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 放課後、授業の片付けがあるという梧桐君を置いて、生徒会室へとやってきた。

 本当は手伝おうとしたのだが、


「僕の手伝いはいいから、早く侑李くんのところに行ってあげて」


 と、教室を追い出されたのだ。


「篠谷君、入るわよ? ……あら?」


 ノックをしたが返事がないので、ドアを開けて入ると、当の篠谷はなんと机に突っ伏して眠っていた。

 よほど熟睡してしまっているのか、私が入ってきても身じろぎひとつしない。

 思わず足音を立てないように近付く。


「珍しい。どんなに忙しい時でもあくびひとつ零さないのに」


 だがよく考えてみれば篠谷はフランスから帰って来たばかりだ。時差ボケがまだ取れていないのだろう。

 めったにない機会だし、とまじまじと寝顔を観察する。

 普段は愛想笑いを貼り付けていて大人びた表情ばかりしている所為か、寝顔は驚くほどあどけなく見える。

 柔らかそうな金髪が額にゆるく波打ってかかり、伏せられた瞼に影を落とす。


「睫毛もやっぱり金色なんだな。当たり前だけど」


 瞼の縁にバッサバサと生えそろった睫毛は恐ろしく長く、ビューラーも使っていないだろうに綺麗な弧を描いている。白磁の肌はこの距離で見ても毛穴が見当たらない。もちろんシミもソバカスも皆無である。


「見れば見るほど腹立たしいくらい整ってるわね。この睫毛なんて、つまようじ何本か乗りそう」


 桜色の唇からすう、すう、と寝息が零れている。

 ふと、その真っ直ぐな鼻筋に抜けた睫毛がくっついているのに気が付いた。

 放っておいても良かったが、これだけ完璧なイベントスチルも真っ青の作画に残った下書きの線みたいなそれを取り除きたい衝動にかられた。

 篠谷を起こさないように、そっと息を殺して指を伸ばす。

 鼻先に付いたそれに触れそうになった時、手首を急に掴まれた。


「あ、ごめんなさい。鼻先にゴミが付いてたから取ろうとしただけで、悪意はないのよ……え?」


 てっきり起こしてしまったんだと思って謝ったのに、篠谷からの反応が無く、不審に思って見ると、篠谷は先ほどと変わらぬ顔で眠っている。

 どうやら寝ぼけて近付いてきていた私の手を掴んでしまっただけだったらしい。


「……なんだ。起きたわけじゃないのか……って、手が抜けない……!??」


 そんなに強い力が入っている感じはしないのに、掴まれた手を引っこ抜こうとしてもビクともしない。


「え? 本当に寝てるんでしょうね?! 嘘でしょ?! 篠谷君??!」


 引っ張っても、ねじってみても、篠谷の手は私の手首をがっちりつかんで離そうとはしない。

 本当は起きてからかってるんじゃないだろうなと思いつつも、四苦八苦していると、篠谷の眼がうっすら開いた。

 碧の双眸がとろんとした半開きのまま、ゆるゆると顔を起こし、鼻先が触れあうほどの距離で私を見上げてきた。


「……まぁちゃん…………?」

「…………えっと、はい」


 いつもの篠谷からは考えられないふわふわとした舌足らずな話し方で問いかけられ、思わず頷いてしまった。

 どうやら子供の頃の夢を見ていたらしいけど、どうしようこれ、篠谷が正気に返ったら多分死ぬほど恥ずかしくなる奴だ。

 もっぺん寝かしつけるか、今すぐ手を穏便に振りほどいて篠谷が覚醒する前に部屋から出るべきだ。

 でないと、篠谷の黒歴史に刻まれるし、私は何の非もないのに篠谷を辱めたとして恨まれる。

 焦って手を引き抜こうとしながら篠谷を寝かしつけようともう片方の手で篠谷の頭を撫でるという支離滅裂な行動に出てしまった。もちろんそんなことをすれば逆効果であるのは明白で。

 目の前で茫洋としていた碧眼に正気の光が宿っていくのが見えた。


「え……まぁちゃ…………真梨香、さん……?」

「え、えっと~……おはよう。良い午後ね……?」


 篠谷と手を繋ぎ(実際は掴まれてるのだが)、その頭を撫でながら間近から顔を覗き込んでいた状況、控えめに言っても私の方が篠谷の寝込みを襲っているようにしか見えない。

 絶対にこの後は年頃の女性がはしたないとか、起こすなら普通に起こせとか嫌味のオンパレードが出てくるんだろうな、と冷や汗を垂らしながら身構えていると、篠谷は思ってもみなかった反応を示した。


