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 さてこの世界、一日は二十四時間ではなく、八時間である。

 ここはよっぽど、「八」っていう数字が好きなのかな。何かこう、世界の成り立ちに関わる神秘的な意味でも持っているのかもしれない。物知りなワンズさんに訊ねてみたところ、「理由はよく判らないが、八という数字は昔からなんとなく神聖な数とされていた」と教えてくれた。物知り老執事でさえ、なんとなく、という言葉で、まあいいじゃんと謎とか不思議とかを飲み込んでしまうのだ。なんという大雑把な国民性。

 それはともかく、一日は、二十四に分割されるのではなく、八つに分けられる。私はそのことに慣れるまで、ちょっと苦労した。

 あちらの世界での一時間と、こちらの一時間では、もちろん長さが違っている。二十四時間が八分割されると考えるのなら、およそ三時間くらいが一時間、ということになるのだが、体感としては、こちらの一時間は大体向こうでの二時間くらいなんじゃないかと思う。要するに、こちらの一日八時間は、あちらでの十六時間程度に相当するのではないかということで……ええい、ややこしいな、とにかくこちらの世界の一日は、あちらの世界よりも短めだ、ってことです。

 こちらに来た異世界人がまず困るのは、生活習慣とか常識の違いとかよりも、実はこれであるらしい。

 「時差」。

 つまり一日二十四時間の生活サイクルに慣れた身には、実時間十六時間(こちらでの八時間)は、少々キツイのだ。眠らなければならない時に眠れず、みんなが元気いっぱいでいる時にうつらうつらとしてくる。

 食事だって、生まれてからずっと二十四時間でやってきたわけだから、そうそう短い間隔で三食食べられるもんじゃないでしょう? それなのにラティス家の人々は、さらにおやつとか夜食とかを、私に食べさせようとするのだから。

 これはもう、日が昇ってから落ちるまで、ひたすらクタクタになるまで身体を動かすしかあるまい。十六時間で夜ちゃんと寝て、三食きちんととるためにはそれしかない。

 お腹いっぱいです、と言ったって、聞きゃしないんである、この家の人たちは。私が食べる量というのがまた、こちらの人たちからすると、ものすごく少ないらしくて(そりゃそうだ、大きさが全然違うのだから)、やたらと、もっと食べないと、と勧められてしまう。溢れる善意と親切心からそう言ってくれていることは判るので、私もなんとか無理やり詰め込むのだが、それにしたって、ものには限度というものがある。

 いくらなんでも、そんなに食べられません。

 というわけで、今日も私は、そこら中を駆けずり回りながら身体を適度な疲労と空腹状態に持っていきつつ、ラティス家の人々からの、「コト、おやつをあげよう」攻勢から逃げ回っているのだった。

 ──この世界は、なにかと面倒だ。




「コト、元気にしてた?!」

 朗らかで明るい笑顔と共に声をかけられたのは、私が屋敷の裏庭でせっせと落ち葉を集め、花壇の手入れをし、さてこれから木になった黄金色の実をもいで、厨房に持っていこうかな、と考えていた時だった。

「リリニィさま」

 高い脚立をずるずると引きずっていた私は、その人の名前を呼んで、「こんにちは」と頭を下げた。

 リリニィさんは、中公の上の大公家のご令嬢なので、本来だったら丁稚風情がこんな気安い挨拶をしてはいけないんではないかと思うのだが、こちらの世界では、そういう堅苦しさはほとんど存在しないらしい。

「まあっ、相変わらずコトったら、頑張って働いているのね!」

 美人だけれどどこか愛嬌があって性格もよいリリニィさんは、セイお坊っちゃんと同い年だ。ちっちゃい頃からよく遊び、学校もずっと一緒で仲良くしていたというから、つまり幼馴染というやつだな。

 こちら基準ではちょっと小柄(私からすると、外国人バスケ選手くらいの高さ)。黒目黒髪は私と同じだが、もちろん造詣はまったく異なる。私はいかにも日本人的なのっぺりした平面顔だが、エキゾチックな顔立ちのリリニィさんは、額も広く目もぱっちりと大きく鼻も高い。よく笑ってよく喋る形の良い唇は、肉感があって非常にセクシーだ。


