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第1章ー6

「土方は、ロンドンでうまくやっておるか」

 この老爺にしてみれば、海兵本部は、旧知の若者が集っている場に過ぎないのかもしれないな。


 眼前の人物に対して、らしからぬ想いを、海兵本部長の米内光政中将は抱いた。

 予備役元帥海軍大将にして、侯爵の爵位を持ち、貴族院議員でもある人物とは思えぬ。


 林忠崇侯爵は、海兵本部にいきなり現れ、海兵本部長室に乗り込んでいた。

 他の人物なら、海兵隊員の誰かが押し止めてしまうが、海兵隊の半伝説と化した存在を止められる者などいない。

 丁重に海兵本部長室にお通しされてしまった。

 そして、米内中将は、差し向かいで、林侯爵と話し合うことになり、冒頭の場面に至るわけである。


「うまくやっているようです。財部海相の妻は小さくなっているそうです」

 米内中将は惚けた。

「そうか、そうか。ロンドンに土方をやった甲斐があった。女房を連れて、ロンドンに財部海相が行くとは何事だ、と怒った東郷元帥らの怒りを少しは宥められたかな」

 林侯爵も惚けた回答を、まずはしたが、その後の科白に、米内中将は驚いた。

「ロンドン海軍軍縮会議の件で、軍令部と海軍省が大喧嘩を始めそうだが、海兵隊は全面中立を保て」


 米内中将は、海兵隊の中でも軍政を司る海兵本部の本流を受け継ぐ存在だった。

 荒井郁之介、本多幸七郎、斎藤實、内山小二郎、鈴木貫太郎ら、海兵本部長の大先達からの伝統を受け継いでいる。

 大鳥圭介、林忠崇、一戸兵衛、土方勇志ら、軍令を司る海軍軍令部次長(海兵隊担当)と一対を成す存在ともいえる。

 だからといって、米内中将が戦場を知らない存在ではない。

 ヴェルダン戦等、世界大戦でも激戦を経験しており、先年の日(英米)中(限定)戦争でも、戦場に赴いている。


「それは。その方が、海兵隊は傷つかずに済むかもしれませんが、海軍省から恨まれませんか」

 米内中将は疑問を呈した。

 林侯爵は、海軍省に味方していると思われており、当然、海兵隊は海軍省側と軍令部は睨んでいる。

 軍令部に勤めている海兵隊員の多くが肩身の狭い思いをしていると、永野修身海軍軍令部次長から、内々に話が自分の所にくるくらいだ。

 米内中将の本音としては、軍令部が海兵隊を敵視するのなら、こちらも本格的に海軍省につくぞ、と軍令部に言いたいくらいだった。


「海兵隊は、海軍本体のことに容喙しない。その代り、海軍本体は、海兵隊に容喙するな、というのが、海兵隊の伝統的立場だ。その伝統を護れ」

 林侯爵は、米内中将を戒めた。

「確かにそうですな」

 米内中将も肯定した。


「ああ、わしのことは気にするな。わしは結果的に海軍省の側に立っただけだ。全く、東郷が動かないのだったら、わしも動くつもりは無かったのだが」

 林侯爵は半ば独り言を言った。

 米内中将は思った。

 相変わらず、東郷平八郎元帥と林侯爵は犬猿の仲か。


「分かりました。海兵隊をその線でまとめます」

 米内中将は言った。

「ところで、鈴木貫太郎侍従長は、何か言ってきたか」

「別に私のところに言って来てはいませんが」

 林侯爵の問いかけに、米内中将は言葉を濁した。

 実際、鈴木侍従長から、この件に関して自分は話を聞いていない。


「今上天皇陛下が、ロンドン海軍軍縮会議で何か動こうとするのなら、それをお諌めするように、鈴木には予め言っておけ」

 林侯爵は、米内中将に伝言を頼んだ。

「天皇陛下の御言葉は、最終手段だ。今は、それを使う時ではない」

「分かりました。確かにそうですな」

 米内中将も肯いた。

 たかが、海軍軍縮会議の結論で、天皇陛下が動いたとあっては、天皇陛下の言動が軽んじられるし、他にもいろいろな影響が出るだろう。

「それでは、よろしく頼む」

 林侯爵は、米内中将の下を辞去した。

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