表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/120

第3章ー7

 その後、梅津美治郎少将と、林忠崇侯爵は更に詰めた話をしたうえで、一旦、別れた。


 林侯爵は思わず考え込んだ。

「わしも年老いたせいか、甘くなったな。以前だったら、梅津らブリュッセル会の行動を叱り飛ばしたうえで、即刻、陸軍の大幹部に報告したろうに。最も、わしの陸軍の知り合いも減る一方だが」


 西南戦争の自分の上官、山県有朋元帥どころか、山県元帥からいわゆる長州閥の後継者として期待された桂太郎や寺内正毅さえ、既に鬼籍に入っている。

 林侯爵の同年代どころか、後輩たちでさえ、三途の川を渡りつつあるのだ。

 特に欧州の戦野を共に駆け巡った、自分より10歳以上若い秋山好古元帥陸軍大将が、自分より先に三途の川を渡ってしまったのは、林元帥の寂寥の想いをあらためて強めるものだった。

「諸葛孔明の寂しさが分かるな。自分より後に亡くなる筈の若い者が。わしに先立って亡くなるとは。何でわしより先に逝ってしまうのだ」

 林侯爵は、しばらく自らの涙をどうにも止めることが出来なかったが、無理に涙を止めて、独り言を言った。

「老提督の最期の御奉公と思って動くか」


 だが、皮肉にも歴史は、林侯爵に更に10年の寿命を与え、こき使うのであった。


 梅津少将と話し合い、陸軍三顕職の一人を引き込む内諾を、林侯爵は梅津少将から得ていた。

 実際問題として、ブリュッセル会の行動は違法なのか、と言われると微妙なところがあった。

 何故なら、板垣大佐でさえ、米韓の工作員が暗躍している、ということしか掴んでいないからである。

 米韓の工作員の行動の詳細が掴めるまで、上官への報告を待っていた、という言い訳が、実際に今回の行動が問題になった際に通らないのか、というと全く通らない訳ではないのだ。

 だが、陸軍の最上層部が誰一人知らないままというのは、やはり問題がある。

 一晩、考え込んだ末に、林侯爵は、ブリュッセル会の為に口添えをしてやることにした。


 教育総監の武藤信義大将は、いきなり林侯爵が訪問してきたことに面食らった。

「何事でしょうか」

「いや、日露戦争の思い出話をしに来た」

 林侯爵は笑いながら、いきなり言った。

「仕事中です。休日にお願いします」

 武藤大将が、さすがにむっとした思いをしながら言うと、林侯爵は真顔になった。

「本当は、ちょっとお前の耳に入れておいた方がいい話を聞いてな。二人だけになれんか」


「成程、満州で妙な動きがあると」

「お前は以前、関東軍司令官を務めていたことがあるだろう。ある程度の事が推測できるのでは、とわしは考えて、お前に話そうと思ったのだ」

 武藤大将と林侯爵は、密談をしていた。

 林侯爵は、出所は伏せて、梅津少将から耳にした話を武藤大将にしていた。


「ところで、誰から、その話を聞いたのです」

「風の便りに聞いた、というのは冗談だ。本当は、陸軍のある士官から聞いた。だが、わしも、そいつに約束したからな。今は秘密にさせてくれ」

「誰かは推測できますがね」

 林侯爵の答えに、武藤大将はため息を吐きながら更に言った。

「今回の話については、私が報告を受けたものの、そのまま握り潰していたことにしてくれ、という訳ですな」

「そう言うことだ」

「南陸相や渡辺参謀総長が納得しますか?」


「南に話すと内閣に漏れる。そうしたら、この話は潰れる。それに、渡辺の手は汚したくないのだ」

「私の手を汚すのはいいのですか」

「その見返りが、満州派遣軍総司令官への推薦と言うのはどうだ」

 林侯爵の返答に、武藤大将は目の色を変えて言った。

「私に大山巌元帥の役をやれと」

 林侯爵は黙って肯いた。


「酷い話を聞かされました。この件は、私の肚に収めましょう。戦場に立つのは、武人の本懐だ」

 武藤大将は力強く言った。

 ご意見、ご感想をお待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