 そして、非常に、胸が大きい。


「リリニィさまも相変わらずオ……」

 オッパイでかいですね、と下品なことを言いかけて慌てて呑み込む。いかんいかん。視線も、たわわに実るふたつのメロンに釘付けになりそうなのを、慌ててもっと上に持っていく。いかんいかん。

「……お元気そうで、なによりです」

 苦しくそう続けたが、ちっちゃな子供(私)が心の中で「一体何を食べたらこんなにでっかく育つのさ」などと考えているとは露ほども思わないらしい純真なリリニィさんは、にっこりと愛らしく笑った。

「まあ、そんなちゃんとしたご挨拶が出来るなんて、偉いわね。こんなに小さいのに」

 と、頭をなでなでしてくれる。それはよいのだが、「小さい」は年齢と身長のことだよね? 他の部分のことじゃないよね? リリニィさんにまで気の毒な顔をされたら、いい加減私はグレると思う。

「お坊っちゃんなら、お部屋にいらっしゃると思いますけど」

「あら、セイに会いに来たんじゃないのよ。今日はね、コトに会いに来たの」

「私に?」

 イヤな予感がするな、とやや身構える私に、リリニィさんは天真爛漫にうふっと楽しげな笑顔を向けた。

「いいわ、とりあえず、セイのところに行きましょう。荷物ももう家の中に運ばせたから。部屋でゆっくりと見せてあげるわね」

「荷物って……いえ、あの、すみませんけど、私、まだ仕事中ですので……」

 仕事を口実になんとか逃げようとしたのだが、純真な上にちょっと鈍感なリリニィさんには、まったく通じなかった。

「ワンズさんには、コトを少し借りるわ、ってちゃんと許可を貰ってあるのよ」

「他の用事を言いつけられたわけでもないのに、与えられた仕事を途中で放り出していくわけにはいきません。ちゃんと最後までここを綺麗にしないと。私はご厄介になっている身ですから」

 とかいって、ホントは、庭の手入れは好きな仕事だから邪魔されたくない、っていうだけの話なんだけど。

 ずっと狭いウサギ小屋のような家で、親と弟妹と合わせて六人でぎゅうぎゅうと暮らしていた我が身には、広大な庭は何をするにもやりがいがあって、公園の管理人にでもなった気分を味わえて楽しいのだ。

 もちろん、それは「裏庭」の話で、屋敷の正面の庭は、ちゃんと正式な庭師によって綺麗に整えられている。面積も、私にとってはだだっ広いこの裏庭の十倍くらいある。私はそこで迷って遭難しかけたこともある。庭なのに。個人の家の庭なのに。なんでこう、この世界はなにもかもがこんなにもバカでかいのか。庭とか人とか胸とか胸とか。

「んまあっ、コトったら!」

 感極まった声を出されて、はっとした時には遅かった。いきなりリリニィさんにぎゅうっと抱きつかれ……いや、抱きしめられ……というか、ほとんど抱き上げられ、私はふんぎゃと小さな悲鳴を上げた。ちょ、苦しい苦しい! でかくて柔らかいふたつの胸に挟まれて身動きも呼吸も出来ない! 隙間がないよ隙間が! 巨乳に押しつぶされて窒息死するなんて、そんなマヌケかつ屈辱的な死に方はイヤだあっ!

「なんて健気なのかしら! こんな小さいのにいきなり見も知らぬ異世界にやって来て、本当は泣きたいほど心細いでしょうに! そんな苦しさも見せずに毎日ただ働いて……可哀想に!」

 苦しいよ! 今、可哀想、今! ホント死ぬ! ギブ、ギブ!

