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第1章ー10

 ともかく1930年4月、ロンドン海軍軍縮条約は締結された。

 後は、軍事参議官会議、枢密院の諮詢を通らねばならないが、濱口首相は自信満々の心境にあった。

 軍事参議官会議は、日露戦争や世界大戦の教訓から、陸海軍共同で会議を開くということになっており、海軍予算削減分を陸軍予算分に回すということで、濱口首相はロンドン海軍軍縮条約について、陸軍側の全面的支持を既に確保しており、海軍は条約派と艦隊派に割れている以上、軍事参議官会議は通る目途が既に立っていた。

 枢密院の諮詢についても、いざとなれば、首相は枢密院議長と言えど罷免できる。

 罷免をちらつかされつつ、首相の意向に反対できる硬骨漢は、枢密院顧問官の中にそうはいなかった。

 つまり、枢密院の諮詢というのも、実際には形式で終わる公算が高かったのである。


 だが、衆議院選挙の結果を踏まえて、1930年4月に開かれた第58回帝国議会は、濱口首相の思惑を吹き飛ばすものになった。


「この度のロンドン海軍軍縮条約の締結は、明らかな公約違反であります。政府与党の説明を求めます」

 野党の立憲政友会の議員が猛然と噛みついてきたのである。


 当初は、立憲政友会としては、ロンドン海軍軍縮条約の締結は、海軍軍令部が承服していない以上、統帥権干犯であり、憲法違反であると攻撃するつもりだった。

 だが、それに待ったをかける存在があった。


「犬養さん、あんた、日露戦争直前に、桂首相が陸海軍の作戦計画が対立した際に調整権を持つということになったが、その際にあんたが桂首相に味方して、軍令部の反対を潰すために、暗躍したのを忘れたのか。あんたの論法に従うのなら、あれこそが憲法違反の首相による統帥権干犯だろうが」

 林忠崇侯爵の舌鋒は鋭かった。

 さしもの立憲政友会総裁の犬養毅も、ぐっと詰まった。

 確かに、首相には明らかに軍令に属する作戦に関与する権限すら既に認められているのに、兵力量に関与する権限を侵したからと言って憲法違反となるというのは、どうみてもおかしい。

 幾ら政界では二枚舌が通ると言っても、限度がある。


「何だったら、新聞に古傷をえぐらせるぞ。それよりは、立憲民政党の公約違反で叩いた方が、無難だろう」

 林侯爵は、知人同士ということで、犬養総裁に遠慮が無い態度を執った。

「その代りと言っては何だが。元老の西園寺公や山本元首相に、きちんと議会答弁に努めるように、濱口首相に圧力を掛けてもらう、というのはどうかな」

「確かにその方がありがたいですな」

 犬養総裁は、林侯爵の意見に従うことにした。


 確かにこの方が正常ではあるな、憲法違反という主張は劇薬だ、使わずに済むなら使わないで済ませた方が無難だ。

 犬養総裁は、議場で立憲政友会の議員が入れ代わり立ち代わり、濱口首相に対し、選挙の際の公約違反の攻撃をするのを眺めながら思った。


 一方、濱口首相の方は、大汗をかく羽目になった。

 数の力で議会を乗り切る筈が、元老の西園寺公や山本元首相から、きちんと議会答弁を行うように圧力が掛けられてしまい、議会答弁時間をきちんと確保する羽目になったからである。

 1930年1月の際の選挙公約を、同年4月には破った事実が、議会での論争で赤裸々になっていく。

 濱口首相の本音としては、強引に答弁打ち切りと言う手段を講じたい位だった。


 だが、この論争は、立憲民政党にとって全面的に悪い話でもなかった、

 確かに公約違反になるかもしれないが、海軍省や外務省、大蔵省といった専門家の意見を聞き、最終的な判断を政府与党は下したのだ、というのも明確になったのである。

 議会での論争こそ、議会政治の本質と言う観点からすれば、極めて妥当な論争だったともいえる。 

 念のために書きますが。

 日露戦争時の犬養毅のこの世界での行動については、第2部で描いています。


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