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第2章ー8

 幾ら林忠崇侯爵と言えど、苦手なものはある。

 軍人として生涯を過ごしてきた以上、経済、金勘定の理解、説明がうまいはずがない。

 しかも、その相手が日本でも有数の専門家とあっては、説明には難儀せざるを得なかった。

 自ら、高橋是清元首相に会い、戊辰戦争以前の万延小判の例まで持ち出し、一応、金解禁を旧平価のままで断行する危険性を説いたが、高橋元首相は渋い顔をするばかりだった。


「林侯爵が懸念されるのは最もですし、私にも金解禁を旧平価で行う危険性が分からないわけでもない。私だって、幼いながらも、万延小判が出た際の混乱を、おぼろげながら覚えているくらいです。ですが、貨幣法改正を行うとなると、立憲政友会と立憲民政党が手を携える必要がある」

 高橋元首相は、林侯爵に説いた。

「今の立憲政友会の党首は、田中義一前首相です。しかし、本当に体調不良がかなり酷く、立憲政友会は動くに動けません。そうなると、金解禁は一刻を争う以上、旧平価で行うしかないと考えます」

 高橋元首相は、林侯爵に諄々と更に説いた。

 林侯爵は、やはり難しいか、と臍を噛む思いした。


「一応、井上準之助や三土忠造といった面々に私から話はしますが、あまり期待なさらないでください」

 高橋元首相の反応は、林侯爵からすれば、現実的とはいえ、冷たいものだった。

 その後も、林侯爵は色々と伝手を辿って運動したが、何れも反応は芳しくなかった。


 だが、事態は急転する。


「犬養さん、あんたしかおらん。頼む、立憲政友会を救ってくれ」

「田中総裁が急逝した今、あんたが乗り出してくれんと党内が割れてしまう」

 犬養毅代議士の前に、立憲政友会の中堅代議士数名が集まって、犬養に対し、立憲政友会総裁への就任を懇願していた。


 1929年9月29日、立憲政友会総裁、田中義一前首相が急逝したことから、立憲政友会は新総裁を選ぶ必要が急きょ生じた。

 立憲政友会に、犬養以外に、総裁候補がいなかったわけではない。

 鈴木喜三郎、床次竹二郎の2人が、新総裁として自ら名乗りを上げていた。

 だが、2人共、脛に傷があった。


 鈴木は、司法次官や検事総長を務めた経歴があり、田中義一内閣においては内相を務めている。

 党内第一の実力者としての声望も持っている。

 だが、初の普通選挙が実施された第16回衆議院議員総選挙では、大々的な選挙干渉を内相として実施したことから、選挙中から、野党の立憲民政党のみならず、世論からも非難を浴びせられていた。

 更に総選挙の結果、与党の立憲政友会は第一党にはなったものの、過半数を確保できなかったことから、その最大の戦犯として、立憲政友会内部からも、鈴木は非難を浴びせられた。

 そのため、鈴木は内相を辞任、雌伏する羽目になった。


 床次は更に事情が複雑だった。

 原敬が立憲政友会総裁を務めていた頃からの長老代議士ではあるが、立憲政友会に当初は入っていたものの、党内の方針を巡って、同志を誘って脱党し、一時は立憲民政党の代議士を務めていたことさえあった。

 その後、立憲民政党内で政治方針を巡って、床次は、孤立するようになったことから、又も立憲民政党から同志と共に脱党して、新党倶楽部を結成した。

 更に、田中前首相の病状が悪化していることから、今、新党倶楽部を立憲政友会に合流させれば、自分が立憲政友会総裁になれるとして、新党倶楽部を立憲政友会に合流させている。

 余りにも無節操だということで、世論から、床次は評判が悪かった。


 こういった事情から、鈴木、床次双方から距離を置く中間派は、立憲政友会を立て直すため、「憲政の神様」として世評の高い犬養を立憲政友会の新総裁に迎えようと、犬養に対して三顧の礼を尽くしていたのである。 

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