私が時計になった日
「ありゃ女にフラれたな。マダラは俺と似て女にモテない」
ってほっとけよ。
謎の一人ツッコミを終えて、それでもなお扉の前で棒立ちになる私を湯田は咎めも諌めもしない。
いまのところ、私の世界は路上とここへ来るまでの道のりと扉の前でしか展開されていないのだ。
この先これが広がるのか、それとも狭まるかどうかはもう誰にもわからない。
「三日。三日やるからもししがらみがあるならそれらすべてぶっちぎってこい。後でなんかあった時、俺おまえ殺すからね」
「こわ」
「こわいよ〜中年期障害だよ」
「更年期じゃなくて」
「そうともいう」
でも本当よ。
ひらりと手を振って部屋の奥へと進む男を私はもう追いかけない。私が今日この瞬間から時計になったと仮定して、無人になった部屋と表現をするのなら。
目を閉じた暗がりの部屋で唯一音がしないことに気がついた。本当だこの部屋には時計がない。
いや、綿密にはある。ただ針をどちらも失って、壊れた文字盤に時を刻む存在がなくなった。それは最早時計にとって、死に値するのかもしれない。
「…今日からよろしく、先輩」
壊れた時計、時間軸。
それを失った男は、私を傍らに置き、
それから何も言わずに眠りにつく。
その日、私は人間をやめて時計になった。