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翌日、登校すると校門の前で檎宇が待っていた。
「檎宇! 昨日学校を休んでいたって聞いて心配していたのよ」
「ごめん、真梨さん。親父からいろいろ聞きだすのに時間かかっちゃって。それで……今からちょっと時間ある?」
本来なら今から講習なのだが、檎宇の表情を見て、午前中はサボることに決めた。
人に聞かれない場所ということで、屋上へ向かう階段の踊り場へと二人で移動する。
屋上への扉は去年の事件以降厳重に鍵がかかっていて、踊り場からは下の階の人の行き来や、上がってくる人がいればすぐ見えるようになっている。
「それで? 檎宇の調べたいことって何だったの?」
「学内見学会に招待される予定の名簿の中に、『八角善行』って名前があったでしょ」
「……流石に名簿の名前全部は覚えてないけど……あったような?」
檎宇はあの名簿はパラパラとみていただけだったのによく覚えてるな。
「その名前さ、裏社会で色々汚れ仕事やってる非合法の何でも屋が使ってる偽名と一緒だったんだよね」
「非合法の何でも屋……」
「そう、違法な流通物の運び屋から、拉致、監禁、拷問その他……まあ、色々。で、前にうちの親父と敵対してた組織がそいつ雇っておふくろを襲撃しようとしたことがあったらしくて……」
その時は結局相手方の幹部が一人けじめをつけさせられて手打ちになったと檎宇は淡々と話してくれたが、一般人には大分刺激が強いからもう少しオブラートに包んでほしかった。
「で、同じ偽名とはいえ中身も同じとは限らないから、親父から当時の話を聞きだしたり、うちの連中にも話を聞いて回ったりしてたら徹夜になって、昨日は聞いた情報の裏取りしてて連絡する暇なかった。心配かけてごめん」
「あ、うん。無事だったなら良かった」
よく見ると檎宇の目の下にはうっすらとクマが出ているし、顔色もあまり良くない。
「で、確かめた結果、多分なんだけど、八角はその何でも屋で間違いがなさそうなんだ。……なんであの名簿に載ってたのかは……」
「梅香伯母様が雇った……んでしょうね」
理事長である梅香伯母様なら、来賓者に理事会役員でも後援会会員でもない人間を捻じ込むぐらいは訳ないだろう。
梅香伯母様は杏一郎ルートの終盤、桃香を誘拐して自分の別荘へと監禁しようとする。
愛する弟椿の身代わりとして。
そういった犯罪行為について、ゲームでは直属の部下や学園関係者を脅して従わせたりしていたように描かれていたが、プロの手も借りていたらしい。
「つまり伯母様は今度の学内見学会でなにか仕掛けてくるつもりなんだわ」
「そういや、ひと悶着あったって聞いたけど、詳しい話未だ聞いてないよね。あのおばさんと何かあったの?」
そういえばここ数日バタバタしていた所為で、檎宇に全然話ができていなかった。
この際なので、津南見のことや杏一郎と梅香伯母様のこともまとめて話しておくことにする。
特に津南見のことについては色々やつあたりとかもしちゃったし。
「……そんなわけで、伯母様からは絶賛『絶対に酷い目に遭わせる』宣言をいただいている状態なのよね」
「妹ちゃんのフラグを折るって言ってるくせになんで自分のトラブルフラグは立てまくっちゃうの? 真梨さん、フラグ建築士なの?」
呆れたと言わんばかりに溜息を吐かれて少しいたたまれない。
そんなつもりは無かった筈なんだけどな……。
「私だって伯母様にはなるべく関わらないようにしたかったんだけど、いざ顔を合わせちゃうと、どうしても文句の一つや二つ言いたくなっちゃって……」
