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 焼け付く砂がサンダルの下でさりさりと音を立てる。

 潮風は温く、歩いているだけでも汗がじっとりと滲んだ。


「……」

「………」


 お互い無言で、人ごみを抜ける。

 岩が連なった波打ち際まで来たところで檎宇が足を止めた。

 振り返った檎宇と数歩離れて向き合う。

 赤みのある髪を襟足だけ緩く結んでいる所為か、少し普段と印象が違って見えた。


「…………」


 ここまで来てもまだ無言のまま。

 話があるから呼んだんじゃないんだろうか?


檎宇ごう?」

「……その水着」

「え? ああ、おかしいでしょ? こんなひらひら……」

「めちゃくちゃ似合ってる」


 真面目な顔で言われて言葉に詰まる。

 褒められて嬉しいような恥ずかしいような。

 思わず俯くと、パーカーの派手な模様が目に入った。


「あ、このパーカー、貸してくれてありがとう。これ、あなたのでしょ?」

「え?! 何でバレ……桃ちゃんには口止めしといたのに……」


 わたわたと焦った様子でブツブツ言う檎宇がいつも通りで、少しだけホッとする。


「でもなんで? パーカーなら私自分で持ってきてたのに」


 桃香の姉パーカーが見られたから別に構わないけど、そもそも檎宇に貸してもらう必要はない。

 そう言うと、檎宇はものすごく気まずそうに目を泳がせながら、理由を白状した。


「桃ちゃんからも『お姉ちゃんは自分のパーカー着るだろうから無駄だと思うよ』って言われたけどさ、どうせ隠すなら俺のパーカー着てほしいって考えちゃったんだよね」

「……それ、桃香から呆れられたんじゃない?」

「うん、『うわぁ、ドン引き』って言われた。自分でもキモイなとは思ったけど……」


 どこの乙女ゲームにヒロインから『ドン引き』などと言われる攻略対象がいるんだ、とは思ったが、檎宇についてはもう色々とシナリオから外れすぎていて、桃香の攻略対象という意識が無くなってきている。


「イッチーからも『彼パーカーとかまず彼氏になってからにして下さい』って言われちゃったし……」


 どうも家の事がバレて以降、桃香と苺ちゃんは檎宇にとってほかのクラスメイトや同級生よりも話がしやすい友人の位置に落ち着いているようだ。

 お昼休みもよく一緒にお弁当を食べたりしていると桃香が言っていた。


「彼パーカー……ねぇ」

「確かにまだ彼氏じゃないけど~。少しくらい夢見たっていいじゃん」


 まあ私自身、桃香の姉パーカー姿に萌えた身なので、あまり人の事はいえないんだけれど。


「ところで、なにか話があったんじゃないの?」


 予測としては先日の津南見の件かな、とは思うけど。

 正直この期に及んでも、私の中で津南見の事は整理しきれてはいない。

 

