一億の価値
「ま どっからどう見ても人だしね」
「ひどい。成り切ってたのに」
「紙袋には目も鼻も口もない。ましてや呼吸する器官なんて」
男の手が私の頭の上にぼすりと手をおき、後に目を、鼻を、口を指で示す。それらすべての人間の器官を追いかけたのち行き着いたのは、私が左手に付けた腕時計だった。
そしてつい、と指先だけで私の手を少し持ち上げる。
「パティックフィリップのスカイムーントゥールビヨンか。ざっと見積もっても一億はする。今じゃ生産停止してる型だからもっとかな、なんでそんなん持ってんの」
一介の女子高生が。
在り来たりな私の制服をまじまじと見て、男は皮肉げにそう告げる。相変わらず扉に追いやられたままの私は身動きすることも出来ず、その時計の上に空いたもう片方の手を乗せた。
「死んだ兄の形見」
「ほう。お兄ちゃん死んだの」
「死んだ」
「なんで?」
「殺されたの」
「誰に?」
「知らない」
でも、その人間を殺すことだけを考えて生きてきた。
「物心ついたときからずっと」
顔を上げて男の目を見ると、男もまた私の目を見て固まった。そうして何秒、いや何十秒、何分経っただろう。恐ろしい瞬間とも似た張り詰めた空気は一瞬にして糸が切れたみたく崩れて、男は私を見たまま鼻だけを鳴らした。
「買った」
「あげないよ」
「俺が拾ったんだ。もう俺のもんだもんね」
なんだそのジャイアン理論は。無茶苦茶だ。金たわしを思い浮かべて悶々とする私を、男はご機嫌な様子で尻目に見るとさっと移動してしまう。
私の頭部をもぎ取り、そのうえ左手の腕時計をも強奪した強盗は、強盗と呼ぶには余りにも垢抜けていて、その割には黒ずくめで、それから態度ばかり飄々としている。