喋る紙袋
知らない人にはついていってはいけない。
大人はいけないことは教えてくれるけれど、その理由がどうしてか、詳しいことはいつも濁してしまう気がする。ダメだと言われたらやりたくなる。
赤信号の横断。非常時の押しボタン。この世にごまんと存在するルールを、馬鹿正直に守る人間がどれほどいるのか。
だからいっそ痛い目を見た方が良い。人は馬鹿を見て賢くなるのだ。
私は殺されるつもりだった。
「何やってたのあんなところで」
私を紙袋から時計に鞍替えさせた男は、おいでと言うなりそれきり私の片手を掴んで歩いていた。目だけが開いた紙袋を被ったままの私を人は二度見して、それできっと変なプレイだとか誤解されても文句は言えない。朝の10時だというのに。
男の隠れ家というか、秘密基地というか、要するに家は、潰れたダーツバーみたいな内装だった。暗がりの中には懐かしのサッカーゲームにビリヤードに実際ダーツもあって、その扉の前で佇む私に声をかけた男は、部屋の奥に進みながら問いかけてきたのだ。
そして私の返事がないとわかると、黒のポールハンガーにロングコートを掛けながら、手を振る。
「もしもーし」
「…」
「無視かよ」
「紙袋は喋らない」
「喋ってんじゃん」
「あっ今のノーカン」
「喋ってんじゃん」
ちがう、今のこれはちがう。つーか誘導尋問だ。
紙袋を被ったまま佇む私に、男は大股で近寄ってくる。その歩幅、数歩。180はあるであろう長駆、その男の足のリーチは侮れない。
視界が真っ暗になって、アッとした時には、私の頭部は真上に引き抜かれた。