「もっと大事にするように、セイにもきつく言っておかなくちゃ。さあ、行きましょう、コト!」

 リリニィさんは決然と眦を上げ、ようやく巨乳地獄から解放した私の手を引っ張り、ずんずんと裏庭から屋敷の玄関へと向かって歩いた。息も絶え絶えの私は、なすすべもなく引きずられていくしかない。

 せっかく美味しそうに成った果実をもぐのを、実は昨日から楽しみにしていたのだが。集めた枯葉で、たき火もしようとしたのだが。それでついでにヤキイモ(に似たもの)を作って、みんなに食べてもらおうと計画していたのだが。

 リリニィさんに悪気はない。これっぽっちもない。それは判っている。

 でもさあ、もうちょっと、他人の言葉には、表と裏があるってことを知るくらいには、オトナになろうよ。

 胸ばっかり成長しおって……



          ***



 他の使用人に大きな荷物を運ばせて、私を連れたリリニィさんは、意気揚々とお坊っちゃんの部屋へと突撃した。

「騒がしいと思ったら、やっぱりお前か」

 窓際の椅子に座り、珍しく読書をしていたお坊っちゃんは苦笑交じりにそう言って、改めてリリニィさんを見た。

「相変わらず、オ……」

 と言いかけ、

「……女らしくて、素敵だね、リリニィ」

 にっこりして誤魔化す。

 セーフ。セーフです、お坊っちゃん。いくら幼馴染でも、その幼馴染が何もかも大きいこの国でも際立って大きくて形のいい胸を持っていても、口に出していいことと悪いことがありますからね。あとは、ぜんぜん動く気配のないその目線をもうちょっとなんとかしましょうね。もっと上! 上ですよ!

「まあ、ありがとう、セイ」

 リリニィさんはお坊っちゃんの誤魔化し賛辞をあっさりと受け取って、嬉しそうににっこりした。ホントに疑うことを知らない人だな。大丈夫なのか、この人、こんなんで。

「それで、今日は何か?」

 お坊っちゃんはようやくまじまじと幼馴染の一部分を観察していた視線を外し、リリニィさんの顔と、次いで、彼女に引きずられている私を見た。やっぱり思うところがあるらしく、ははあ、と面白そうに口の端を上げる。

「あのね、今日はね、いいものを持ってきたの。あら、セイにじゃないのよ、コトにね。コトの待遇改善要求もしようと思うのだけど、それはあとにして、とりあえずこの荷を開けましょうか」

 すっかりウキウキしているリリニィさんは、一方的にぺらぺらと喋り、運ばせた荷物の蓋を自らの手で開けた。あっちの世界でよくある、プラスチックの衣装ケースくらいの大きさがある。こちらの材質は木だけど。でもその木箱でさえ、凝った彫りとか金色の金具とかがあって、いちいち豪華だ。

「待遇改善?」

 お坊っちゃんが問うように私を見たが、私はそれどころじゃない。不安に眉を寄せ、リリニィさんの後ろから箱の中身を覗き込む。この箱、この大きさ、中から出てくるのは……


「ほら! このドレス、可愛いでしょう?!」


「…………」

 やっぱりな……。

「私が子供の頃着ていたものばかりなのよ! どれもお気に入りで、妹が生まれることがあったら絶対あげようって思っていたけど、残念ながらいるのは弟なんですもの。他に子供の知り合いもいなくて、でも捨てるのもしのびずに、どうしようかと迷っていたの。それでコトにあげようって思いついたのよ、名案でしょう?!」

 いや名案もなにもさ、リリニィさん、私に物をくれるの、これがはじめてじゃないじゃん。

 この間は、昔可愛がっていたヌイグルミ。その前は、愛読していた絵本。その前の前は、子供の頃使っていたという、でっかくてリッチで乙女チックなベッドをどでんとくれたでしょうに。