「え? いや別に。真梨さんと浜辺を散歩したかっただけだけど?」


 屈託のない顔で言われて思わず固まってしまう。


「え?! いや、だって今朝から妙に目を合わせてこないし、意味深な感じで誘い出すからてっきり……」

「てっきり?」

「……なんでもないわ」


 意識してあれこれと考えてしまっていた自分が馬鹿馬鹿しくなってしゃがみ込む。

 潮の匂いのする砂を指先で掘り返していたら、頭上に影が差した。

 見上げると長身の影が少し身をかがめて覗きこんでいた。

 その表情は逆光になっていて伺えない。


「…………だよ」

「え? 檎宇、何て?」

「なぁんでもない! そろそろ戻んないと、砂崩し勝負終わってるんじゃない? 俺腹減っちゃった~」


 差し伸べられた手を取れば、そのまま一本釣りとばかりに引っ張り上げられた。

 今更だが、私が檎宇のパーカーを着ているので、当然彼の方は水着だけだ。

 逞しい上半身が露わになっている。

 細身ではあるが割れた腹筋と引き締まった胸筋はしっかりしている。


「……檎宇って、何か筋トレしてる?」


 ゲーム画面で見ていた時はイラストだし、ゲームだし、そういうものかと思っていたけど、現実に目の前に立たれると、気になってしまう。

 何の運動もせずにこんなにしっかりした筋肉をつけるのは難しい。

 私だって剣道部は辞めたけれど、筋トレとストレッチは日課にしている。

 それでも全盛期よりはかなり筋力は落ちてしまった。

 筋肉は継続ありきなのだ。


「あ~、お袋が小さい頃から『自分の身は自分で守れ』って、組の中でも素手の喧嘩が強いやつ相手に鍛えさせられてたから」

「なるほど……。一之宮先輩はプロのトレーナー付きでジムにも行ってるって『設定』通りなんだろうしな……」

「真梨さんって筋肉フェチ? 何なら触る? 俺真梨さんになら触られてもいいよ」

「触らない」


 檎宇が良くても、恋人でもない女がいきなり筋肉触るのはセクハラだろう。

 鍛え上げられた肉体は好きだが、だからこそ距離感というものは弁えたい。


「檎宇も先輩もゲーム通りなのに何で篠谷君は……」

「カイチョー? なんか空手やってて黒帯だって更衣室で言ってたよ」


 空手?! そんな設定は篠谷侑李には無かった筈。

 ああ、でも以前にも篠谷がゲームとは違う方向に成長していて驚かされたことがあったっけ。

 ……ってことはあの隠れムキムキボディは昔私にボコボコに負けてた所為で一念発起してしまった結果か……。


「真梨さん、何かあるって顔してるね。カイチョーが空手やってるの、もしかして……」

「確実に私を見返すためでしょうね……。執念深さは人一倍だから……」

「見返す……。いや、真梨さんがそう信じてるならそれでいいや」


 檎宇が溜息を吐きながら掴んだままの私の手を引いた。


「はぐれたり、絡まれたりしたらいけないから、このまま戻ろうね~」

「子供じゃないんだから大丈夫よ?」

「子供じゃないから危ないんだよ~」


 パラソルのところまで戻ると、砂山崩しは桃香の勝利で終わっていたらしく、頬っぺたを可愛らしく膨らませた妹に抱き付かれた。

 申し訳ないが大変可愛い。


「ご飯食べたらお姉ちゃんは私と一緒に泳いで散歩してかき氷食べること! じゃなきゃ許さないんだから!!」

「あら、それだけでいいの? じゃあ全部付き合うからその後ビーチボールで一緒に遊んでくれる?」


 そう言うと、桃香のご機嫌はあっという間に直ったらしく、目をキラキラさせて頷いた。

 素直で可愛くて、その頭を撫でていると、こちらを羨ましそうに見ている檎宇、篠谷、一之宮先輩たちと目が合った。

 可愛い桃香ヒロインを一人占め状態に思わずふふん、と勝ち誇った笑みを浮かべてしまう。

 眉を寄せた彼らの表情に満足して桃香へ向き直ると、彼女もまた篠谷達の方から視線をこちらへと戻す所だった。


「……お姉ちゃん、それじゃあ行こっか?」


 にこにこと愛らしい笑顔で見上げられたので、何も考えず、頷いてその手を引いた。



「明後日からは夏期講習始まっちゃうね……。お姉ちゃん~わかんないところあったら夜に教わりに行ってもいい?」

「……いいわよ。予習復習どちらでも付き合うし、私も講習は申し込んでるから休み時間に聞きに来てもいいわよ」


 桃香に言われて思い出した。

 そう言えば夏季特別講習が始まる。

 今日の様子を見る限り、篠谷や一之宮先輩とのフラグが立っていない様子だったから安心していたけれど、杏一郎と桃香が接触すれば、あの人が黙ってはいないだろう。

 梅香伯母様の顔が脳裏に浮かんで、私は鳥肌の立った腕をそっとさすった。


水着回が伸ばし伸ばしになりすぎたので、一旦切り上げます。

そのうち大幅に書き直すかもしれませんが、ひとまず次回はあの人登場です。

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― 新着の感想 ―
[一言] めちゃめちゃ面白いです!!もう更新はしないのでしょうか?気が向いたら続きお願いします!!楽しみにしてます!!
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