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第3章ー13

 李提督もそうだが、現在、韓国国民の多くにとっては、高句麗と、その遺民が建国した渤海は、朝鮮民族の国家と考えられている。

 だが、現在の中国政府はそれを否定し、高句麗や渤海は、中華民族国家だと宣伝していた。

 更に、それを敷衍して、唐の時代、高句麗や百済を唐が滅ぼし、一時、新羅が唐の年号を用い、新羅王が唐の大都督に任じられていたことから、朝鮮半島全てが本来は中国領であると主張する政治家が、中国政府の中枢にいるようになった。

 これに対しては、韓国政府は猛抗議を行い、日本等の諸外国の政府も不快感を示していたが、中国政府はそれを黙認していた。


 相手がその気なら、こっちも言わせてもらう。

 韓国の民族主義者(その中には、韓国の国会議員までいたが)は、高句麗や渤海は、朝鮮民族国家である以上、その領土は本来、韓国の領土だと対抗して主張するようになった。

 具体的に言うならば、遼東半島をはじめとする南満州、及び沿海州は韓国領だという主張である。

 これに対して、歴史のねつ造に基づく主張だと中国政府は、韓国政府に猛抗議をし、積極的に取り締まるように求めたが、韓国政府は、中国政府に対し、高句麗や渤海は朝鮮民族国家であると、歴史をねつ造せずに公式に認めよ、と逆に反論する有様で、大歴史論争が巻き起こっていた。


 そう言った点からすると、「乙支文徳」という艦名は、中国政府に対する公然たる挑発行為とも言えた。


 李提督は、表立ってはいないが、隠れた民族主義者の信念を持っており、そうしたことから満州事変の陰謀に積極的に加担することを決意したのだった。

 更に、もう一つ、李提督には満州事変の陰謀に加担する理由があった。


「米内、君個人とは友人になれるが、君の所属する組織を、私は心の奥底まで赦せはしない」

 李提督は、かつて日本の海軍兵学校の同期生として共に学び、相手は自分のことを友人だと思っている人物の事を想った。

 

 李提督は、全羅道の出身で、1880年の生まれだった。

 東学党の乱の際に、日本の海兵隊は、(表向き)朝鮮政府の依頼を受け、それを鎮圧している。

 確かに、海兵隊は、サムライの異名にふさわしく、略奪等の行為は行っていないし、捕虜も治療を施したうえで、武装解除の上で基本的に解放している。

 捕虜の中には、帰宅する際に糧食が要るだろう、と海兵隊員から解放の際に過分な穀物等を手渡されたものまでいて、その恩義が語り継がれているほどだ。

 だが、故郷の山河が、外国の軍隊の軍靴に踏みにじられたのも事実で、その屈辱と恨みは、当時、十代半ばの多感な時期だった李提督の頭の中で、完全には溶けてはいなかった。


 満州で米韓が中国と戦乱に突入すれば、日本も米韓を救援するために、満州に派兵せざるを得なくなる。

 そして、日本の派兵部隊の主力になるのは。

 言うまでもなく、海兵隊だった。


「日本の海兵隊は、満州の地で、我が祖国、韓国の為に、血を流すことになるだろう。かつて、東学党の乱の際に、我が故郷を軍靴で踏みにじったのだ。それくらいの報いは受けてしかるべきだ」

 李提督は、内心で呟いた。


 そんなふうに内心で思っている李提督を、「乙支文徳」の艦長である姜大佐は、無言のまま、見やった。

 姜大佐も、全羅道の出身ではあるが、1890年の生まれであり、李提督とは10歳の歳の差があった。

 その年齢の差が、共に日本の海軍兵学校に留学して、海軍軍人の素養を身に着けた同士でありながら、対日感情の差異を主に生んでいた。


 姜大佐は、内心で苦悩していた。

「本当に、今回の謀略を断行して、良かったのだろうか。自分の日本の海軍兵学校での同期、39期生の過半数が、世界大戦の際に亡くなっているというのに」



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