである。
犬養首相は、それを外務省を通じて、米国政府に渡すことにした。
勝手に人の縄張りを荒らした落とし前を付けろ、ということである。
日本がその情報を英国等に流せば、米国政府は窮地に陥る。
米国政府は、慌てて身内の大掃除に取り掛かる羽目になった。
「内部処理は、無事に済みました。そして、これまで事実上は南満州だけしか、米国は日本と共同した勢力を持っていませんでしたが、犬養首相は、蒋介石との仲を取り持って、熱河省を含む満州全体の市場を米国にも開放しようとしてくれています。事がうまく行けば、米国の利益は充分に確保できます」
スティムソン国務長官は、フーヴァー大統領に声を掛けた。
だが、フーヴァー大統領は複雑な表情を浮かべたまま、少し物思いに耽った。
「それにしても、日本が最も血を流すのだから、満州に派遣する米軍等の物資調達は、今後は全て日本に任せるという代価は少し高すぎないかね」
沈黙の時間が過ぎた後、フーヴァー大統領は、スティムソン国務長官に問いかけた。
フーヴァー大統領の本音としては、このことに少しでも米国企業に関わらせることで、世界大恐慌の痛手から米国を回復させたかった。
それに対して、スティムソン国務長官は、(内心では)肩をすくめながら言った。
「それなら米軍に血を流してください、と犬養首相に言われますよ。米軍をこれ以上、満州に派遣して米国人の血を流すのは、私にはご免被ります。米国民は満州で血を流したがっていませんからね」
「確かにそうだな。満州で血を主に流すのは、日本人であるべきだな。それくらいの代価は止むを得ない話と割り切るしかないか」
フーヴァー大統領は、スティムソン国務長官の言葉に、そう答えざるを得なかった。
「それに蒋介石なら、我が米国の意向を良く聞いてくれるでしょうからね。五族共和主義も認めてくれましたし、韓国政府も不承不承ながら、満州に蒋介石率いる中華民国政府ができることは支持しています。我が国は、蒋介石を張作霖の代わりの存在として中国権益を維持すべきです」
スティムソン国務長官は力説した。
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