父さんへの異常な執着や杏一郎へのネグレクトに近い虐待、実際には起きてないけれどゲームの中で桃香に対して行っていた非道な仕打ちの数々。
明確な証拠が無かったり、人を使って自分の手は汚さないやり方で、ゲームでも苦労させられた相手だ。
「今回、伯母様の怒りの矛先が私に向いてるって言うなら、この機会に伯母様の悪事を防いで、二度と桃香に手出しをさせないようにしたい」
本当なら、伯母様が何か事を起こす前に説得なり何なりして、和解するのが正しい道なのかもしれない。
けれど、伯母様の私への怒りと憎悪は父さんの死の時に既に決定的になっていて、今更鎮めることは不可能なように思える。
そして伯母様が私を憎み、復讐を企てていて、そこに桃香が巻き込まれる可能性が高いというなら、私としては断固として抗戦する。
「……真梨さん、自分が囮になったなんて桃ちゃんが知ったら激おこだと思うよ」
檎宇に言われて、体育祭の時に桃香から口を聞いて貰えなくなった時のことを思い出す。
あれは骨身に堪えた。
出来れば二度とあんな状況には陥りたくない。
「怒った顔も可愛いんだけど、嫌われちゃったらどうしよう……」
「いやぁ~……桃ちゃんが真梨さんのこと嫌うのは天地がひっくり返っても有り得ないんじゃないかな」
そうだといいな、と希望的観測に縋ろうと檎宇の方を振り返った時、此処にいる筈のない凛とした声が響いた。
「絶対に嫌いにはならないけど、お姉ちゃんが一人で危ないことするのは絶対に許さないんだから」
「え…………?!」
周囲を見渡すけど、この踊り場には檎宇と私以外は誰もいない。
そう思っていたら、屋上へのドアが軋む音を立てて開かれた。
逆光を背に小柄な影が、床に座り込んでいた私を見下ろす。
「桃……香……?! いつからそこに……?」
ハッとして檎宇を振り返ると、申し訳なさそうに手を合わせられた。
つまり二人はグルだったということで……。
「真梨さんごめん」
「お姉ちゃん、檎宇くんを責めないで。私が無理矢理頼んだの。お姉ちゃんが隠してる事、私を守るためにまた何か危ない事をしようとしてるからだって思ったから、それを知りたいって」
「だからってこんな……」
「やり方が卑怯だったのは悪かったって思ってる。でもこうでもしなきゃ、お姉ちゃんは私に何も言ってくれない。いっつも自分だけで危ない目に遭って、私を危険から遠ざけて……。私だってお姉ちゃんの力になりたい。お姉ちゃんを守りたい。何もできない無力な子供のままじゃいやなの!」
抱き付いてきた小柄な身体を受け止める。
「お姉ちゃんと一緒に戦いたいよ!」
可愛らしくも勇ましい宣言に、胸の奥が熱くなる。
横を見れば、檎宇がピースサインをしていた。
「ね? 桃ちゃんが真梨さんのこと嫌いになるのはあり得ないでしょ?」
いや、結果オーライみたいな顔してるけど、私のことを騙したのは暫く許さないからな。そう思って軽く睨み付けたらそっと目を逸らされた。口笛まで吹いてベタなごまかし方をするんじゃない。
っていうか、桃香が今ここでの話を全部聞いていたとしたら、色々アレなのでは……?
私普通にゲームとかフラグとか言っちゃった気がするんだけど。
桃香にお姉ちゃんが頭おかしいとか思われたら立ち直れないんですけど。
「お姉ちゃん」
「ひゃい?!」
心配のあまり狼狽えていた所為で声が裏返ってしまった。
桃香ごめんなさい、お姉ちゃんはこれでも正気なんです。って言おうかどうしようかと迷っていたら、桃香は真顔で大胆な提案をしてきた。
「さっきの話、篠谷先輩や梧桐先輩、生徒会の人達にも聞いて貰おう!!」
「…………え?」
来週当たりちょっと本業その他が立て込むため、更新が滞るかもしれませんが、気長にお待ちいただければと思います。