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第2章ー6

 高畑誠一は、あえて悪い表情を浮かべながら言った。

「外債の償還は考えから抜け落ちておりました。ですが、大名貸しという言葉があるように、何とかなるような気がします」

「これは、元大名に対し、きつい事を言われる」

 高畑の一言に、逆に虚を衝かれた林忠崇は苦笑いをした。


 少し、この2人のやり取りを補足する。

 江戸時代、大名に大坂の両替商等が金を貸すことがあった。

 これを「大名貸し」というのだが、これは貸し手にとって、極めてリスクが高い金融だった。

 大名はしばしば、「お断り」といって、一方的な債務破棄をしたからである。

 特に熊本藩等は有名であり、悪質な借り手として悪名が高かった。

 また、返済条件も劣悪極まりない事があり、薩摩藩に至っては、無利息で250年賦という返済条件を、貸し手に押しつけたこともある。

 だが、貸し手の方もいろいろな行きがかりから、大名への貸し付けを止められなかったのである。

 高畑は、そのことを持ち出して、外債の償還も、何とかなるのでは、と林を半ばそそのかしたのである。


「そういえば、鈴木も借金の整理に勤しんでおられるそうですな。知恵を貸していただけますかな」

 あらためて、林は、高畑の目を覗き込みながら言った。

 高畑は、林の真意を察した。

 要するに、自分達にも金解禁を新平価にするために全力を尽くせ、と言っているのだ。

「分かりました。鈴木の底力をお見せしましょう」

 高畑の一言に、林は肯いた。


 その後、高畑と林は幾つか、更に詰めた話をし、帰りの汽車の都合もあるので、高畑は林の下を辞去することにした。

 去り際、高畑は林に、万延小判のことを、まだ言っていなかったことに気づいた。

 少し内心で慌てて、林に高畑に言った。

「金子さんからの一言です。万延小判のような悔いを残さないように、とのことでした」

 林は目を見開いた。


「老爺の古傷を良く知っておられる。私自身には責めはありませんがな。よろしい、悔いを残さないようにしましょう」

 林は高畑に力強く肯きながら言って、高畑に別れを告げた。


 高畑が去った後、林は一人、遥か昔の事を思い起こした。

 幕末に日米通商修好条約が結ばれた際、当時の日本の金銀交換比率と、海外では金銀の交換比率が違っていた。

 そもそも、当時の幕府が銀貨の銀含有量が少ないのに、無理に銀貨の価値を上げていたのが悪いのだが、金と銀の価値が大よそ1対5という状態だったのである。

 一方、海外では金と銀の価値がおおよそ1対15だった。

 米国等の諸外国は、これに目をつけ悪用した。


 当時の幕府が銀貨を改鋳し、金貨の流出を阻止しようとしたのに、米国領事のハリス以下猛運動を行い、それを阻止し、米国等は濡れ手で粟の大儲けをした。

 何しろ、日本で銀貨を金貨に両替するだけで3倍の大儲けである。

 米国等にしてみれば、笑いが止まらなかった。

 日本銀が払底すれば、洋銀を使ってでも、更に日本から金貨を持ち出そうと米国等は策した。


 これに対して、幕府が対抗策として打ち出したのが、万延小判の発行だった。

 雛小判という悪口が言われた小判で、従来の小判の3分の1程の大きさの代物、従来の小判は金含有量に応じて価値を増すということになり、例えば、天保小判は3両1分2朱の価値を、今後は持つことになったのである。

 さすがに1年余りにおける濡れ手で粟の大儲けで、米国等は多少は寝覚めが悪かったのか、幕府のこの対抗策に抗議運動等はしなかった。


 だが、この対抗策は、幕府にとって致命傷を与える打撃の一つになった。

 この万延小判の発行は、日本国内に大インフレを引き起こしたからである。

 林は、あの時の大騒動を、おぼろげながら思い起こして呟いた。

「二度と、あんなことはさせん」 

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