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第2章ー12

 1930年3月、生糸を皮切りに、日本の商品相場は暴落を連鎖的に起こしだした。

 これにより、相次いで、工場は操業時間の短縮に踏み切り、企業の多くはリストラを考え出すようになった。

 そして、真っ先に標的となったのは新規採用者だった。


「お前はいいよな。予備役士官で、軍隊に入れて」

「軍隊に入れると言っても、給料が最初から1割削減されていて、生活が苦しそうだ」

「何言ってる、採用取り消しになった俺からしてみれば、お前は羨ましくて仕方ないぞ」

 そんな会話が、大学の卒業式の際にあちこちで交わされた。

 結果的にだが、1930年3月期の大学卒業生の内、2割が就職浪人を余儀なくされたのである。


 相前後して、米内光政海兵本部長は、山梨勝之進海軍次官に談じ込んでいた。

「予備役士官として、いわゆるお礼奉公を済ませた士官の就職先ですが、採用条件が食い違っているという苦情が多数、出ておるそうです。海兵本部は、そういった企業に採用条件を守るように働きかけをするつもりですが、海軍省からも、企業に対して、きちんと採用条件を守るように話していただきたい」

「分かっている。だが、企業の方も、かなり苦しいらしい。雇用を維持するだけで精一杯なので、採用条件が食い違うことについて、少々は目をつぶって欲しい、と多くの企業が言っている。阿部信行陸軍次官も、かなりこの事には苦慮しているらしい」

「いずこも同じですか」

 山梨海軍次官の返答に、米内海兵本部長は渋い顔をしながら、そう言うしかなかった。


 さて、1930年当時、日本の農業の主な基盤は、米と生糸である。

 その内の生糸の価格が、米国経済の失速により、暴落したことから、濱口雄幸内閣は、米の価格維持に腐心せざるを得なくなった。

 朝鮮米をはじめとする外米に対し、高関税を急きょ課すこと等により、内地米の米価維持を図り、この事はある程度は成功したが、これはこれで、同盟国の韓国の国民の間で憤激を招いた。


「同盟国たる我が国の米にまで高関税を課し、日本への輸出障壁を作るとは、我が韓国を敵視する政策である。何としても取り止められたい」

 韓国政府からの正式な抗議まで受ける羽目になったが、濱口内閣は事実上無視せざるを得なかった。

 そうしないと日本国内の農村票が、立憲民政党から逃げるのが目に見えていたからである。

 だが、このことは結果的に高くついた。

 日本という輸出先を失った朝鮮米は、韓国内で暴落し、韓国の農村を疲弊させたからである。

 この際の韓国民の恨みが、満州事変の際の韓国の暴走の一因となる。


 1930年当時、濱口内閣は世界大恐慌に伴う昭和(農業)恐慌に対して、いろいろ景気対策を講じようとしたが、皮肉なことに濱口首相が三顧の礼をもって内閣に迎え入れた経済の専門家、井上準之助蔵相が、濱口内閣の景気対策の最大の阻害要因になってしまった。


「私は、昨今の日本の財政事情に鑑み、更なる緊縮予算を継続せざるを得ないと考えます。景気対策としてばらまき予算を組むのは、立憲政友会の放漫財政という失政を、立憲民政党が全く反省せずに採用するということです。ロンドン海軍軍縮条約によって、軍関連の予算を縮小し、緊縮予算が実現できそうなのに、それを無にしようとは、考えなしにも程がある」

 井上蔵相は、閣議の席でそこまで発言したという。

 井上蔵相がこの態度を堅持する限り、濱口内閣は、緊縮予算を継続せざるを得なかった。


 井上蔵相がここまで強気な態度であったのは、1930年当時は、英国政府が金本位制を死守しようとしており、米国政府もこの世界大恐慌について楽観的な見込みを崩していなかったためだが、このことは致命的な結果を日本にもたらした。 

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