「……あのー」

「どう、コト?! このレースが可愛くなくて? ああ思い出すわ、これを着た時、お父様にお買い物に連れていっていただいたのだけど、そこで転んでしまって」

「あの、お気持ちはありがたいんですけど」

「ううん、遠慮なんて、これっぽっちも必要ないのよ。だって他に使い道もないのだし。可愛いコトに着てもらえたら、このお洋服たちもきっと喜ぶと思うの」

 喜びはしない、んじゃないかなあ。

 とは思うのだが、きゃっきゃと無邪気にはしゃいでいるリリニィさんにそれを言うのもためらわれ、私は困惑顔でお坊っちゃんへと視線を移した。

 黙って見学していたお坊っちゃんは目顔で頷き、ちょっと曖昧な笑みを浮かべて、色とりどりのドレスをいっぱい手にして一人で喋っているリリニィさんに言葉をかけた。

「あのさ、リリニィ。ずっと妹を欲しがってたお前が、コトにあれしてあげたい、これしてあげたいと思う気持ちは判るんだけど」

 うん。私も、その気持ちは判っているつもりなんだけど。

「でも、今回のそれは無理があるぞ」

「どうして?」

 きょとんと首を傾げるリリニィさんは、まったく判っていないようだ。「うーん」とお坊っちゃんは苦笑して、赤い髪をくしゃりとかき回した。

「これは見せないとわかんないかな。コト、どれか一枚、そこにあるドレスを着ておいで」

「ええー……」

 私はついあからさまにイヤな顔をしそうになったが、リリニィさんの手前、それを抑えた。彼女の優しい心を傷つけてはいけないよな。年齢でウソをついている私に向けられるその気持ちにはとても感謝しているし、嬉しいとも思っているのだ。いるのだけども。

 でも、多分、これを着ると、私の心が傷つけられる、ような気がする。

「……じゃあ、これ」

 しかしリリニィさんのこの純真無垢な瞳に、ハッキリ言葉にして現実を投げつける勇気もない。私は床に広げられたたくさんの子供用ドレスの中から、なるべく地味なのを選び出し、着替えるためにのろのろとお坊っちゃんの部屋を出た。



「お待たせしました……」

 裾を引きずり、お坊っちゃんの部屋の出口に立った私を見て、リリニィさんはぽっかりと口を開け、お坊っちゃんは噴き出すのをこらえるため口に手を持っていった。

「……あ、ら、まあ、コト」

 さすがによく喋るリリニィさんでも、言葉が見つからないらしい。

 そりゃそうだろう。

 なにしろ、サイズが合っていないのが、一目で判る。いや、もともと裾が長いドレスだから、多少は引きずっても許される範囲だ。袖もさして問題ない。肩幅も大丈夫。最近よく食べるとはいえ、ウェストだってすんなり収まった。


 ……でも、明らかに、ブカブカな場所がある。


 判るでしょ? 判るよね? ああそうだよ、バストだよ! このドレスを着ていたのはリリニィさんが八歳の時だという。九つのサバを読んだ、私の年齢よりも下だ。それなのに、なんでこんなに胸の部分にたっぷり布地がとってあるんだよ! 余りすぎて前身頃全体が垂れ下がる。ドレスはすべて、現在リリニィさんが着ているような襟ぐりの開いた、胸を強調するようなデザインだから、押さえておかないと私の控えめなそれが見えちゃうくらいだよ!

「えっと、何か詰め物をしたほうがいいかしら、ね?」

 遠慮がちにリリニィさんが提案したが、私は力なく首を横に振った。詰め物ってのは、いくらなんでも真夏のかき氷なみに盛っていいもんじゃないだろう。

「でも、あの、このドレスはよくコトに似合ってるわよ、ね、セイ?」

 困り果てたリリニィさんは、なんとかフォローを試みて振り返ったが、お坊っちゃんはすでに、こらえるのも放棄して、上半身を折り曲げて笑い死にしそうになっていた。

「…………」

 いつも、「女心は知り尽くしている」と豪語するお坊っちゃんだが、それはウソだと判明した。私のなけなしの女心はズタボロです。

 フォローをもらうのに失敗したリリニィさんは、その居たたまれなさを、お坊っちゃんに怒りを向けることでうやむやにすることにしたらしい。私もそこにはまったく異存はない。

