表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/120

第2章ー5

 高畑誠一と金子直吉が面談してから、約10日後、残暑がまだ残る中、東京から木更津に向かう列車の中に、高畑の姿はあった。

 金子が、その人物と連絡を取り、更にその人物との面会日を高畑自身が調整し、等のやり取りをしている間に、どうしてもそれ位の日にちが掛かってしまったのだ。

 列車の中で、高畑はあらためて考えを整理していた。

 そして、高畑の頭の中では、金子の言葉がこだましていた。


「いいか、正直に自分の想いを話せ。最後に、日米通商条約と万延小判のような事態を避けるためだ、と一言付け加えろ。そうすれば、その人は腰を絶対に上げてくれる」

 どういう意味か、すぐに自分は思い出せなかったので、秘書に命じて、それについて触れてある書籍を幾つか探させた。

 そして、高畑は、その書籍にざっと目を通し、金子の言葉に得心した。

 確かに、この話をすれば、その人は絶対に動いてくれる。


 木更津駅前では、その人が差回してくれた自動車が待っていた。

 高畑は思わず笑みを浮かべた。

 鈴木製の自動車ではないか。

 中島知久平が、後1割程で完全国産化できると言っていたが、その人も使ってくれていたのか。


 自動車の横で待っていた運転手に声を掛けると、運転手は高畑をすぐに車に乗せてくれ、その人の屋敷に連れて行ってくれた。

 執事に案内されて、応接間に高畑が入ると、その人は立ち上がって、高畑に声を掛けた。

「神戸から遥々と、こんな老爺を訪ねて来られるとは」

「いえ、この度はお世話になります。林忠崇侯爵」

 高畑は、その人にあらためて、頭を下げながら、声を掛けた。


 応接間で高畑と林は差し向かいで座った。

 高畑からすれば、林は40歳近く年上で、父と言うより祖父と言える程の歳の差があった。

 高畑は、林の目を見据えながら思った。

 幕末の混乱を実体験し、戊辰から西南、日清、日露から世界大戦まで経験した老提督。

 ロンドンで、陸のネルソンという噂を聞いたことがある程の名将だ。

 どう切り出したら、私の力になってくれるだろうか。

 そんなことを高畑が考えていると、林の方から口を開いた。

「金子さんから来意は、ある程度は伺っております。高畑さんの率直な真意を語ってください。その上で私が判断しましょう」

「分かりました」

 高畑は、金解禁を旧平価で行う危険性や、金解禁を新平価で行うことが妥当であることを、林に語り始めた。

 林は暫く無言で高畑の話を聞いた。


 高畑の長広舌が一段落すると、林は口を開いた。

「なるほど、あなたの言いたいことは分かりました。一応、私の俄か勉強による反論を聞いていただけませんかな」

「分かりました」

 高畑が肯きながら言うと、林は反論を始めた。


「まず、新平価で金解禁を行うということは、かつてより日本の通貨の価値が低下したということを、日本政府が公然と認めることになります。日清、日露、世界大戦の勝利に輝く日本が、日露、世界大戦の勝利にもかかわらず、日露戦争以前よりも通貨の価値が下がったことを、日本政府は公然と認められますかな」

「確かにそうですが、そんな面子を持ち出して、国民生活を破綻させる方が大問題とは思われませんか」

 高畑の再反論を、林は微笑みながら受け流した。

 その表情を見て、高畑は確信した。

 金子さんが、この人を紹介してくれて正解だった。


「それから、新平価で金解禁を行うことは、外債の償還を困難にするのはご存知でしょうな」

「それは存じております」

 高畑は、林の一言に、一瞬、虚を衝かれたが、内心で冷や汗をかきつつ、知っているふりをした。

 しかし、林にはばれていた。

 林の表面上の笑みは大きくなったが、眼光は鋭くなった。

「嘘はいけませんな」

「すみませんでした」

 高畑は、率直に頭を下げた。

 ご意見、ご感想をお待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