「えっと……これは…………っ」


 困惑したように周囲を見回し、自分が掴んだ私の手を見、撫でられていることを上目遣いに確認し、おもむろに赤面したのだ。

 そんな時間差で赤くなることある?! と思うくらい、白い頬が一気に薔薇色に染まって、耳まで真っ赤になっていくのを、思わずじっくり観察してしまった。


「…………忘れてください」


 私の手を離した篠谷が両手で顔を覆いながら呟く。

 切実極まるその声に、私は何度も頷きながらかがめていた身を起こした。


「そうね。私は何も見てないし聞いてないわ」

「聞いて……? 僕、何か言いましたか?」


 しまった、寝言の件は言わなきゃばれなかった。

 いや、まだ間に合う。必殺『女狐スマイル』で誤魔化すしかない。


「いいえ? 何も言ってなかったわよ?」

「何か言ったんですね?」


 誤魔化しきれなかった。


「……子供の頃の呼び名で呼ばれただけよ。自分でも忘れてたけど、昔桃香と遊んでいた時、篠谷君から『まぁちゃん』って呼ばれてたでしょ? 昔の夢でも見た? あの頃から桃香は可愛かったわよね」

「……あなたも、可愛らしかったですよ」

「お世辞なんて言わなくていいわよ。がさつで男の子にしか見えなくて、乱暴で意地悪だったって、何度も言っていたじゃない」


 実際、室内で大人しい遊びをしたがる桃香と篠谷を無理矢理外へ連れ出しては戦隊ごっこだのチャンバラごっこだの、暴れん坊っぷりをいかんなく発揮していたのだ。最終日に池に落とす前に篠谷が大きな怪我もなく過ごせたのは奇跡と言っていいかもしれない。


「そうですね。乱暴で、意地悪で、がさつで、口が悪くて、怖くて、強引で、やることなすことめちゃくちゃで」

「その節はすまなかったと思ってるわ」

「人の話は聞かないし、桃ちゃんと話していると割り込んでくるし、独りで本を読んでいても邪魔しに来るし」

「我ながらやんちゃで申し訳なかったわ」

「人の話を聞かないのは今でもだし、口が悪いのも、女性としてどうかと思うほど色々雑なところも実は変わっていないし」

「ちょっと! 流石に言いすぎじゃない? 昔のことなら何度も謝ってるじゃない」


 つらつらといつまでも続きそうな篠谷の愚痴にストップをかけようと机に身を乗り出したら、思いもかけず真剣な表情の碧の瞳とかち合った。


「……でも、輝いていました」

「え?」

「予測不能で、何をしでかすか分からないけれど、あなたはいつも生き生きとして、瞳を輝かせながら僕を殻の外へ連れ出してくれていました。とても楽しそうに飛び回るあなたは、とても可愛らしかったですよ」

「~~~~~~~篠谷君、もうわかったからちょっと黙って」


 こういうことを臆面もなく言えるのに、寝顔を見られたり寝言を聞かれてあの恥じらいを見せる意味がわからない。

 おかげでこっちの方が顔が熱くて篠谷の顔を正面から見られなくなってしまった。


「侑李君、葛城さん、お待たせ~……ってあれ? お邪魔だったなら僕お茶でも入れてこようか?」

「梧桐君! 篠谷君が気障で駄目だから此処にいて!」

「宗太、もうすぐ桑と香川さんも来るからお茶は彼らの分もお願いします」

「わかった~!」


 私の懇願も空しく、梧桐君は実にあっさりと生徒会室を出ていってしまった。

 うう、最初は私の味方だった筈なのに、最近じゃすっかり篠谷の手先になっちゃって。

 梧桐君の裏切り者!


「みんなが来るんならもうこの話は終わりにしましょう。篠谷君はあんまり誰彼構わず可愛いっていうのはやめておいた方がいいわよ。言われた方は心臓が持たないから」

「誰彼は選んでいますのでご心配なく。…………真梨香さん」

「……何よ」


 また揶揄うようなこと言って来たら腕でも抓ってやる。と思って身構えていたら、篠谷の言葉は予想外のものだった。


「言い忘れていました。……ただいま」

「おか……えりなさい……?」


 いきなりのことで、返事がたどたどしくなってしまったが、それを聞いた篠谷がそれはもう、花がほころぶように綺麗な微笑みを見せたので、それ以上何も言えなくなってしまった。



 暫く経って生徒会役員が揃い、久々の会議が始まった。


「でもさ、何で急に理事会は僕たちに学内見学会を僕たちに仕切らせようとしてるのかな? 依頼書を見る限りでは、予算は生徒会予算とは別に理事会持ちだし、招待者のリストも理事会が出してきたのを受け入れるだけ、実際授業の見学なんかは案内も教員に協力をしてもらうから、生徒会が動くのは説明会の一部と懇親会の取りまとめくらいでしょ? それなら例年通り理事会が教員と動いても問題なさそうだけど」