「まあ、セイ!」

 と眉を上げて叱りつける。

「いつも他の女の子には適当に上手いことお愛想言ってるじゃないの! どうして今こそ必要なこういう時にそれをしないのよ!」

 リリニィさん、でもそれは、あんまりこの場に適していないお小言ですよ……

「ううん、大体、こんな小さな子供に、あれこれ忙しく仕事をさせてばかりのこの環境がよくないんだわ。もっとお部屋の中でじっとさせて、栄養をとらせるべきよ!」

 多分、そんな生活をしていたら、肥満になって成人病ですぐ死ぬと思います。

「そうだわ、おじさまにお願いして、コトをうちに引き取りましょう!」

 え、ちょっと待って。

「そうしたら、私の本当の妹のようになるわ。まあ、それは名案だわ。ね、コト、そうしましょうよ。毎日一緒にお茶を飲んで、美味しいものをいっぱい食べて、本を読んで、一緒にお出かけするのよ。ドレスもちゃんとコトに合ったものを作らせるわ。お人形遊びもしてあげる」

 リリニィさんは、いつもあまり名案であったためしのない名案を思いついて、目をキラキラさせた。うっとりと己に浸っていて、視線もどこかにイッちゃってる。いやいや、待って待って。私の話も聞いて?


「ダメ」


 しかし私が辞退する前に、お坊っちゃんがすっぱりと断った。いつの間にか笑いを収め、椅子で長い足を組んでいる。お坊っちゃん得意の決めポーズだ。

 私はほっとした。リリニィさんが膨れっ面でそちらを振り向く。

「だって」

「ダメといったらダメ。コトは俺のオモチャだから、誰にもあげないよ」

 カッコつけといて、そんな理由か!

「まあ、セイったら、コトをオモチャだなんて」

 今日、私を着せ替え人形にして遊ぶ気満々で屋敷にやって来たリリニィさんは、憤然とした表情で、くるりと私に向き直った。

「コト、いいの? こんな失礼なことを言うセイのところよりも、私のところに来たら、きっと楽しいわよ。仕事だってしなくてもいいし」

「リリニィさま、お気持ちはありがたいんですけど」

 私はそのしっとりとした黒目を正面から見返して、きっぱりした口調で言った。しかしズルズル下がるな、このドレス。

「私はここでの生活に満足しています。ラティス家のみなさんは優しくしてくださいますし、少しでもお世話になっている恩をお返しできればいいと思っています。それに私、働くのも好きなんですよ」

 それは本当だが、リリニィさんのところで甘やかされて食べさせられて、いつまで経っても胸は成長しないのにぶくぶくと脂肪ばかりが増えていく豚のような未来の自分がはっきり想像できる、というのももちろんある。あるいは愛情のあり余ったリリニィさんの胸の中で昇天するか。どっちも怖い。怖いよ!

「まあっ……コト!」

 感激しやすいリリニィさんは、私の優等生発言を聞いて涙ぐんだ。また抱きしめられたら困るので、私はそっと後ずさって距離を取る。

「なんていじらしい。そしてなんてしっかりしているんでしょう。大人びているわ」

 ハタチですからね……。

「そうね、こんな女にだらしない、口ばっかり軽くてバカで軟派で真面目に考えるってことが出来ないどうしようもなくちゃらんぽらんなナルシストのそばには、ワンズさんとか、コトとかの、しっかりした人間が必要ね」

「……あのさリリニィ、その悪態、長すぎない?」

 お坊っちゃんは仏頂面だ。しかし反論は出来ないらしい。さすが幼馴染、よく見ていらっしゃる。

 私も真面目くさった顔をした。さっき笑われた仕返しなどではない。断じてない。

「大丈夫ですよ、お坊っちゃんは何も考えていないようで、実はいろいろ考えてらっしゃいます。こっそりモテ男の要素を研究し、出かける前にはいつも、色っぽく見える顔の角度とかを何度も真剣に鏡の前で練習したりして、痛々しいほどの努力もなさってます」

「ちょ、コト! それ今バラす?! ていうか、なんでお前それ知ってんの?!」

「気取り屋ですぐに自分に酔う面倒くさい男だけど、セイをお願いね、コト」

「面倒くさい?! え、俺って面倒くさいの?!」

「はい、お任せ下さい。お坊っちゃんのことは可愛い弟のように思っておりますから」

「間違いだよな?! カッコイイ兄のように、の間違いだよな!」

 うるさいお坊っちゃんのことは無視して、私とリリニィさんは、がっちりと握手をした。



 ……時々面倒だが、私はけっこう、この世界と、この世界の人たちが好きである。




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