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今回激烈短いです。
灼熱の太陽が降り注ぐ砂浜で、その光景は周囲の注目を盛大に集めていた。
「おい! 今の見たか?! ビニールボールとは思えない鋭いスパイク!」
「でも相手のでかい兄ちゃんもナイスレシーブでしのいだぜ!」
「さっきからデュースが続いてるよな。すげえな!」
まだ第一セットだというのに、この調子でさっきから延々デュースが続いているのだ。
一之宮先輩が鋭角に叩きこむようなスパイクを打てば、檎宇が長い腕を伸ばしてレシーブ、素早く立ち上がり、篠谷のトスに合わせてアタックを返す。
「このままじゃ最初のチームだけで夕方になっちゃいますよ~」
「それよりも先にボールが割れるんじゃないかしら」
最初は興奮して応援していた苺ちゃんも呆れたように地面に書いたスコアの周りの砂をぐるぐると掻き混ぜている。
嘉穂に至っては早々に飽きて加賀谷を連れて飲み物を買いに行ってしまったし、錦木さんと白木さんも波打ち際で水遊びを始めている。
この場を動けないのは次の対戦チームである私と桃香、審判をしている梧桐君と苺ちゃんの4人である。
「一回戦で疲れさせて、二回戦で勝ちに行く作戦だったのに、このままじゃ試合時間どころか、その後お姉ちゃんと遊ぶ時間も無くなっちゃうよ~」
「桃香……そんな腹黒発言しないの。篠谷君みたいになっちゃうわよ」
どうも体育祭の一件以降、桃香の言動に遠慮がなくなった気がする。
もちろんそんな桃香も文句なしに可愛いので私は問題ないのだけれど、桃香に可愛いヒロイン像を見ていただろう攻略対象者たちの衝撃は大きいかもしれない。
「真梨香さん! 聞こえてますよ!! この勝負が終わったらじっくり話し合いをさせていただきます、からね!!」
鮮やかなレシーブから檎宇のトスを受けてアタックを決めながら篠谷が叫ぶ。
相変わらず地獄耳だ。
「篠谷ぁ! そういう台詞は俺に勝ってから言え! まだ! 試合は終わってないぞ!!」
一之宮先輩が更に地面すれすれからのレシーブを上げながら怒鳴る。
「しぶといですね。いい加減諦めたらいかがですか?!」
「おまえこそ!」
元気に罵りあいながらもボールはまだ地面に触れていない。
強烈なアタックを打ち合っている一之宮先輩と篠谷もすごいが、黙々とサポートに回っている吉嶺と檎宇もとんでもない運動神経の持ち主だ。
こいつらが全員運動部に所属してないとか何の冗談だろう。
「もうこのまま勝負がつくまで放っておくのはどうかしら?」
「いや、そろそろ止めないと。このままじゃ熱中症になっちゃうからね。葛城さん、何でもいいから彼らの集中を乱す声援をかけてくれるかな?」
「む……無茶ぶりが過ぎない?」
改めて試合の情勢を見ても、ちょっと声をかけたくらいじゃ一瞥もされないくらいには集中している。
しかもこれ邪魔をした結果どっち側にボールが落ちても後々遺恨が残りそうじゃない?