 梧桐君は理事会から届いたという依頼書を一通り目を通した後、首を傾げながらホワイトボードに必要な作業を書き出していく。


「学生の自主性を重んじる桜花学園の理念をより強くアピールする為だとは言われましたね。実際、学生主体の年間行事は生徒会が仕切っている訳ですし、受験生の方にも生徒会や代議会の仕組みなどを見せておきたいとのことではないでしょうか」


 篠谷の所感に一年の加賀谷や香川さんは納得したように頷いていたけど、梧桐君はそれだけじゃ納得がいかないみたいだった。


「でもさ、それだったら生徒会活動も、代議会活動も、例年の見学会で見せるべきルートに組み込まれていたし、年間行事ごとの動きも記録動画を見せていたんでしょ? 今年、それもこんな急に僕たちに依頼してくる理由がわからないんだよね。全面的に生徒会の責任で仕切らせるならもっと前、それこそ去年の段階で最初の打診があって、少しずつ詰めて来たならわかるんだけど、こんな直前に、しかも凡その概要は例年通りで、この依頼書通りにって、これ、僕たちには決定権も無いのに実務だけ丸投げされた気分なんだよね」


 例年通りのプログラムに、やることも作業の手順も決定済みの依頼書。それをわざわざ生徒会に主催として当日に向けて動けと言われるのは確かに無茶ぶり感がする。

 私としては依頼者が理事会、という時点で何かの企みがあるとしか思えなかった。

 ゲームにはない展開ではあるが、梅香伯母様がこの見学会で、私に何らかのダメージを与えようとしているなら、どうにかして未然に防ぐしかない。

 生徒会主催と表向きは銘打たれている以上、何か問題や事件が起きれば、それは私だけじゃなく、篠谷や梧桐君たちにも迷惑をかけることになってしまうのだから。


「来賓への招待状は手書きで、生徒会印の入った専用封筒に入れ、封蝋は会長印を押すこと、ですか。随分と手間がかかりますね」

「専用便箋と封筒、封蝋は普段使わないので倉庫棟に探しに行くしかないわね。在庫が足りないようなら急いで取り寄せないと間に合わないわ」

「この会議の後、僕が見に行ってみるよ。前に備品在庫表チェックした時に見た覚えがあるから」


 結局その日は依頼書通りの作業手順を確認して備品のチェックをして終わった。

 私はといえば、伯母様とのことを皆に話すべきか迷ったけれど、結局言えなかった。



 会議が終わって、皆で校舎の出口まで一緒に行こうということになって階段を降りていると、下の階から何か騒いでいる声が聞こえてきた。

 どうやら保健室の前で誰かが揉めているようだ。


「放課後残ってる生徒が痴話喧嘩でもしてるのかな?」


 実際時々あるらしい。夏休みで保健室の先生が運動部の往診に出ている隙に保健室でいちゃつこうとするカップルが、保健室内や外の廊下で揉めて戻ってきた保険医に怒られる案件が。


「裏切り者! 酷いわ!! あんまりよ!!」

「あの声は……」


 急いで降りて行ってみると、ポニーテールを揺らしながら怒っていたのは可愛い妹、桃香だった。そして桃香にぽかぽかと叩かれながら途方に暮れていたのは、なんと杏一郎だった。


「絶対、ぜぇっったい許さないんだから!!」

「桃香!」


 泣きはらした瞳で走り去る桃香と、彼女を名前で呼んで立ち尽くす杏一郎。

 桃香は私たちに気付くことなく校舎の出口の方へと出ていってしまった。

 あまりの光景に驚いて私も追いかけるのを忘れて立ち尽くす。

 そして間が悪い事に、今の光景を目撃したのは私たちだけじゃなかった。


「今のって、一年の……」

「鵜飼先生いま、『桃香』って呼んでなかった?!」

「うそっ……まさか……」


 たまたま活動中だったらしい家庭科部の女生徒が教室の窓から顔を出して物見高い顔で騒ぎ始め、ざわめきがじわじわと広がっていくところだったのだ。


感想で杏一郎ルート本格突入って言われまくってたのに、ふたを開けたら篠谷が出張ってしまった。先生派の方には大変申し訳なく。('ω')

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― 新着の感想 ―
[一言] この反応からして、杏一郎は正体について話したのかな? 真梨香と伯母が揉めたから、黙ってると罠に嵌められそうだと判断したか…… 或いは、真梨香が気にかけてたから自分から探り入れに行ったのか。 …
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