とはいえ、このままだと全員熱中症で倒れてしまう。
「篠谷君も一之宮先輩も、一旦試合止めませんか~!!」
「すぐに終わらせる! お前は首でも洗って待っていろ!!」
「真梨香さん! ちょっと待っていてください! お時間は取らせませんから!!」
返事はしてくるものの、一向に止める気配はない。
こうなってくると水でもぶっかけて頭を冷やさせるしかないだろうか、と考えていたら。
「先輩、ちょっと失礼します~」
「え? きゃぁぁあ?!!」
苺ちゃんが突然背後から抱き付いてきたかと思うと、パーカーのファスナーを一気に引き下げてきた。
「ほらほら先輩方!! 真梨香先輩の水着初公開です!!」
「何だと!?」
「え?!」
ガバっと広げられたパーカーから、真っ白なフリルが飛び出して翻った。
そして同時にこちらを振り返って固まった四人の男子の向こう側で、どちらが打ったかもわからないボールが場外へと飛んでいくのが見えた。
「倉田さんナイス。ボールは場外アウト。得点は無し。ってことで、審判の言うことを聞いて、大人しくこっちの日陰に入ってくれるかな」
梧桐君がニコニコと審判権限を振りかざし、びしっとパラソルの影を指さした。
中断されてしまった勝負だが、このまま再開しても勝負が簡単には付きそうもない、という梧桐君の提案により、パラソル内での砂山崩しという地味かつ静かなものに変更された。
あれだけ集まっていたギャラリーも、白けた様子で離れていく。
篠谷も一之宮先輩も不満そうではあったが、梧桐君は笑顔で彼らの抗議を無視した。
「はい、じゃあこの旗を倒した方が負けですよ。はじめ」
強引に変更されたゲームだが、これが意外と盛り上がった。
慎重に砂を削っていく篠谷と、大胆かつ絶妙なバランスで斜面を切り崩していく一之宮先輩の勝負は熾烈を極めた。
「今ので倒れないなんて、旗が深く刺さりすぎなんじゃないですか?!」
「ははははは! さぁ、もう後があるまい。降参するなら今の内だぞ!」
どうでもいいけど、いつの間にかずいぶん仲が良くなったな、この二人。
やっぱり拳で語り合った男の友情という奴だろうか。
「ああぁっ!!?」
そうこうするうちに勝負が決まったようだ。
倒れた旗を前に悔しげに地に伏せているのは一之宮先輩。
清々しい顔で拳を突き上げているのが篠谷だった。
勝負方法はともかく、本気で取り組んでいたのだろうことが窺える。
「それじゃあ次は決勝戦ですね! お姉ちゃんは此処で見ててね!」
「え? 私と篠谷君の勝負じゃないの?」
元々一之宮先輩に勝負をけしかけられ、篠谷も参加表明して始まったのだから、当然自分が出るものと思っていたら、桃香が前に出てきてしまった。
「篠谷先輩が私に勝ったらお姉ちゃんに勝負でもデートでも申し込んでいいですよ」
「あれ? 私の意志は……??」
「もちろんお姉ちゃんは断る権利があります! 無理矢理ダメ! 絶対!!」
順当に考えて篠谷にしても私にしても、勝負の景品は桃香と過ごす時間の筈なのに、どうしてこうなったんだろうか。
困惑する私をよそに、篠谷と桃香は勝負のスタンバイを始める。
さっきよりも心なしか大きめに盛られていく砂山に、長期戦の雰囲気が漂い始める。
飲み物の袋を抱えて戻ってきた嘉穂と加賀谷が異様な光景に目を剥くのが見えた。
「何この状況?! ビーチバレーは?」
「あまりに勝負がつかなさ過ぎてゲーム変更にしました。胡桃澤さん、お使いご苦労様。加賀谷君も」
二人を労いながら梧桐君が状況を説明する。
水際で遊んでいた白木さんたちも戻ってきて、大きめパラソル3つ分の日陰は人でいっぱいになった。
「はい、葛城さんも、水分ちゃんと取って」
渡されたスポーツドリンクを飲みながら、この勝負が終わったらとりあえずはみんなでお昼にしようかと考えていたら、後ろから肩をつつかれた。
「……? 檎宇」
振り返ると檎宇が無言で手招きをしていた。
そっと勝負をしている二人を振り返る。
二人とも勝負に夢中になっていて、周囲もそれを見守るのに集中しているようだった。
気配を殺してそっと立ち上がる。
パラソルを出ると、檎宇はもうだいぶ離れたところに移動していた。
焼け付くような砂を踏みしめて、私はそっとパラソルを離れた。
世間はコロナで皆様の気持ちや生活も先行き不安な日々をお過ごしかと思います。今のところ出勤状況が変わらない社畜も明日が見えない状況ではありますが、読み物が皆様のお籠り生活に多少なりとも彩りを添えられれば幸いです。